ヒラガシラ

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ヒラガシラ
Rhizoprionodon acutus mangalore.jpg
保全状況評価[1]
LEAST CONCERN
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
Status iucn3.1 LC.svg
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
: 軟骨魚綱 Chondrichthyes
: メジロザメ目 Carcharhiniformes
: メジロザメ科 Carcharhinidae
: ヒラガシラ属 Rhizoprionodon
: ヒラガシラ R. acutus
学名
Rhizoprionodon acutus
(Rüppell1837)
シノニム
  • Carcharias aaronis Hemprich & Ehrenberg, 1899
  • Carcharias acutus Rüppell, 1837
  • Carcharias crenidens Klunzinger, 1880
  • Carcharias eumeces Pietschmann, 1913
  • Carcharias walbeehmi Bleeker, 1856
  • Scoliodon longmani Ogilby, 1912
  • Scoliodon vagatus Garman, 1913
英名
Milk shark
Rhizoprionodon acutus distmap.png
分布

ヒラガシラ Rhizoprionodon acutusメジロザメ科に属するサメの一種。東部大西洋からインド太平洋熱帯域沿岸に分布し、表層から深度200mで見られる。ヒラガシラ属では最大で、分布域も最も広い。全長1.1m。体は細く、吻は尖り、眼は大きい。背面は一様な灰色で腹面は白。口角の長い唇褶と、その後方の7-15個の孔で近縁種と区別できる。

個体数は非常に多い。餌は主に小魚。大型のサメや海獣に捕食される。胎生で、雌は一度に1-8匹の仔を産む。繁殖サイクルは地域によって大きく変化する。肉やフカヒレを目的に大量に漁獲されてはいるが、分布域が広く繁殖力が高いためIUCN保全状況軽度懸念としている。

分類[編集]

古いイラスト。廃止されたシノニム Scoliodon walbeehmi の名が与えられている。

ドイツの博物学者エドゥアルト・リュッペルによって、1837年の著書Fische des Rothen Meeres(”紅海の魚”)においてCarcharias acutus の名で記載された。種小名ラテン語で"鋭い"を意味する。その後、本種はCarcharhinus 属やScoliodon 属に含められたが、最終的にはRhizoprionodon 属のタイプ種 R. crenidensシノニムとしてRhizoprionodon 属に置かれた[2][3]。リュッペルはタイプ標本を指定しなかったため、1960年、Wolfgang Klausewitzはサウジアラビアのジッダで得られた44cmの雄個体をレクトタイプに指定した[2]

英名"milk shark"はインドにおいて、本種の肉が母乳の出を促進すると信じられていることによるものである[3]。他の英名としてfish shark・grey dog shark・little blue shark・Longmans dogshark・milk dog shark・sharp-nosed (milk) shark・Walbeehm's sharp-nosed shark・white-eye sharkなどがある[4]。1992年のアロザイムを用いた分子系統解析では、解析に含められた4種のヒラガシラ属の中で最も基底的な位置にあった[5]フランス南部とポルトガル中新世中期(1600-1200万年前)の層から産出する R. fischeuri も、本種と同一である可能性がある[6]

分布[編集]

ヒラガシラ属の中で最も広い分布域を持つ[1]。東部大西洋ではモーリタニアからアンゴラマデイラ島ターラント湾[7]インド洋では南アフリカからマダガスカルを経てアラビア半島南アジア東南アジア太平洋では中国から南日本フィリピンインドネシアニューギニアオーストラリア北部に分布する[2]中新世にユーラシアとアフリカ大陸が衝突するまでは、テチス海に沿って連続した分布域を持っていたようである[6]

岸近くの砕波帯から深度200mまでで見られ、砂浜沖の濁った水域を好む。河口に入ることもある[2][8]シャーク湾では、Amphibolis antarcticaPosidonia australis で構成された海草の茂みに生息する幼体が見られる[9]。低い塩分濃度を嫌うとしている資料もあるが[2][3]トンレサップ湖などカンボジア淡水域から数回記録されている[10]。生息深度は選ばず、表層から海底まで見られる[11]クワズール・ナタール州では、個体数は夏をピークに周年で変動し、回遊を行っていることが示唆される[3]

形態[編集]

Side view of the front half of a slender shark, gray above and white below, with short, broad fins and large eyes
口角に長い唇褶を持つこと、その直後に孔の列を持つことが特徴である。

