植田辰哉
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| 基本情報 | ||||
| 国籍 | ||||
| 生年月日 | 1964年7月25日(47歳) | |||
| 出身地 | 香川県東かがわ市(旧大川郡白鳥町) | |||
| ラテン文字 | Tatsuya Ueta | |||
| 身長 | 196cm | |||
| 選手情報 | ||||
| 所属 | ||||
| 役職 | 監督 | |||
| ポジション | MB | |||
| 利き手 | 右 | |||
植田 辰哉(うえた たつや、1964年7月25日 - )は、日本のバレーボール元選手(元全日本代表)・指導者。現在はバレーボール全日本男子代表監督。
香川県東かがわ市(旧大川郡白鳥町)出身。大阪商業大学卒業。身長196cm。
目次 |
[編集] 経歴
新日鐵では、センタープレイヤーとして日本バレーボールリーグ・ベスト6賞に5年連続選出された。全日本男子では1992年バルセロナオリンピックにキャプテンとして出場するなど活躍。指導者としては、新日鉄ブレイザーズ監督、全日本ジュニア男子チーム監督などを歴任。
- 全日本男子監督として
2004年、全日本男子暫定監督に就任、その年のワールドリーグ予選ラウンドの指揮を執った。その翌年の2005年に代表監督を要請され、正式に就任した。この年のアジア選手権で5大会10年ぶりの優勝を果たした。
2006年の世界選手権で1982年の4位以来となる8位入賞。ドーハアジア大会で5位。
2007年、Vリーグ40回大会記念特別表彰においてVリーグ栄誉賞を受賞。アジア選手権で準優勝。
2008年6月7日、監督として采配を振った北京オリンピックバレーボール世界最終予選に於いて、自身が選手として出場した1992年のバルセロナ五輪以来16年ぶりの五輪出場権を獲得した。8月のオリンピック本戦では1次リーグ敗退。
北京五輪後、日本バレーボール協会は代表監督の公募を行った。ジュリオ・ベラスコ(現・イラン男子代表の監督)ら複数の応募があったが、最終的に植田監督の続投が決定[1]。
2009年、アジア選手権で2大会ぶりの優勝。グランドチャンピオンズカップで、主要国際大会においては32年ぶりとなる銅メダルを獲得。
2010年、世界選手権で2次リーグ敗退。広州アジア大会で4大会16年ぶりの金メダルを獲得。
[編集] 人物・エピソード
- バルセロナ五輪の開会式の日が自分の誕生日だった。ちなみに自身の夫人とも生年月日が同じである。
- 全日本男子を再びオリンピックに出場させるという重要な役目にいるゆえ、試合中でも練習中でも非常に厳しい表情で戦況を見つめ、時には怒鳴り、選手を鼓舞する。修行で滝に打たれる。しかし練習オフのインタビューで「徳島ラーメンって美味しいよね」と普段は見せないような表情で答えたこともある。
- 2006年11月19日、バレーボール世界選手権のプエルトリコ戦の第4セットにて36-34で競り勝った瞬間、コートで(仰向けで)大の字に倒れて感激を現した。また、2008年6月7日に北京オリンピック出場権を獲得した際にも、感激してコートに(前のめりに)大の字に倒れこみ、そのまま号泣している。なお、後者のシーンは植田の名シーンとして多くの報道番組で取り上げられた。
- 基礎体力を中心に行なう凄まじい練習量を課すことで知られる。また「茶髪」「ろくに挨拶も出来ない」「国歌斉唱の際知らん振りで口を閉じている」選手は要らないと公言している。その一方、選手には「頑張ろう!」と声をかけ、励ましあう事も多い。北京五輪最終予選初戦でイタリアに負けた後、息子から、「父ちゃんまだ終わっていないよ。頑張ろう。」と声を掛けられた事から、植田自身も気分が軽くなったという。以来、選手を励ましあい、結果、16年ぶりの五輪出場を決めた。
- 全日本男子チームが2010年7月に合宿でダッシュ練習を行った北海道芦別市旭町油谷の坂道(市道)は、それが縁で、地元有志により「植田坂」と名づけられた。[2]
[編集] 球歴
- 所属チーム履歴
- 白鳥中学校→大阪商業大学高等学校→大阪商業大学→新日本製鐵
- 指導者歴
- 全日本代表としての主な国際大会出場歴
- 受賞歴
- 1989年 - 第22回日本リーグ ベスト6、新人賞
- 1990年 - 第23回日本リーグ ベスト6
- 1991年 - 第24回日本リーグ ブロック賞、ベスト6
- 1992年 - 第25回日本リーグ スパイク賞、ベスト6
- 1993年 - 第26回日本リーグ スパイク賞、ベスト6
- 1994年 - 第27回日本リーグ ブロック賞
- 1995年 - 第1回Vリーグ スパイク賞
[編集] 受賞歴
- 1987年 第21回日本リーグ 新人賞
- 1988年 第22回日本リーグ ベスト6
- 1989年 第23回日本リーグ ベスト6
- 1990年 第24回日本リーグ ブロック賞 ベスト6
- 1991年 第25回日本リーグ スパイク賞 ベスト6
- 1992年 第26回日本リーグ スパイク賞 ベスト6
- 1993年 第27回日本リーグ ブロック賞
- 1994年 第1回Vリーグ スパイク賞
- 2007年 2006-07プレミアリーグ Vリーグ栄誉賞
[編集] 指導者資格
- JOC専任コーチ(TOPコーチアカデミー)
- 日本体育協会上級コーチ
[編集] 著書
- 植田辰哉 徹底マネジメント (総合法令出版、2009年11月)
[編集] 外部リンク
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
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