MBSナウ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

MBSナウ
ジャンル 報道番組
放送国 日本
制作局 毎日放送
出演者 小池清
平松邦夫
斎藤努
伊東正治
馬野雅行
加藤康裕
三澤肇
ほか
放送開始から1990年3月まで
放送時間 平日 18:00 - 18:30(30分)
放送期間 1976年1月5日 - 1990年3月30日
オープニング ヒューバート・ロウズ『ザ・シカゴ・テーマ』(放送開始 - 1987年8月
1990年4月から放送終了まで
放送時間 平日 18:30 - 19:00(30分)
放送期間 1990年4月2日 - 2000年9月29日

特記事項:
1990年4月から1997年9月まで土曜日でも放送された。

MBSナウ』(エムビーエス ナウ、MBS NOW)は、大阪府に本社を持つ近畿広域放送局毎日放送(MBSテレビ)で放送されていた、夕方の関西ローカルワイドニュース番組。協力・毎日新聞社(但し、1994年9月以降はクレジット無し)。

目次

[編集] 概要

1975年3月31日にネットワーク腸捻転が解消したのに伴い、毎日放送はANNNETテレビ→テレビ朝日)系列からJNNTBS)系列へとネットチェンジ。その翌年の1976年1月5日に、『毎日新聞ニュース』の後継番組として『MBSナウ』は放送開始。『CBCニュースワイド』(CBC)、『RKBニュースワイド』(RKB)、『HBCテレポート6』(HBC)、『テレポートTBS6』(TBS)に続く形のJNN系列基幹局のローカルワイドニュースであった。ちなみにJNN系列局で初のローカルワイドニュースは、『山陽TVイブニングニュース』(RSK)である。

放送開始当初の放送時間は18:00 - 18:30(JST、以下同)。初代キャスターは、小池清(月曜・火曜・水曜)と、平松邦夫(木曜・金曜)の両アナウンサーだった。その後の1984年10月より、土曜にも17:30 - 18:00の時間帯に放送されるようになった。週の前半を平松邦夫が、木曜・金曜・土曜を斎藤努が担当。後にABCテレビで放送開始されたニュースワイド番組『たいむ6』と並び、ナウは関西における夕方のニュースワイドショーの草分けとなった。この番組の最高視聴率は、1989年2月24日(大喪の礼)の22.4%ビデオリサーチ調べ)。現在、ラジオ番組DJなどで活躍している坂上みきがこの番組のアシスタントを務めたこともある。

1990年、それまで『JNNニュースコープ』として18:30から放送されていた全国ニュース枠が18:00に移動。『JNNニュースの森』として放送開始された関係で、ナウの放送時間は18:30 - 19:00に枠交換となり、1991年10月には、平松邦夫(月曜・火曜・水曜)と伊東正治(木曜・金曜・土曜)の両アナウンサーがキャスターを務めた。

その後ナウは、1994年9月5日の番組リニューアルで馬野雅行(月曜・火曜・水曜)と、加藤康裕(木曜・金曜・土曜)両アナウンサーを司会に迎え、出演者陣の大幅な若返りを図った。また、1997年10月からは三澤肇(月曜・火曜)が司会を務めた。

しかし、1997年9月を以て土曜夕方枠が放送終了(土曜の関西ローカルのニュースは18:50 - 19:00のMBSニュース及び天気予報に移行)。後番組はスポーツ情報番組の『MBSスポーツドーム』となったが、1998年には夕方5時枠に放映されていたテレビアニメ枠と交換する形で30分繰り上げられた上で、その後は同局製作の関西ローカル生活情報番組暮らしカルマガジン みかさつかさ』が放送されて、現在は『住人十色』が放送されている。

更にその後、読売テレビの『ニューススクランブル』やABCテレビの『ワイドABCDE〜す』などとの“ローカルニュース戦争”が熾烈化し、これに生き残れなかったナウは2000年9月29日を以てその四半世紀にわたる歴史にピリオドを打った。以後、この放送枠ではナウの後番組である『VOICE』が放送されている。

