ジェンス・パルヴァー
| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | ジェンス・ジョニー・パルヴァー (Jens Johnnie Pulver) |
| 通称 | リル・イーヴル (Lil Evil) パルバライザー ガトリングラッシュ |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1974年12月6日(38歳) |
| 出身地 | ワシントン州サニーサイド |
| 所属 | ミレティッチMA →チーム・エクストリーム →チーム・カラン |
| 身長 | 170cm |
| 体重 | 66kg |
| 階級 | ライト級 →フェザー級 →バンタム級 |
| スタイル | レスリング、ボクシング |
| テーマ曲 | Lil Evil(オリジナル) |
ジェンス・パルヴァー(Jens Pulver、男性、1974年12月6日 - )は、アメリカ合衆国の総合格闘家。ワシントン州サニーサイド出身。チーム・カラン所属。初代UFC世界ライト級(旧バンタム級)王者。
レスリング出身でありながらボクシングを主武器とし、徹底的な打撃の連打で対戦相手を粉砕することから「パルバライザー」(粉砕機)の異名を持つ。また、プロボクシングやキックボクシングの試合もこなしている。
目次 |
来歴[編集]
当初はミレティッチ・マーシャルアーツ・センターにてパット・ミレティッチに師事した。
UFC[編集]
2001年2月23日、UFC 30で行われた初代UFC世界ライト級(旧バンタム級)王者決定戦で宇野薫と対戦。判定勝ちを収め、初代UFC世界ライト級王者となった。
2001年9月28日、UFC 33でデニス・ホールマンとタイトルマッチを行い、判定勝ち。1度目の王座防衛に成功。
2002年1月11日、UFC 35でBJ・ペンとタイトルマッチを行い、判定勝ち。2度目の王座防衛に成功するが、3月にUFCライト級王座を返上しUFCを離れた。その後、2006年に自身が復帰するまでUFCではライト級王座戦が行われることはなかった。
UFC離脱後[編集]
2002年8月8日、UFO LEGENDに参戦し、村浜武洋に僅差の判定勝ちを収めた。
2004年3月22日、修斗に参戦し、植松直哉からKO勝ち。7月8日、修斗ハワイ大会「Soljah Fight Night」にてステファン・パーリングと対戦し、TKO勝利。
2004年9月19日、シュートボクシングのトーナメント『S-cup 2004』に参戦。1回戦で代常亮に左ボディブローでTKO勝ちを収めた。しかし試合後、ステファン・パーリング戦などで痛めていた右後十字靭帯が悪化し、準決勝を棄権。
PRIDE[編集]
2004年12月31日、PRIDE初参戦となったPRIDE 男祭り 2004で五味隆典と対戦するもKO負けを喫した。
2005年5月22日、『PRIDE 武士道 -其の七-』ではTAISHOにKO勝ち。9月25日の『PRIDE 武士道 -其の九-』ではPRIDEライト級GPに参戦。1回戦で桜井"マッハ"速人にKO負け。
2006年4月2日、『PRIDE 武士道 -其の拾-』ではアライケンジにKO勝ち。
UFC復帰[編集]
2006年9月23日、UFC復帰戦となった『UFC 63』にて、ジョー・ローゾンにTKO負け。
The Ultimate Fighter 5のコーチを務め、2007年6月23日のフィナーレでは同じくコーチを務めたBJ・ペンと対戦し、チョークスリーパーで一本負け。試合後、階級を1つ下のフェザー級に落とし、同じズッファ社が運営するイベントWECに参戦することをファンに告げたが[1]、出場予定だった2007年9月5日のWEC 30については、かねてから痛めていた膝の症状の悪化により、出場をキャンセルした。
WEC[編集]
2007年12月12日、フェザー級転向初戦となるWEC 31でカブ・スワンソンと対戦し、ギロチンチョークで一本勝ち。続いて2008年6月1日、WEC 34でユライア・フェイバーの持つWEC世界フェザー級王座に挑戦したが、判定0-3で敗れ王座獲得には至らず、キャリア初の判定負けとなった。続く11月5日のWEC 36ではレオナルド・ガルシアにTKO負けを喫した。
2009年1月25日、WEC 38でユライア・フェイバーと再び対戦するも、ギロチンチョークで一本負け。
2009年6月7日、WEC 41でジョシュ・グリスピと対戦し、開始33秒ギロチンチョークで一本負け。4連敗となった。試合後のマイクでは「ここサクラメントでキャリアを始めた。ここでキャリアの終わりにしたい」と発言。しかしその後「ここで終わるとは言い切れないが」と最後は言葉を濁した。
