宇宙葬

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トーラスロケットによる打ち上げ(1998年2月10日)

宇宙葬(うちゅうそう)は、故人の遺骨などをカプセルなどに納めてロケット等に載せ、宇宙空間(多くは地球を周回する軌道上)に打ち上げる散骨の一形態。現在、アメリカのセレスティス社のみが実績を持っている。

概要[編集]

打ち上げるロケットには容積・質量の制約があることから、多くの例ではシリンダー状の容器に数グラムの遺骨を装填し、数十ないしは数百人分の遺骨を同時に打ち上げる方法がとられる。2004年に行われた例では150人分の「散骨」が行われた。打ち上げに用いるロケットは、費用削減のため既存の商業ロケットを転用、格安プランでは他の衛星を打ち上げる際に相乗りする場合もある。

「宇宙葬」とはいうものの、実際にはロケット能力の制約などによって遺骨は地球の重力圏を離脱できず、地球周回軌道に乗せられる事が多い。そのため「スペースデブリの増加につながる」として、この行為に対する批判もあったが、セレスティス社の使用する宇宙船は連邦航空局(FAA)商業地区輸送オフィスより、大気圏に再突入燃焼するまで軌道上デブリとならないことを認証するライセンスを請けている。

この発展形としては、人工衛星に遺骨を搭載するもの、月面や外宇宙に対して遺骨を打ち上げる例もある。シューメーカー・レヴィ第9彗星の共同発見者であるユージン・シューメーカー1997年に交通事故で急逝したのち、2005年に遺骨が探査機ルナ・プロスペクターにより月に送られた。これは月面に対して遺骨が送られた初の例である。また、冥王星の発見者クライド・トンボー1997年の死後、遺骨の一部が2006年に打ち上げられた冥王星探査機ニュー・ホライズンズに搭載された。これは外宇宙に向けて遺骨が打ち上げられた初の例である。外宇宙や他の惑星へ向かう衛星は重量制限が厳しいため、現在は何らかの功績を残した著名人に限られている。

歴史[編集]

初の宇宙葬とみられるものは、空中発射型ロケットのペガサスロケットによって1997年4月21日に行われた。このロケットにはジーン・ロッデンベリーティモシー・リアリーなど24人分の遺骨が格納されており、カナリア諸島の上空11kmから発射された。このロケットは遠地点578km・近地点551kmで公転周期96分の楕円軌道に乗り、2002年5月20日にオーストラリア北部に落下した。

次の宇宙葬は前記のユージン・シューメーカーのものであり、1998年1月7日にアテナロケットを用いて月面に対する科学調査と同時に行われた。このロケットは1999年7月31日に月の南極付近に衝突した。

他に、次のような例がある。

  1. 1998年2月10日・30人分・トーラスロケットによる打ち上げ・地球周回軌道
  2. 1999年12月20日・36人分・トーラスロケットによる打ち上げ・地球周回軌道
  3. 2001年9月21日・43人分・トーラスロケットによる打ち上げ・地球周回軌道
  4. 2012年5月22日・ファルコン9による打ち上げ(ジェームズ・ドゥーアンゴードン・クーパーランディ・ヴァンウォーマー 他)[1]
  5. 2013年6月21日・31人分・ニューメキシコ州スペースポート・アメリカより打ち上げ・弾道軌道
  6. 2014年10月23日・24人分・ニューメキシコ州スペースポート・アメリカより打ち上げ・弾道軌道
この2014年10月のフライトは同社の13回目の打上げ[2]

フィクションでの宇宙葬[編集]

宇宙を舞台とした諸作品において行われる、架空葬儀方法の一つ。日本の場合、アニメ『宇宙戦艦ヤマトシリーズ』に代表されるように、宇宙船での長期航海中に乗員が死亡した場合に行われることが多い。死亡した者の遺体を納めた棺を宇宙船などから宇宙空間へ流すことが多く、水葬のイメージを宇宙に移転したものとも言える。

脚注[編集]

  1. ^ 「スター・トレック」俳優の遺灰、宇宙へ (CNN.co.jp、2012年5月25日)
  2. ^ “Memorial Spaceflight Participants 各フライトで運ばれた個人の遺影なども掲載(英語)”. Celestis. http://www.celestis.com/participants.asp 2012年6月18日閲覧。 

外部リンク[編集]