ハシルショウグン

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ハシルショウグン
品種 サラブレッド
性別
毛色 芦毛
生誕 1988年4月18日
死没 1996年5月19日
メンデス
ハイビクター
母の父 ツイッグ
生国 日本の旗 日本北海道門別町
生産 森永孝志
馬主 渡辺典六
調教師 赤間清松大井
嶋田潤美浦
競走成績
生涯成績 地方競馬26戦10勝・中央競馬6戦0勝
獲得賞金 3億4107万0000円
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ハシルショウグンとは日本競走馬である。おもに大井競馬場で走り、東京王冠賞川崎記念帝王賞などに勝利した。後年中央競馬へ移籍するが、障害競走に出走した際故障を発生し予後不良となる。

出生[編集]

メンデスフランス産の中距離馬、母父ツイッグもフランス産とフランス色の濃い血統で、母ハイビクターは東京大賞典2着馬で、母の半兄には北上川大賞典みちのく大賞典名古屋大賞典などに勝ったイチコンコルドオウがいる。静内の当歳セリにおいて大典牧場の渡辺典六が1510万円で購入した。

戦績[編集]

馬齢は旧表記を用いる。

1990年8月12日にデビューし、初戦のサラ系3才新馬を8馬身差の勝利で飾ると、続く白菊特別も大差で楽勝する。2連勝の内容に「ハイセイコー以来の逸材」と評され、クラシックを期待される。しかし調教中にトモを骨折し春は全休する。

1991年8月26日のオミナエシ特別で復帰すると、故障明けにもかかわらず9馬身差で勝利。一般競走2戦を消化し南関東三冠の最終戦・東京王冠賞に出走し、4馬身差で勝利。最後の一冠を制する[1]。ここまで6戦6勝、しかも全て圧勝であったため圧倒的な一番人気で東京大賞典に出走するが、一着のボールドフェイスから3.9秒も離された7着に終わる。

古馬になったハシルショウグンは金盃(大井)3着、帝王賞5着をはさみ大井記念に勝利。8月27日に全国交流競走のブリーダーズゴールドカップに出走するが8着に敗れる。その後中央初挑戦となるオールカマーに厩舎の先輩ジョージモナークと共に出走。初の芝であったが6着と健闘する。グランドチャンピオン2000の3着をはさみ当年から国際指定競走となったジャパンカップに出走する[2]が最下位となる。続く東京大賞典では5着に敗れる。

1993年東京シティ盃から始動。ここでは7着に敗れるがその後川崎記念、帝王賞、大井記念と3連勝する。続いて2年連続となるオールカマーに出走[3]ライスシャワーホワイトストーンシスタートウショウツインターボと実績馬がそろったが、2着と芝で初めて連対を果たす。再びグランドチャンピオン2000を3着しジャパンカップに出走、2年連続の殿負けとなる。東京大賞典では1番人気に推されるものの10着に敗れる。

1994年は川崎記念4着、アフター5スター賞3着、グランドチャンピオン2000では3年連続の3着となり3戦のみで終える。8歳では帝王賞11着、群馬記念10着、マイルグランプリ4着、大井記念9着となったあと障害を見据え中央競馬に移籍。天皇賞・秋に出走し、最下位に敗れる。9歳になった1996年5月19日、初の障害戦となる障害4歳上未勝利に出走するが最後の直線で左前第1指関節脱臼を発生し、安楽死の処置がとられた。

年度別競走成績[編集]

  • 1990年 2戦2勝
  • 1991年 5戦4勝
    • 1着 東京王冠賞
  • 1992年 8戦1勝
    • 1着 大井記念
    • 3着 グランドチャンピオン2000
  • 1993年 8戦3勝
    • 1着 川崎記念、帝王賞、大井記念
    • 2着 オールカマー
    • 3着 グランドチャンピオン2000
  • 1994年 3戦0勝
    • 3着 アフター5スター賞、グランドチャンピオン2000
  • 1995年 5戦0勝
  • 1996年 1戦0勝

血統表[編集]

ハシルショウグン血統リファール系 / アウトブリード)

*メンデス
Mendez
1981 芦毛
*ベリファ
Bellypha
1976 芦毛
Lyphard Northen Dancer
Goofed
Belga Le Fabuleux
Belle de Retz
Miss Carina
1975 芦毛
Caro *フォルティノ
Chambord
Miss Pia Olympia
Ultimate Weapon

ハイビクター
1978 鹿毛
*ツイッグ
Twig
1971 黒鹿毛
Hul a Hul Native Dancer
Week-End
Top Twig High Perch
Kimpton Wood
マンノージョウ
1967 黒鹿毛
*リンボー War Admiral
Boojie
シマピーク シマタカ
*アバロンピーク F-No.2-n
  • 4代母アバロンピークはニュージーランド産。

脚注[編集]

  1. ^ 主戦騎手の的場文男、調教師の赤間清松らは「故障がなければ三冠馬だった」と口をそろえた。
  2. ^ 当時はオールカマーで地方馬最先着となるとジャパンカップの出走権が与えられた。このときはジョージモナークが5着で出走権を獲得していたが、故障で引退したため繰上りでの出走となった。そのため前哨戦だった富士ステークスには出走していない。
  3. ^ 1週間前に挫石で歩様に異変が起きていたが、患部を手術し脱脂綿をつめて出走した。

外部リンク[編集]