パソコンのイシダ
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株式会社パソコンのイシダは、かつて北海道内でチェーン展開していたパソコンショップ。旧商号は石田電器。本社所在地は釧路市。
1980年代後半~1990年代前半頃が全盛期で、その後はイシダ電器の倒産(民事再生法)と経営再建の為、釧路市外(道央・道北・釧路以外の道東)全支店の撤退と業務規模の大幅縮小に踏み切った。現在は、PCジャンクパーツ等を中心に扱う唯一の店舗が釧路町曙2丁目8番に存在する。
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[編集] かつての店舗
[編集] 道央圏
- パソコンのイシダ 札幌南3条店
- FM-LAB札幌(1990年4月~)
- 南2条西1丁目の壱丁目ビル2Fにオープン。FM-LABと銘打ってあったものの、富士通以外のPCも展示&販売されていた。同社の札幌1号店である。同ビルを出て右に行くとすぐに狸小路1丁目のアーケード内であった。
- パソコンのイシダ 東札幌店
[編集] 道東圏
- FM-LAB釧路
- 富士通特約店。釧路市旭橋傍に出店。後に市内堀川町に造られた市内統合店舗に移転。現在、釧路町に同名の店舗があるが、店長を務める従業員と経営企業が同一という点以外に富士通特約店時代店舗を偲ばせる目立った共通点・形跡は特に無い。
- 旭町時代の店舗の頃にはNTT釧路支店が開設していた地域BBSであった丹頂ネットのサーバーが移管・設置され、同ネットの開設時から深く関わっていた同店の社員が管理してた。更に店内には同ネットへのログイン端末が設置されていた。その後、店舗移転時に統合店舗内に移設された。
- 石田電器 本店(初代)
- パソコンのイシダ 本店(二代目)
- 全道旗艦店・市内店舗の統合店的位置付けだった事もあり、旧来の支店・旧本店店舗とは違い、店内は広い(中規模の食品スーパー店舗位の広さ)。パソコン教室も開催していた。ただし、この店舗建設に伴う投資が後の経営難の要因のひとつとなった。不渡りが出た後も営業を続けていたが商品の入れ替えができず、開店しているか判別がつかないほど照明を絞っての営業だったため、利益を上げるのが難しい状況だった。のちに業務縮小の際、売却。
- 店内では各メーカーのPCや周辺機器や、ゲームソフトの展示販売の他NECとセイコーエプソン社のPC本体や周辺機器の自社での修理も行っていた。
- パソコンのイシダ 帯広店(初代)
- 平成4年頃、JR帯広駅から北に徒歩5分ほどの位置に出店(平原通り沿い。初の釧路市外進出店舗)。店内は狭く、開店当初からサプライ製品はあまり充実していなかった。約2年後、二代目店舗へ移転。帯広駅前周辺の再開発で、当時の建物が現存しているかは不明。
- パソコンのイシダ 帯広店(二代目)
- 平成5~6年頃(約2年間)、JR帯広駅から西側に徒歩7分ほどの位置に出店(帯広市民文化ホール向かいのビル1階)。店舗形状縦長で、サプライ製品売り場の充実が図られた。移転後、建物には床屋が入居している。
- パソコンのイシダ 帯広店(三代目。二代目店舗健在時は旧帯広春駒店)
- 二代目店舗開店の約1年後、JR帯広駅から西側に徒歩15分ほどの位置(春駒通り沿い。同市内西16条南4丁目付近)に立地していた旧そうご電器春駒店(HARUKOMA AV CITY。参考画像)跡に「帯広春駒店」として出店。二代目店舗の閉店後、帯広店に改称。店内は広くその頃から自作PCなどの販売も本格化する。現在、建物跡には居酒屋が入居している。
[編集] 道北圏
- パソコンのイシダ 旭川店
- 旭川市内中心部の平和通買物公園に面したヨシタケパークビル地階に入居。旧そうご電器旭川店、KOYO CAB 504、ワールドインアオヤマ旭川店、パソコンショップソフトインといった競合店が徒歩5分圏内に立地する激戦区であった。跡地のヨシタケパークビル地階にはなんでもリサイクルビッグバンが入居していたが閉店した。
[編集] 倒産要因
- 本店が移転した前後には釧路市内にてパソコン本体ならびに周辺機器やソフトウェアを取り扱う店舗は丸三鶴屋(本館6F→本館7F→本館4F)、そうご電器(FC加盟店)、長崎屋(系列子会社のサン家電)が存在したがこのうち、丸三鶴屋と長崎屋は取り扱いを縮小消滅させている。そのための強気な新店舗建設と釧路外への進出となったが、新本店建設費用が経営を圧迫した。また釧路外では特に個性を出すことができずいずれも苦戦を強いられた。また、市内での法人向けおよび教育向け取り扱いが増えたことで個人を軽視する傾向が強まったことで深刻な個人客離れを引き起こした。具体的には、予約取り寄せに対する未履行トラブルの増大や販売値引率の無申告変更(予約30%店頭20%の値引率が各10%まで変更された)などのトラブルがあった。