北海道旭川西高等学校
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| 北海道旭川西高等学校 | |
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| 過去の名称 | 北海道庁立上川高等女学校 北海道庁立旭川高等女学校 北海道立旭川女子高等学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 北海道 |
| 学区 | 北海道上川南(普通科のみ) |
| 校訓 | 研学・高邁・溌剌 |
| 設立年月日 | 1907年3月10日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科(5クラス) 理数科(1クラス) |
| 学期 | 2学期制 |
| 高校コード | 01220D |
| 所在地 | 〒070-0815 |
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北海道旭川市川端町5条9丁目1番8号
北緯43度46分59.1秒東経142度20分31.2秒 |
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| 外部リンク | 公式サイト |
北海道旭川西高等学校(ほっかいどうあさひかわにしこうとうがっこう、Hokkaido Asahikawa Nishi High School)は、北海道旭川市にある、公立(道立)の高等学校。
目次 |
[編集] 沿革
- 1907年3月10日 - 北海道庁立上川高等女学校として設立が認可される。
- 1907年5月1日 - 第1回入学式を挙行する。
- 1915年4月20日 - 北海道庁立旭川高等女学校となる。
- 1917年6月1日 - 旧校歌を制定する。
- 1924年6月25日 - 旧校章を制定する。
- 1937年9月25日 - 旧校旗を制定する。
- 1948年4月1日 - 学制改革により、北海道立旭川女子高等学校となる。
- 1950年4月1日 - 男女共学となり、校名を北海道旭川西高等学校と改称する。
- 1950年7月 - 現校章を制定する。
- 1952年4月 - 現校旗を制定する。
- 1953年8月1日 - 現校歌を制定する。
- 1968年4月1日 - 理数科を設置する。
- 1993年4月8日 - 校訓を制定する。
- 2007年10月27日 - 創立100周年記念式典挙行。
[編集] 特色
- 「研学・高邁・溌剌」の校訓の下、文武両道を目標とし自由で伸び伸びとした、生徒の個性を生かした校風が特徴。
- 学校祭の「西高祭」では、各1・2・3年合同のブロックごとに分かれ、「仮装」、「ブロック企画」、「ダンスパフォーマンス」といった各々の部門で優勝を競い合う。中でも「ダンスパフォーマンス」は、西高祭の目玉行事である。
- 毎年7月には、3年生は大学合格祈願の意味合いを含めた日帰りの旭岳登山がある。但し、2004年度はロープウェイが運休した関係で、黒岳登山に変更された。
- かつては北海道の高校で3校しかない男子新体操部があり、国体でも団体優勝を飾ったこともあったが、人数が集まらないため廃部となった。過去に音尾琢真も所属していた。
- 2004年4月9日、毛利衛が同校を訪問し、講演を行った。当時校長を勤めていた兄の奉信の計らいによるものだが、これまで双方のスケジュールの都合が付かず、ようやく実現したものである。
- エレベーターが一機設置されている。但し、通常生徒の使用は認められていない。また、シンドラーが製造したものであったため、一時期使用が中止されたこともある。
[編集] 制服
男女とも東洋紡績製の白地の襟付きシャツ(男子はワイシャツ、女子はブラウス)に富士ヨット製の紺色のブレザーを着用する(同じデザインのように見えるが微妙に形状が異なる)。
ネクタイは株式会社たまきが製造(販売は明石被服興業)した小豆色と紺色の縞模様である(本校専用のものではなく、他校でも使用例がある)。2006年度の入学生までは女子はネクタイではなく同じ柄のリボンを着用していた。なお、夏は上着を着用しないことを条件に、ネクタイを着用しなくてもよいことになっている(かつて使用されていたリボンも同様)。また、女子は通常水色のベスト(セーター状のもの、袖なし)を着用するが、絶対着用義務があるわけではなく、逆に男子の着用も認められている(ちなみに、女子がベストを着ないのは主に夏であり、逆に男子のベスト着用が見られるのは主に冬である)。但し、指定以外のベストの着用は認められない。
[編集] ジャージ
ゴールドウイン製造のジャージ、Tシャツを着用。ジャージの色は3年おきに同じ色になる(赤→紺色→青紫の順)。
[編集] 出身者
- 森崎博之 - タレント、TEAM-NACSのリーダー
- 音尾琢真 - タレント、TEAM-NACSのメンバー
- 荻生和敏 - 政治家
- あべ弘士 - 絵本作家
- 今津寛 - 衆議院議員
- 佐々木秀典 - 衆議院議員
- 橋本奈々未 - アイドル、乃木坂46のメンバー