ヒラガシラ属の最大種であるが、ほとんどの個体は1.1mを超えない[2]。通常は雌は雄よりも大きい[12]西アフリカからは、最大で雄は1.78m・22kg、雌は1.65m・17kgという報告があるが[13]、これらが本種であるかどうかには不確実な点がある[4]

体は細く、吻は長く尖る。眼は丸くて大きく、瞬膜を備える。噴水孔はない。口角の直後には7-15個の孔がある。鼻孔は小さく、三角形の前鼻弁が付随する。口角には長い唇褶があり、上下の顎に伸びる。歯列は上下ともに24–25。上顎歯には細かい鋸歯があり強く傾く。下顎歯は似た形だが鋸歯が小さく、先端は緩やかに上を向く[2][8]。幼体の歯には鋸歯はない[14]

胸鰭は幅広く三角形で、第3か第4鰓裂の下から起始する。臀鰭は第二背鰭の2倍の長さで、その前方には長い隆起線がある。第一背鰭は胸鰭の後端の上から起始する。第二背鰭は第一よりかなり小さく、臀鰭の基底の後部1/3の点から起始する。背鰭の間に隆起線はない。尾鰭下葉はよく発達し、上葉の後縁先端には欠刻がある。背面は一様な灰色・灰褐色または紫灰色で、腹面は白い。第一背鰭の前縁と尾鰭の後縁は黒く、胸鰭の後縁は白くなることがある[2][8]

生態[編集]

分布域の沿岸では最も豊富に見られるサメの一つで、主に群れを作る底生の小さな硬骨魚を捕食する。稀に頭足類甲殻類腹足類を食べることもある[2]。シャーク湾では、トウゴロウイワシ科マルスズキキスベラが重要な餌であり、海草に隠れているため他のサメに捕食されないアカメモドキを捕食する唯一のサメである。カーペンタリア湾では主にサヨリ科・マルスズキ・ボラを捕食しており、クルマエビ科の主要な捕食者でもある。小型個体は主に甲殻類・頭足類を食べるが、成長に連れて魚が中心になってゆく[9][15]

カマストガリザメCarcharhinus tilstoni のような大型のサメや、おそらく海獣も本種を捕食する[14]。クワズール・ナタール州では、人間活動によって大型のサメが減少していることで、本種の個体数が増加している[16]寄生虫として、カイアシ類Pseudopandarus australis が知られている[17]。雌雄は互いに分かれて生活していると考えられる証拠がある[12]

生活史[編集]

他のメジロザメ科同様に胎生である。雌は左側の卵巣と、左右の子宮が機能する。子宮内はを1個ずつ収める区画に仕切られている[12]。生活史の詳細は地域ごとに異なる。一般的には毎年繁殖するが、2年おき・3年おきに繁殖するものもある[12][18]。出産・交尾は、西-南アフリカでは春から初夏(4-6月)[13][12][19]インドでは冬に起こる[2]。これとは異なり、オマーンでは春にピークはあるが、出産は年中行われる[11]オーストラリアでも出産は年中行われ、シャーク湾のHerald Bightでは、新生仔の個体数は4月と6月にピークを迎える[20][21]。定まった繁殖期を持たない集団がいる理由としては、(実際に観察されたわけではないが)胚発生時の休眠期間などによって繁殖サイクルが延長されたり複雑になったりしている可能性が考えられる。雌が体内に精子を蓄えることはない[11]

産仔数は1-8だが、典型的には2-5であり、母体の大きさに連れて増える[2][19]。オマーン近海では、雌:雄の性比は2:1以上になり、産まれる個体が全て雌であることも珍しくない[11]セネガルやインド東部からも、これほど極端ではないが同様の性比の偏りが観察されている[12][22]。この偏りの原因は不明で、ニューファウンドランドヒラガシラのような近縁種では観察されていない[11]。胚は3段階を経て発達する。第一段階は胚が63-65mmになるまで2ヶ月間続き、この期間の胚は卵黄によって成長し、ガス交換を外皮や、おそらく卵黄嚢の表面を通して行う。第二段階は81-104mmになるまで2ヶ月間続き、外鰓が発達して卵黄が吸収され始め、胚は母体が分泌する子宮乳によって成長する。第三段階は6-8ヶ月続き、内容物を失った卵黄嚢は胎盤に転換され、胚は出産まで母体から直接栄養されるようになる[12]

