稲田駅

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稲田駅
駅舎
駅舎
いなだ - Inada
福原 (3.1km)
(3.2km) 笠間
所在地 茨城県笠間市稲田2333
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 水戸線
キロ程 40.1km(小山起点)
電報略号 イナ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
232人/日(降車客含まず)
-2010年-
開業年月日 1898年明治31年)5月8日
備考 簡易委託駅
ホームより友部方面を望む
ホームより小山方面を望む

稲田駅(いなだえき)は、茨城県笠間市稲田にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)水戸線である。

かつては石材の積み出しで栄えた。石材を積み出すために、稲田人車軌道が、駅北側に敷設されていた。

目次

[編集] 駅構造

相対式ホーム2面2線を持つ地上駅である。互いのホームは跨線橋で連絡している。 JR東日本のローカル駅では珍しく、近年ホームの嵩上げが行われた。

簡易委託駅。簡易Suica改札機が設置されている。

[編集] のりば

1 水戸線(下り) 友部水戸方面
2 水戸線(上り) 下館小山方面

[編集] 利用状況

2010年度の1日平均乗車人員は232人である。

乗車人員推移
年度 1日平均乗車人員
2001 302
2002 284
2003 282
2004 275
2005 271
2006 259
2007 250
2008 269
2009 252
2010 232

[編集] 駅周辺

[編集] 歴史

稲田駅は稲田御影石を輸送するため石材業者の鍋島彦七郎[1]が地元民の協力のもと用地を日本鉄道に提供し明治30年に貨物駅として開業したのを始まりとする。翌年からは旅客の取扱いもするようになったが、主力は石材の輸送であり最盛期の大正時代には1日平均貨車30両以上の発送があった。そのため石材運搬に必要な設備が設けられていた。

  • 1897年(明治30年)6月5日 - 貨物駅として完成。8日より営業開始[2]
  • 1898年明治31年)5月8日 - 普通停車場として開始[2]
  • 1906年(明治39年)10月31日 - 国有化
  • 1907年(明治40年) - 構内を大拡張[2]
  • 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定により、水戸線の駅となる。
  • 1917年(大正6年)4月7日 - 2番線に計重台(秤量30噸)を新設[2]
  • 1922年(大正11年)9月26日 - 石材の積み込みの車の往来が多いため街道踏切に踏切番舎を新設[2]
  • 1931年(昭和6年)2月14日 - 第1ホームにガントリークレーン(3噸)を新設[2]
  • 1936年(昭和11年)2月10日 - 第3ホームに簡易門型クレーン(3噸)を新設[2]
  • 1936年(昭和11年)10月12日 - 第2ホームにガントリークレーン(3噸)を新設[2]
  • 1958年(昭和33年)12月19日 - 貨車移動機(加藤製作所ディーゼル)を配備[2]
  • 1976年(昭和51年)1月9日 - 貨車移動機(10噸)を配備[2]
  • 1987年昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道の駅となる。
  • 2001年平成13年)11月18日 - ICカードSuica供用開始。
  • 2009年(平成21年)3月14日 - 発車メロディー導入。

[編集] 脚注

  1. ^ 鍋島彦七郎の功績をたたえ稲田駅前には頌徳碑が建立されている。
  2. ^ a b c d e f g h i j 稲田御影石材史 、109 - 113頁

[編集] 参考文献

  • 小林三郎『稲田御影石材史』稲田石材商工業協同組合、1985年、109 - 113頁

[編集] 隣の駅

東日本旅客鉄道
水戸線
福原駅 - 稲田駅 - 笠間駅

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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