2010年3月6日、WEC 47でハビエル・バスケスに腕ひしぎ十字固めで敗れ、5連敗となった。試合後に引退を示唆した[2]。
2010年8月14日、PWP: War on the Mainlandでディエゴ・ガリーホと対戦し、ギロチンチョークで一本負けを喫し、6連敗となった[3]。
人物・エピソード[編集]
- 寝技も打撃も技術が高く、穴の無いオールラウンドな戦いができる選手である。
- ミレティッチ・マーシャルアーツ・センターに所属していた頃に同門だったマット・ヒューズが出版した自伝“Made in America”にて、パルヴァーの性格や武勇伝が書かれている。
- 趣味はフライ・フィッシングやゴルフ。
- 幼少期、父親から家庭内暴力を受けていたことを告白し、その恐怖から逃れるためにレスリングに没頭したと語っている。
戦績[編集]
総合格闘技[編集]
| 総合格闘技 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 37 試合 | (T)KO | 一本 | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 |
| 22 勝 | 13 | 3 | 6 | 0 | 1 | 0 |
| 14 敗 | 6 | 7 | 1 | 0 | ||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
| × | ディエゴ・ガリーホ | 1R 1:08 ギロチンチョーク | PWP: War on the Mainland | 2010年8月14日 |
| × | ハビエル・バスケス | 1R 3:41 腕ひしぎ十字固め | WEC 47: Bowles vs. Cruz | 2010年3月6日 |
| × | ジョシュ・グリスピ | 1R 0:33 ギロチンチョーク | WEC 41: Brown vs. Faber 2 | 2009年6月7日 |
| × | ユライア・フェイバー | 1R 1:34 ギロチンチョーク | WEC 38: Varner vs. Cerrone | 2009年1月25日 |
| × | レオナルド・ガルシア | 1R 1:12 TKO(スタンドの打撃) | WEC 36: Faber vs. Brown | 2008年11月5日 |
| × | ユライア・フェイバー | 5R終了 判定0-3 | WEC 34: Faber vs. Pulver 【WEC世界フェザー級タイトルマッチ】 |
2008年6月1日 |
| ○ | カブ・スワンソン | 1R 0:35 ギロチンチョーク | WEC 31: Faber vs. Curran | 2007年12月12日 |
| × | BJ・ペン | 2R 3:12 チョークスリーパー | The Ultimate Fighter 5 Finale | 2007年6月23日 |
| × | ジョー・ローゾン | 1R 0:48 TKO(左フック→パウンド) | UFC 63: Hughes vs. Penn | 2006年9月23日 |
| ○ | コール・エスコヴィード | 1R 0:56 KO(左フック) | IFL: Legends Championship 2006 | 2006年4月29日 |
| ○ | アライケンジ | 1R 3:59 KO(サッカーボールキック) | PRIDE 武士道 -其の拾- | 2006年4月2日 |
| × | 桜井"マッハ"速人 | 1R 8:56 KO(パウンド) | PRIDE 武士道 -其の九- 【ライト級トーナメント 1回戦】 |
2005年9月25日 |
| ○ | TAISHO | 1R 1:00 KO(左フック) | PRIDE 武士道 -其の七- | 2005年5月22日 |
| × | 五味隆典 | 1R 6:21 KO(左アッパー) | PRIDE 男祭り 2004 -SADAME- | 2004年12月31日 |
| ○ | ステファン・パーリング | 3R 1:47 TKO(打撃) | 修斗 Soljah Fight Night | 2004年7月9日 |
| ○ | 植松直哉 | 1R 2:09 KO(左フック) | 修斗 | 2004年3月22日 |
| ○ | リチャード・ヘス | 1R 2:14 フロントチョーク | IFC - Battleground Boise | 2003年10月25日 |
| ○ | ジョー・ジョーダン | 2R 3:12 KO(パンチ) | Extreme Challenge 52 | 2003年8月15日 |
