東和町 (岩手県)

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東和町
廃止日 2006年1月1日
廃止理由 新設合併
花巻市、石鳥谷町大迫町東和町花巻市
現在の自治体 花巻市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 岩手県
和賀郡
団体コード 03361-8
面積 157.51km²
総人口 10,027
推計人口、2006年1月1日)
隣接自治体 花巻市北上市遠野市江刺市
稗貫郡大迫町石鳥谷町
町の木 あかまつ
町の花 あやめ
町の鳥 きじ
東和町役場
所在地 028-0192
岩手県和賀郡東和町土沢8区60番地
(現在の花巻市東和町土沢8区60番地)
座標 北緯39度23分13.2秒
東経141度13分41.5秒
東和町の県内位置図
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東和町(とうわちょう)は、平成17年(2005年)まで岩手県和賀郡にあった。現在の花巻市の東和町を冠する各大字にあたる。

地理[編集]

歴史[編集]

当地域の歴史は坂上田村麻呂の時代にさかのぼり、成島毘沙門堂や丹内山神社などが田村麻呂の創建と伝わる。中世の当地域は和賀氏が支配しており、その家臣の小原氏の領地があったが、戦国時代末期、豊臣秀吉による奥州仕置で和賀氏は改易された。後に和賀氏は領土回復を目的に和賀・稗貫一揆岩崎一揆を起こしたが最終的に南部氏に平定され、近世は南部藩領となった。また、伊達藩と接する重要拠点として慶長17年(1612年)に土沢城が築かれた。土沢城は旧葛西氏家臣・江刺隆直を城主として使用されたが、寛文10年(1670年)に廃城となった。江戸時代は盛岡から釜石に続く釜石街道の宿場町として栄えた[1]

廃藩置県では地域内に多くの村が設立された。明治11年に記された東和町の前身・石持村地租改正文書が小屋瀬蒲田家に伝来した[2]。後にこれらが合併して土沢町小山田村谷内村中内村などが成立、昭和30年、前述の各町村が合併し、東和町が成立した。

町名の由来[編集]

東和賀にちなんで東和町と命名。

沿革[編集]

行政[編集]

  • 最後の町長:小田島峰雄(おだしま みねお、1998年1月25日就任)

教育[編集]

小学校[編集]

  • 東和町立小山田小学校
  • 東和町立土沢小学校
  • 東和町立成島小学校
  • 東和町立田瀬小学校
  • 東和町立谷内小学校
  • 東和町立浮田小学校

中学校[編集]

  • 東和町立東和中学校
  • 東和町立田瀬中学校

高等学校[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

道路[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

名所・旧跡・観光スポット[編集]

祭事・催事[編集]

出身有名人[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 東和町史
  2. ^ 小屋瀬蒲田家所蔵文書集(紫波六山会、2014)27p

外部リンク[編集]