神奈川県立光陵高等学校

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神奈川県立光陵高等学校
Koryo highschool.jpg
過去の名称 神奈川県立横浜立野高等学校山手分校
国公私立の別 公立学校
設立年月日 1966年1月
創立記念日 4月20日
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 連携型
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 2学期制
高校コード 14111K
所在地 240-0026
神奈川県横浜市保土ケ谷区権太坂一丁目7番1号
外部リンク 公式サイト
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神奈川県立光陵高等学校(かながわけんりつ こうりょうこうとうがっこう)は、神奈川県横浜市保土ケ谷区権太坂一丁目にある県立高等学校

目次

[編集] 概要

横浜国立大学教育学部に、将来、附属高等学校を設置するという意図のもとに、1966年昭和41年)、神奈川県立横浜立野高等学校山手分校が設置された。しかし、国立高校への移管は行われず、神奈川県立光陵高等学校として独立(1968年)し、現在に至っている。そうした経緯から、開校後数年間は、横浜国立大学附属中学からの進学者が大半を占め、また学区の扱いも柔軟なものであった。

1971年(昭和46年)、現在地(東海道の名所権太坂)に移転。

2007年平成19年)、県教育委員会から「学力向上進学重点校」10校のうちの1校に選ばれた。ほとんどの生徒が進学希望である。

2009年(平成21年)4月からは、横浜国立大学教育人間科学部附属横浜中学校と連携し、中高一貫教育が実施されている。本校創立時の目標が、40年を経て形を変えて達成されることになった。

[編集] 教育課程

前期・後期の2期制で、2008年度(平成20年度)より90分授業を採用している。

[編集] 校名の由来

山手分校時代の学生・職員達によって命名された。県立高校で地名に由来しない校名が付けられたのは1960年代当時は非常に珍しかった[1]。権太坂に因んだ「権太坂高等学校」という校名も候補の一つであったが、女子生徒陣の猛反対に遭い実現しなかった[1]

[編集] 沿革

  • 1966年 - 神奈川県立横浜立野高等学校山手分校として設立
  • 1968年 - 神奈川県立光陵高等学校として独立
  • 1971年 - 現在地に移転
  • 2007年 - 県教育委員会から「学力向上進学重点校」に指定
  • 同年12月 - 中高大の一貫教育計画を発表

[編集] 学区

  • 1966 - 1970年 - 横浜南部学区 および横浜北部、横浜中部、横須賀三浦、鎌倉湘南学区
  • 1971 - 1973年 - 横浜中部学区 および横浜北部、横浜南部、横須賀三浦、鎌倉湘南学区
  • 1974年 - 横浜中部学区 および横浜北部、鎌倉湘南学区からそれぞれ上限45名
  • 1975 - 1980年 - 横浜中部学区
  • 1981 - 2004年 - 横浜中部学区(新)[1]

[編集] 交通

[編集] 著名な出身者

[編集] 学者

[編集] スポーツ・文化・芸能

[編集] 財界

[編集] 政界

[編集] 脚注

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  1. ^ a b c 『創立20周年記念誌』より

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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