荻野正二
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| 基本情報 | |||
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| 国籍 | |||
| 生年月日 | 1970年1月8日(39歳) | ||
| 出身地 | 福井県遠敷郡上中町 | ||
| ラテン文字 | Masaji Ogino | ||
| 身長 | 197cm | ||
| 体重 | 100kg | ||
| 血液型 | O型 | ||
| 選手情報 | |||
| 所属 | サントリーサンバーズ | ||
| コートネーム | オギサン | ||
| ポジション | WS | ||
| 指高 | 250cm | ||
| 利き手 | 右 | ||
| 最高 到達点 |
スパイク | 340cm | |
| ブロック | 325cm | ||
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■テンプレートの解説 |
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荻野正二(おぎの まさじ、1970年1月8日 - )は日本のバレーボール選手。バレーボール全日本選手。Vプレミアリーグのサントリーサンバーズ所属。
[編集] 来歴
福井県遠敷郡上中町(現三方上中郡若狭町)出身。中学時代は野球部に所属していたが、背が大きいことを理由にバレーで高校に推薦され、バレーボールを始める。
サイドの選手として安定したサーブレシーブと要所での得点で、所属チームのサントリーサンバーズになくてはならない存在である。また北京オリンピック前、オリンピックを経験した中では現役を続ける数少ない選手の一人であったが、2008年4月15日で大分三好ヴァイセアドラー所属の南克幸選手が引退を発表したため、唯一の選手となった。
アテネオリンピック最終予選終了後に全日本男子監督に就任した植田辰哉の要請で、2005年に約7年ぶりの全日本復帰を果たし、キャプテンを務めた。WSでありながら、堅実なサーブレシーブとトス回しをこなすユーリティプレイヤーとしての信頼は厚く、最年長選手としての豊富な経験もあり、チームの精神的支柱となっている。
2007年、Vリーグ40回大会記念特別表彰においてVリーグ栄誉賞を受賞。
北京オリンピック世界最終予選、勝てば全日本男子がバルセロナオリンピック以来、実に4大会(16年)振りにオリンピック出場が決まる対アルゼンチン戦マッチポイントの場面で、最後の勝利スパイクを決めた。
[編集] 球歴・受賞歴
- 所属チーム履歴
- 福井工業大学附属福井高等学校 → サントリーサンバーズ (1988年-)
- 全日本代表 - 1989-1993年、1995-1998年、2005-2008年
- 全日本代表としての主な国際大会出場歴
- 受賞歴
[編集] 外部リンク
バレーボール全日本男子 1992年バルセロナ五輪
バレーボール全日本男子 2008年北京五輪