出生時は32.5-50.0cm・127-350g[12]。非典型的な記録では、ムンバイで捕獲された雌が、妊娠期間が完了するかなり前に、既にほぼ発達が完了した23.7cmしかない胎児を含んでいた例がある[23]。雌は、暖かく餌の豊富な沿岸の成育場に移動して出産する。成育場としてモーリタニアバン・ダルガン国立公園・クイーンズランド州のCleveland Bay・シャーク湾のHerald Bightなどが知られている[19][20][21]。Herald Bightでは、浅い潮だまりや、密で高い植生によって捕食者から姿を隠せるような海草藻場で大きな群れを作っている小型個体が見られる。これらの個体は、性成熟に達するとこのような湾内から離れる[21]

西アフリカでは雄は84-95cm・雌は89-100cm[12]、アフリカ南部では雄は68-72cm・雌は70-80cm[24]、オマーンでは雄は63-71cm・雌は62-74cmで性成熟する。この不一致は地域差か、高い漁獲圧による人為選択の結果だと考えられる[11]チェンナイで計測された成長速度は、1年目は10cm・2年目は9cm・3年目は7cm・4年目は6cm・5年目は5cm・それ以降は毎年3-4cmというものだった[22]。成熟時は2-3歳で、寿命は最低でも8年である[1]

人との関わり[編集]

Three small gray sharks sitting on ice in a fish market
大量に漁獲され、食用として扱われる。

小型で歯も小さいため、人には無害である[14]延縄刺し網トロール網・釣りによって漁獲され、肉は生・干物・塩漬けとして販売される。フカヒレ魚粉としても利用される[1][14]。個体数が多く、分布域全域で地域漁業や商業漁業において重要種となっている。オーストラリア北部では、トロール漁において最も多く穫れるサメの一つで、刺し網では漁獲量の2%、延縄では6%を構成していた[1]。セネガル・モーリタニア・オマーン・インドでも最も商業的に重要なサメの一つである[25]ゲームフィッシュとして扱う遊漁者もいる[14]