なお、MBSが製作していた関西ローカルの報道番組(『ナウ』及び日曜の『テレビ夕刊』など)は資本面などで毎日新聞との結び付きが強かったため、クレジットには「協力 毎日新聞」と書かれていた。前述した通り、このクレジットは1994年9月5日の番組リニューアルとともに姿を消し、現在同局で放送中の報道番組では、日曜の『テレビ夕刊』のみ行われている。

[編集] 出演者

[編集] 男性キャスター

  • 1976.1 - 1984.9:小池清(アナウンス部から離れた後も3ヶ月間担当した。)
  • 1976.1 - 1994.9:平松邦夫(現・大阪市長。)
  • 1984.10 - 1991.9:斎藤努(現・羽衣国際大学教授。)
  • 1991.10 - 1994.9:伊東正治(現・ラジオ局編成部長。)
  • 1994.9 - 1997.9:馬野雅行(2006年4月から2009年3月まで『VOICE』で月曜〜水曜のキャスターを務めた。)
  • 1994.9 - 2000.9:加藤康裕
  • 1997.10 - 2000.9:三澤肇(現・報道局記者。『VOICE』でメインキャスターを放送開始から5年間半務めた後、2007年3月から2009年3月までTBS制作の全国ニュース『NEWS23』でサブキャスター(TBS嘱託扱い)を務めた。)

[編集] 女性キャスター

[編集] スタジオセット

[編集] 番組テーマ曲

  • ヒューバート・ロウズ『ザ・シカゴ・テーマ』(CD番号 KICJ-8328 キングレコード) - 元々この曲は、この番組を開始するに当たって制作されたパイロット版のテーマ曲として選曲されたものであったが、スタッフ間での評判が良かった為本放送でもテーマ曲として採用されることになり、1976年の第1回放送から1987年8月まで長く使用された。なお、番組では映像に合わせて編集されたものが流されていた。また、放送開始当初の天気予報のコーナーのBGMには『哀しみのソレアード』を使用していた(演奏はハープオオタ)。2009年5月25日に坂上みきが出演するおもいッきりDON!のトークコーナーで坂上がゲストになり、MBSナウの話題となった。その際にもこの曲がBGMとして流された。

[編集] テーマタイトル

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています
  • 1976年1月5日(第1回放送) - 1982年
その日の中継先・注目ニュース・お天気カメラの映像をバックに、テーマ曲のイントロに合わせて円が中心から大きくなり、それが変形して「NOW」の文字になる。さらに何度か変形した後に、片仮名の「ナウ」となる。最後に画面右下に縮小移動し、左から「MBS」の文字(「MBSニュースコール)も同じ)が出てきて「ナウ」の上に入るというものだった。ちなみに第1回放送では、タイトルバックには中継先の大阪国際空港が映し出されていた。
その日の注目ニュース(ない時はお天気カメラの映像)をバックに、片仮名の「ナウ」の文字がアップからズームダウンし、その後英語の「NOW」の文字が登場。さらに、Oの部分から再び片仮名のナウの文字がズームアップ。最後に画面右下に移り、その上に「MBS」の文字も入る。
片仮名の「ナウ」の文字がいくつも登場し、右から左に流れる。その後、Oの部分から回転するように英語の「NOW」の文字が登場し、さらにその上に「MBS」の文字がスライドして左上に入る。その後、ズームダウンして右下に「NOW」のみ残し、緑色ののラインが入る。なお、このバージョンよりテーマ音楽も新しく制作したものへと変更された。
オープニング映像がCG化され、テーマ音楽も変更。また、このバージョンより長年使用されてきたタイトルロゴが変更された。
お天気カメラ映像バックのCGへと変更。同時にテーマ音楽も変更。
CGのパターン及びテーマ曲音楽を変更(15秒に短縮化)。
スタート時刻は18:30とはなっていたものの、実際には18:29.45秒にスタート。CGで製作されたアナログ時計が18:30を指そうとする映像と共に副調整室からキャスターが登場し、その日のニュース項目を紹介。後に、その日の注目ニュースの映像のさわりを映し出すようになった(以上は平日版のみ実施)。18:30になると(土曜版は番組開始定刻と共に)、記者・カメラマンら報道スタッフをイメージしたアニメーションが画面の中央へ向かって走っていって、最後に「MBSナウ」のタイトルが出るというものだった。また、タイトルロゴも再び変更。
  • 1999年9月 - 2000年9月29日
オープニングCG、タイトルロゴ、テーマ音楽を変更。

