ヨハン・シュトラウス1世

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ヨハン・シュトラウス1世
Johann Strauß I
Johann Strauss I, etching from 1835
Johann Strauss I, etching from 1835
基本情報
出生名 ヨハン・バプティスト・シュトラウス
(Johann Baptist Strauß)
別名 ワルツの父
出生 1804年3月14日
神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国ウィーン
出身地 オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国、ウィーン
死没 1849年9月25日(満45歳没)
オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国、ウィーン
ジャンル ウィンナ・ワルツ
職業 作曲家
指揮者
ヴァイオリニスト
担当楽器 ヴァイオリン
活動期間 1823年 - 1849年
ウィーン中央墓地にある墓所

ヨハン・シュトラウス1世(Johann Strauß I(Vater)、1804年3月14日 - 1849年9月25日)はオーストリアウィーンで活躍した作曲家指揮者、ヴァイオリニストである。ウィンナ・ワルツの基礎を築いたため、「ワルツの父」とも呼ばれる。遠祖はユダヤ系である。彼の名前をより正確に表現すると、Johann Baptist Strauß である。

経歴[編集]

  • 1804年:ウィーンに生まれる
  • 1823年:ヨーゼフ・ランナーの楽団に入団。
  • 1827年:楽団を退団。自ら、管弦楽団を結成する。
  • 以後、宮廷の貴族らに音楽を演奏した。
  • 1849年:ウィーンで死去。(墓所はウィーン中央墓地にある)

2世との関係[編集]

長男・ヨハンが作曲家になることに父親である1世は反対するが、止めることはできなかった。やがて、自らの管弦楽団と対立するようになる。

系図[編集]

  • 長男:ヨハン(後に2世)
  • 次男:ヨーゼフ(ヨハンに続いて、作曲家となる。)
  • 三男:フェルディナント(生後間もなく死去。そのためエドゥアルトが三男とみなされることが多い。)
  • 四男:エドゥアルト(シュトラウス一家の四男。作曲家)

作品[編集]

ワルツ[編集]

  • 小鳩のワルツ(Täuberln-Walzer) Op.1
  • パガニーニ風ワルツ(Walzer a la Paganini)Op.11
  • うぐいすのワルツ(Philomelen-Walzer)Op.82
  • パリ(Paris)Op.101
  • ローレライ=ラインの調べ(Loreley-Rhein-Klänge) Op.154

ギャロップ[編集]

  • ため息ギャロップ(Seufzer-Galoppe)Op.9
  • 中国人のギャロップ(Chineser-Galoppe)Op.20
  • 入場ギャロップ(Einzugs-Galopp)Op.35
  • シュペール・ギャロップ(Sperl-Galopp)Op.42
  • 旅行ギャロップ(Reise-Galopp)Op.85
  • 舞踏会の夜のギャロップ(Ballnacht-Galopp)Op.86
  • 若人の情熱(Jugendfeuer)Op.90
  • カチューシャ・ギャロップ(Cachucha-Galopp)Op.97
  • ヴェルサイユ・ギャロップ(Versailler Galopp)Op.107
  • ジプシー・ギャロップ(Gitana-Galopp)Op.108
  • インド人のギャロップ(Indianer-Galopp)Op.111
  • リストのモチーフによる狂乱のギャロップ(Furioso-Galopp nach Liszt's Motiven)Op.114

ポルカ[編集]

  • シュペール・ポルカ(Beliebte Sperl-Polka)Op.133
  • マリアンカ・ポルカ(Marianka-Polka)Op.173
  • アイゼレとバイゼレ(Eisele und Beisele) Op. 202
  • ピーフケとプーフケ(Piefke und Pufka)Op.235
  • アリス・ポルカ(Alice-Polka)Op.238
  • フレデリーカ・ポルカ(Frederica-Polka)Op.239
  • エクゼター・ポルカ(Exeter-Polka)Op.249

コティヨン[編集]

  • フラ・ディアボロ・コティヨン(Fra Diavolo-Cotillons)Op.41

カドリーユ[編集]

  • 祝典カドリーユ(Jubel-Quadrille)Op.130

幻想曲[編集]

  • エルンストの思い出 またはベネチアの謝肉祭(Erinnerung an Ernst oder: Der Carneval in Venedig)Op.126

行進曲[編集]