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)は、漢民族が、中国の北部や西部の異民族(とくに遊牧民族)を卑しんで呼んだ言葉である。また「胡瓜」(きゅうり)のように、これらの異民族由来のものである事を示す用法もある。

もともとの意味は、「あごひげ」が長い人である。

西胡[編集]

「胡」は戦国時代内モンゴルの塞外民族を指していたが(→北狄)、朝では特に匈奴を指すことが多くなった。唐代にいたり、シルクロードの往来が活発になると、「胡」は特に「西胡」ともいわれ、西方のペルシャ系民族ソグド人)を指すようになった。彼らがトルキスタンから唐土に運んだ文物、風俗は「胡風趣味」として愛好され、胡服、胡笛、胡舞などが中国で一文化として根付いていった。

東胡[編集]

内モンゴル東部にいた民族は、春秋期より広く「東胡」と称された。「東胡」はツングースの音訳との説もあるが、一般には胡(匈奴)の東方に住していたことからの呼称といわれる。モンゴル(またはテュルク)とツングースの雑種であり、一時は匈奴を圧倒したが、その後服属した。その後裔は烏桓鮮卑契丹といった民族であるといわれている。

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中国には古来より「」という姓が存在し、の武将胡傷や、霊太后の父胡国珍北宋の儒者胡安国中国共産党総書記胡錦濤などがおり、古来より数々の人材が輩出した氏族である。

その起源は、華人に同化した異民族出身の者が漢風の姓を付けたのが始まりとも言われるが、通志の氏族略が伝えるところによると、春秋時代の初代君主胡公に由来し、陳の滅亡後に陳の遺民が名乗ったのが始まりと書かれている。

百家姓において、「胡」の姓は十三大姓の一つに数えられている。

「胡」のつく言葉[編集]

関連項目[編集]