[編集] エピソード

[編集] キャスター交替をめぐる事件

1994年9月5日に行われた番組のリニューアルは、関西国際空港の開業に合わせ夕方の地域情報番組の拡充を図るという目的があった。そして、同時期に毎日放送は平日17時台にて『宵待5』の放送を開始し、さらなる強化を図った。その際、月曜から金曜担当のメインキャスターに入社10年目の子守康範アナウンサー(現在は退職)を起用し、番組出演者陣の若返りを図ることを毎日放送は予定していた。

しかし、同年8月26日に放送された同局のラジオ番組『それゆけ!金曜板東英二』の生放送中に、このアナウンサーが開局記念・関西国際空港開港記念特別番組の取材滞在中のカンボジアから「カンボジアの旅客機の操縦室に入れてもらい、操縦させてもらった」とのリポートを入れた。実際には着席しただけで操縦したわけでは無かったが、結果的に聴取者の誤解を招く軽率な行為であったとされ、そのアナウンサーには6ヶ月間の出演停止処分が発された。同局のアナウンサー出演番組『あどりぶランド』内では、当時のアナウンサー室長がこの件について謝罪した。

この一件により、ナウへの出演も急遽取り消されたそのアナウンサーに代わって馬野雅行が月曜から水曜を担当し、当初の予定では土曜のみの出演が確定していた加藤康裕が木曜・金曜も担当する事になった。

[編集] テレツボの企画

同局で放送されていた深夜番組『テレビのツボ』で、ナウが素材として取り上げられたことがある。

その日のテレツボの企画『大桃美代子の一日ニュースキャスター』(収録ロケ)で、リポーターとして毎日放送の報道フロアを訪れた大桃美代子の相手を務めたのは、ナウのキャスター・岩城潤子。ニュースサブ(副調整室)、ヘッドクォーター(番組構成の考案、番組制作陣への指示)、編集室(取材VTRの編集)、プログラミング(ニュースメニューの作成)など、報道フロア各部署の様子がテレツボの放送の中で公開された。そして、その後の岩城と大桃のトークでは、1994年9月5日にナウがリニューアルする件についても触れられていた(前項で触れたアナウンサーが問題を起こすその直前の収録であったため、この時はまだナウ出演予定者の中に彼の名前も挙がっていた)。

なお、この企画が放送された日のテレツボでは、コーナー導入部に当時のナウのオープニング映像が、CMアイキャッチ用のBGMにはナウのアイキャッチ用BGMが使用されていた。

[編集] 関連項目

  • ヤン坊マー坊天気予報 - MBSナウの放送終了後に挿入された天気予報。ナウの中での予報は近畿地方の天気予報をメインに扱い、こちらで全国の天気を補完。
  • 毎日放送開局40周年記念特別番組 - 放送日は1990年9月1日で、『MBSナウスペシャル』として放送された。総合司会を斎藤努三上智恵が務め、この日のニュースと「もしラジオ放送開始日にMBSナウを放送していたら」という設定の下、平日担当のキャスター・平松邦夫藤本修子が当時の服装で出演。当日の新聞から拾った実際の記事を映像で再現した。
  • 大丸 - 後番組『VOICE』のスポンサーでもある。MBS設立以来の大株主だった(現在は上位10位以内からも外れている)。

[編集] 参考文献

  • 毎日放送編成局宣伝部編「MBSナウからVOICEへ 毎日放送報道局の30年」

[編集] 前後番組の変遷

MBS 平日夕方MBSニュース
前番組 番組名 次番組
MBSナウ
MBS 土曜日夕方MBSニュース
不明
MBSナウ
MBSニュース&天気
※18:50 - 19:00
MBS 土曜夕方5時30分枠
不明
MBSナウ