大量に漁獲されてはいるが、分布が広く比較的よく見られる状態であるため、IUCN保全状況軽度懸念としている。繁殖特性からは、アンコウザメRhizoprionodon taylori ほどの繁殖力はないが、ある程度の漁獲圧には耐えられることが示唆される[1]。1980年代から1990年代前半にかけてのインド、ベラバルの沿岸での資源量調査では、刺し網とトロールによる漁獲量は持続可能なものであると結論された。だがこの調査は、後に個体数調査には不向きと証明された方法論によって行われている。この評価の後にも、地域の漁獲量は大幅に増加している[14][25]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f Simpfendorfer, C.A. (2003年). Rhizoprionodon acutus. 2008 IUCN Red List of Threatened Species. IUCN 2008. 2009年9月10日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k Compagno, L.J.V. (1984). Sharks of the World: An Annotated and Illustrated Catalogue of Shark Species Known to Date. Rome: Food and Agricultural Organization. pp. 525–526. ISBN 92-5-101384-5. 
  3. ^ a b c d Van der Elst, R. (1993). A Guide to the Common Sea Fishes of Southern Africa (third ed.). Struik. p. 46. ISBN 1-86825-394-5. 
  4. ^ a b Froese, Rainer, and Daniel Pauly, eds. (2009). "Rhizoprionodon acutus" in FishBase. September 2009 version.
  5. ^ Naylor, G.J.P. (1992). “The phylogenetic relationships among requiem and hammerhead sharks: inferring phylogeny when thousands of equally most parsimonious trees result”. Cladistics 8 (4): 295–318. doi:10.1111/j.1096-0031.1992.tb00073.x. 
  6. ^ a b Carrier, J.C., J.A. Musick and M.R. Heithaus (2004). Biology of Sharks and Their Relatives. CRC Press. pp. 52–53. ISBN 0-8493-1514-X. 
  7. ^ Compagno, L.J.V., M. Dando and S. Fowler (2005). Sharks of the World. Princeton University Press. pp. 317–318. ISBN 978-0-691-12072-0. 
  8. ^ a b c Randall, J.E. and J.P. Hoover (1995). Coastal Fishes of Oman. University of Hawaii Press. p. 36. ISBN 0-8248-1808-3. 
  9. ^ a b White, W.T., M.E. Platell and I.C. Potter (March 2004). “Comparisons between the diets of four abundant species of elasmobranchs in a subtropical embayment: implications for resource partitioning”. Marine Biology 144 (3): 439–448. doi:10.1007/s00227-003-1218-1. 
  10. ^ Rainboth, W.J. (1996). Fishes of the Cambodian Mekong. Food and Agriculture Organization. p. 51. ISBN 92-5-103743-4. 
  11. ^ a b c d e f Henderson, A.C., J.L. McIlwain, H.S. Al-Oufi and A. Ambu-Ali (June 2006). “Reproductive biology of the milk shark Rhizoprionodon acutus and the bigeye houndshark Iago omanensis in the coastal waters of Oman”. Journal of Fish Biology 68 (6): 1662–1678. doi:10.1111/j.0022-1112.2006.01011.x. 
  12. ^ a b c d e f g h i Capape, C., Y. Diatta, M. Diop, O. Guelorget, Y. Vergne and J. Quignard (2006). “Reproduction in the milk shark, Rhizoprionodon acutus (Ruppell, 1837) (Chondrichthyes: Carcharhinidae), from the coast of Senegal (eastern tropical Atlantic)”. Acta Adriatica 47 (2): 111–126. 
  13. ^ a b Cadenat, J. and J. Blache (1981). “Requins de Méditerranée et d'Atlantique (plus particulièrement de la côte occidentale d'Afrique)”. ORSTOM 21: 1–330. 
  14. ^ a b c d e f Bester, C. Biological Profiles: Milk Shark. Florida Museum of Natural History Ichthyology Department. Retrieved on September 10, 2009.
  15. ^ Salini, J.P., S.J.M. Blaber and D.T. Brewer (1990). “Diets of piscivorous fishes in a tropical Australian estuary, with special reference to predation on penaeid prawns”. Marine Biology 105 (3): 363–374. doi:10.1007/BF01316307. 
  16. ^ Heemstra, E. and P. Heemstra (2004). Coastal Fishes of Southern Africa. NISC and SAIAB. p. 62. ISBN 1-920033-01-7. 
  17. ^ Cressey, R. and C. Simpfendorfer (1988). “Pseudopandarus australis, a new species of pandarid copepod from Australian sharks”. Proceedings of the Biological Society of Washington 101 (2): 340–345. 
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  20. ^ a b Simpfendorfer, C.A. and N.E. Milward (August 1993). “Utilisation of a tropical bay as a nursery area by sharks of the families Carcharhinidae and Sphyrnidae”. Environmental Biology of Fishes 37 (4): 337–345. doi:10.1007/BF00005200. 
  21. ^ a b c White, W.T. and I.C. Potter (October 2004). “Habitat partitioning among four elasmobranch species in nearshore, shallow waters of a subtropical embayment in Western Australia”. Marine Biology 145 (5): 1023–1032. doi:10.1007/s00227-004-1386-7. 
  22. ^ a b Krishnamoorthi, B. and I. Jagadis (1986). “Biology and population dynamics of the grey dogshark, Rhizoprionodon (Rhizoprionodon) acutus (Ruppell), in Madras waters”. Indian Journal of Fisheries 33 (4): 371–385. 
  23. ^ Setna, S.B. and P.N.Sarandghar (1949). “Breeding habits on Bombay elasmobranchs”. Records of the Indian Museum 47: 107–124. 
  24. ^ Bass, A.J., J.D. D’Aubrey and N. Kistnasamy (1975). “Sharks of the east coast of southern Africa. III. The families Carcharhinidae (excluding Mustelus and Carcharhinus) and Sphyrnidae”. Investigative Report of the Oceanographic Research Institute of South Africa 33: 1–100. 
  25. ^ a b Fowler, S.L., R.D. Cavanagh, M. Camhi, G.H. Burgess, G.M. Cailliet, S.V. Fordham, C.A. Simpfendorfer, and J.A. Musick (2005). Sharks, Rays and Chimaeras: The Status of the Chondrichthyan Fishes. International Union for Conservation of Nature and Natural Resources. p. 92–93, 146–147. ISBN 2-8317-0700-5.