甲斐谷忍

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甲斐谷 忍
本名 貝谷 忍
生誕 1967年9月24日(47歳)
日本の旗 日本 鹿児島県
職業 漫画家
活動期間 1994年 -
ジャンル 青年漫画
代表作 ソムリエ
ONE OUTS
LIAR GAME
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甲斐谷 忍(かいたに しのぶ、本名:貝谷 忍、1967年9月24日 - )は、日本漫画家鹿児島県出身。男性。鹿児島県立甲南高等学校および鹿児島大学工学部卒業。現在は千葉県柏市在住。中学生の息子がいる。代表作は『ソムリエ』、『ONE OUTS』、『LIAR GAME』など。

略歴[編集]

  • 1991年
    • 下半期に『もうひとりの僕』で第42回手塚賞準入選受賞。
  • 1994年
  • 1996年
  • 1998年
    • ビジネスジャンプ』において『ONE OUTS』の連載を開始。今までに無いタイプの異色野球漫画として人気を博し、2006年まで連載された。甲斐谷忍の代表作の一つ。
  • 2000年
    • 『MANGAオールマン』1号より『太平天国演義』の連載を開始。しかし、『MANGAオールマン』の休刊(事実上の廃刊)により連載は中断される。その後2002年から2003年にかけてビジネスジャンプ増刊『BJ魂』にて単発的に続編が掲載されるも、未完のまま中断。もっとも『週刊ヤングジャンプ』2008年23号の後書において、「100万円を1日で使いきるとしたら?」という質問に対し「『太平天国演義』第4巻を自費出版する」と答えていることから、未練は持っているようである。
  • 2005年
    • 週刊ヤングジャンプ』において『LIAR GAME』が12号から17号まで集中連載。好評のため、同年41号から52号まで再び集中連載された。2006年26号より36号まで第3部を集中連載。2007年12号から連載を再開。テレビドラマ化された。
  • 2007年
  • 2008年
    • 10月より日本テレビ系列にて『ONE OUTS』がアニメ化。それに伴い、『ビジネスジャンプ』で『ONE OUTS-疑惑のオールスター編-』を短期集中連載。
  • 2011年
    • ジャンプ改』Vol.2より、『ウイナーズサークルへようこそ』の連載を開始。

人物[編集]

  • 大の競馬好きであり、『LIAR GAME』の登場人物の名前は実在の競馬関係者に由来するものが多い。
    • 元々は「漫画の登場人物の名前を覚えていくのが大変で、『ONE OUTS』のときはしばしば混乱してしまった」ことから、「顔とイメージが一致するジョッキーの名前を使う」ことでその問題をクリアしようと考えたことが契機だという[1]
    • 当初はJRA騎手の名前を使っていたが、最近は「いよいよ名前が足りなくなってきた」ため地方競馬の騎手や引退した騎手の名前を使うことが多いとのこと[1]
    • ちなみに2007年オークスでは、ちょうど『LIAR GAME』で秋山深一と福永ユウジが戦った直後で、1着に福永祐一騎乗のローブデコルテ、2着に秋山真一郎騎乗のベッラレイアが入った。甲斐谷の元にもファンから「おかげで当たりました」との声が届いた[1]
  • 子供の頃に特に影響を受けた作品は鴨川つばめの『マカロニほうれん荘』である。
  • 絵柄は能條純一上條淳士望月玲子の影響を大きく受けている[2]
  • また福本伸行にも強い影響を受けているようである(甲斐谷は『ONE OUTS』の企画を編集部に説明する際に「これは野球版『アカギ』です」と述べている)。
  • 『ONE OUTS』や『LIAR GAME』など集中連載を行うことが少なくない。
  • 2000年頃から匿名で「漫画家Pの心象風景」というサイトを運営していたが、2001年頃に一旦閉鎖、2003年頃からは「太平天国演義マニアックス」という公式ページを開設したが、1年余りで更新が滞りがちになり、2005年末頃に完全に閉鎖された。
  • 大学の専門は電子工学であり、大学時代はパソコンゲームのプログラム作りにはまっていたため『LIAR GAME』のゲームを作るのは得意[3]

作品[編集]

単行本未掲載作品[編集]

  • 赤の他人(1999年4月発行『COMIC CUE』VOLUME SIX(イースト・プレス)掲載)
  • サンソウ〜禁断の占術〜3(『週刊ヤングジャンプ増刊 漫革』31掲載)

アシスタント[編集]

外部リンク[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 私の競馬、俺の競馬 / 甲斐谷忍・第1回 - JRA・2010年4月14日
  2. ^ 「誰に影響を受けましたか?という質問をよく受けるのですが、絵的には能條純一先生、上條淳士先生、望月玲子先生です。あちこちで憶測で語られてるようですが、これが公式です。ストーリー的には数えきれないくらいいっぱいです」と、自身のTwitter(@mangakap)で2010年5月7日に発言している
  3. ^ 『週刊ヤングジャンプ』2007年21・22合併号のインタビュー記事より