| × | ジェイソン・マックスウェル | 1R 4:54 TKO(パンチ) | HOOKnSHOOT - Absolute Fighting Championships 3 | 2003年5月24日 |
| × | ドゥエイン・ラドウィック | 1R 1:13 KO(パンチ) | Universal Combat Challenge 12 | 2003年1月25日 |
| ○ | 村浜武洋 | 5分3R終了 判定2-1 | UFO LEGEND | 2002年8月8日 |
| ○ | ロバート・エマーソン | 3R終了 判定 | アルティメット・レスリング | 2002年6月29日 |
| ○ | BJ・ペン | 5分5R終了 判定2-0 | UFC 35: Throwdown 【UFC世界ライト級タイトルマッチ】 |
2002年1月11日 |
| ○ | デニス・ホールマン | 5分5R終了 判定3-0 | UFC 33: Victory in Vegas 【UFC世界ライト級タイトルマッチ】 |
2001年9月28日 |
| ○ | 宇野薫 | 5分5R終了 判定2-0 | UFC 30: Battle on the Boardwalk 【UFC世界バンタム級王者決定戦】 |
2001年2月23日 |
| ○ | ジョン・ルイス | 1R 0:15 KO(左フック) | UFC 28: High Stakes | 2000年11月17日 |
| ○ | デイブ・グライズ | KO | Gladiators 10 | 2000年10月14日 |
| × | ディン・トーマス | 2R 0:33 ヒールホールド | World Extreme Fighting - New Blood Conflict | 2000年8月26日 |
| ○ | ジョン・ホーキ | 5分3R終了 判定3-0 | UFC 26: Ultimate Field Of Dreams | 2000年6月9日 |
| ○ | エリック・ヒブラー | 1R 1:54 KO(打撃) | World Extreme Fighting 9 - World Class | 2000年5月13日 |
| ○ | デヴィッド・ヴェラスケス | 2R 2:41 TKO(パンチ連打) | UFC 24: First Defense | 2000年3月10日 |
| ○ | フィル・ジョーンズ | 1R 0:33 KO(右フック) | World Extreme Fighting 8 - Goin' Platinum | 2000年1月15日 |
| △ | アルフィ・アルカレズ | 5分2R終了 判定1-0 | UFC 22: Only One Can be Champion | 1999年9月24日 |
| ○ | ジョー・スティーブンソン | 1R 0:38 KO(パンチ) | Bas Rutten Invitational 3 | 1999年6月1日 |
| ○ | レイ・モラレス | 1R 0:51 フロントチョーク | Bas Rutten Invitational 3 | 1999年6月1日 |
| × | デビッド・ハリス | 1R 11:57 トウホールド | Bas Rutten Invitational 2 | 1999年4月24日 |
| ○ | カーティス・ヒル | 1R 3:00 TKO(タオル投入) | Bas Rutten Invitational 2 | 1999年4月24日 |
キックボクシング[編集]
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
| ○ | 代常亮 | 1R 2:37 TKO(左ボディブロー) | SHOOT BOXING WORLD TOURNAMENT S-cup 2004 【1回戦】 |
2004年9月19日 |
プロボクシング[編集]
- 4戦4勝3KO
獲得タイトル[編集]
脚注[編集]
- ^ UFC、フェザー級新設はなし ライブドアスポーツ 2007年7月10日
- ^ 【WEC47】バスケスがWEC初勝利、パルバーは引退へ MMAPLANET 2010年3月9日
- ^ 【PWP】パルバー、68秒でガリーホに一本負け MMAPLANET 2010年8月15日
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- UFC 選手データ
- PRIDE 選手データ - Internet Archive
- SHERDOG 選手データ
- ジェンス・パルヴァーの戦績 by BoxRec
| 前王者 王座新設 |
初代UFC世界ライト級(戴冠当時バンタム級)王者 2001年2月23日 - 2002年3月(返上) |
空位 次タイトル獲得者 ショーン・シャーク |