五味隆典
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 五味 隆典 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 本名 | 五味 隆典 |
| 通称 | 天下無双の火の玉ボーイ |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1978年9月22日(30歳) |
| 出身地 | 神奈川県愛甲郡愛川町 |
| 所属 | SHOOTO GYM K'z FACTORY →木口道場レスリング教室 →久我山ラスカルジム |
| 身長 | 173cm |
| 体重 | 73kg |
| 階級 | ライト級、ウェルター級 |
| スタイル | レスリング ボクシング |
| テーマ曲 | 「ON AND ON」(OZROSAURUS) |
五味 隆典(ごみ たかのり、男性、1978年9月22日 - )は、日本の総合格闘家。神奈川県愛甲郡愛川町出身。久我山ラスカルジム所属。元PRIDEライト級王者。
KO、一本での勝利(本人曰く『スカ勝ち』)にこだわるアグレッシブな試合が持ち味。レスリング仕込みのグラウンド技術、プロボクサー並みのボクシング技術、組んでからも強力な膝蹴り等の武器を持つトータルファイターである。
2006年7月22日に東京都杉並区久我山に自身のジム「久我山ラスカルジム」を開き、以降はこのジム所属扱いとなっている。
目次 |
[編集] 来歴
16歳の時、木口道場レスリング教室に入門。木口宣昭会長のもとレスリングを学び、総合格闘技を始める。
1998年11月、修斗にてプロデビュー、以降連勝を続ける。2001年8月26日にはウェルター級王座決定戦を三島☆ド根性ノ助と行う予定であったが、三島の左脇腹の負傷により試合は中止となった[1]。12月16日には佐藤ルミナに勝利し第5代修斗ウェルター級王座を獲得した。
2002年はレオナルド・サントス、クリス・ブレナンに判定勝ちし、12月14日には前年に中止となった三島戦を迎える。2Rにフックでダウンを奪い、その後タックルにきた三島に打撃を浴びせTKO勝ちを収め、初防衛に成功した。
2003年8月10日にヨアキム・ハンセンに敗れ、デビュー以来の連勝は13でストップ、ウェルター級王座からも陥落した。10月10日、ハワイで開催されたRumble on the Rock 4でBJペンと対戦。何度もバックマウントを取られパンチを浴び、最後はチョークスリーパーで一本負け。
その打撃技術の高さから、当初はK-1参戦が噂されていた五味だったが、総合格闘技の道を選びPRIDE武士道に参戦する。
2004年2月15日のPRIDE 武士道 -其の弐-で初参戦し、シュートボクセ・アカデミーのジャドソン・コスタにマウントパンチでKO勝ち。その後、それまで総合では無敗だったハウフ・グレイシーに試合開始6秒でKO勝ちするなど、海外選手を相手に6連続1ラウンドでのKOまたは一本勝ちを記録し名実ともにPRIDE軽量級のエースとなる。
2005年9月25日に開催されたPRIDEライト級トーナメントに出場。1回戦で川尻達也と対戦し、1ラウンドに裸絞めで一本勝ち。準決勝ではルイス・アゼレードに僅差の判定勝ち。大晦日の決勝戦では、修斗時代の先輩でもある桜井"マッハ"速人と対戦、1ラウンドにパンチラッシュでKO勝利しPRIDE10連勝を飾るとともにトーナメント優勝を果たした。
2006年3月31日、初代PRIDEライト級王者に認定される。しかし王者としての初戦となった2006年4月2日のPRIDE 武士道 -其の拾-で、ZST GP王者のマーカス・アウレリオに肩固めで一本負け(ノンタイトル戦であったため、王座の移動は無し)。8月26日のPRIDE 武士道 -其の十二-では、フランスの新鋭デビッド・バロンに一本勝ちを収める。11月5日のPRIDE 武士道 -其の十三-でアウレリオとの再戦がライト級タイトルマッチとして組まれた。試合は両者共に前に踏み出せずに膠着が続いたものの、判定2-1で勝利。王座の防衛に成功した。その後12月31日のPRIDE 男祭り 2006にて、アウレリオを破った石田光洋と対戦することが決まり、試合前から舌戦を繰り広げていたが、結果は五味の1ラウンドKO勝ち。
2007年2月24日、PRIDE.33で王者として初のアメリカ進出。試合前からジョルジュ・サンピエールらUFC王者と戦いたいとコメントをしていたが、五味の希望は叶わず、ニック・ディアスと対戦。1Rにフックでダウンを奪い優位に立ったが、2Rにフットチョークでタップアウト負けとなった。その後、ディアスの薬物使用(マリファナ)が発覚し、ネバダ州アスレチック・コミッションの決定により4月9日付けで無効試合となった[2]。 3月21日、第13回全日本コンバットレスリング選手権の73kg級で優勝を果たした。その後はPRIDEの消滅もあり、2007年は試合はすることは無かった。12月29日ラスベガスで行われたUFC 79に来場したが、最終的に参戦には至らなかった。
2008年1月31日、新団体「戦極」への参戦が発表された。エースとしての扱いを受け、3月5日の旗揚げ戦・戦極 〜第一陣〜でドゥエイン・ラドウィックと対戦。1Rに左フックでダウンを奪い、出血によるドクターストップでTKO勝ち。続く8月24日の戦極 〜第四陣〜ではDEEPライト級王者ハン・スーファンに判定勝利を収めるも、11月1日の戦極 〜第六陣〜では無名のセルゲイ・ゴリアエフに1-2の判定で敗れ、2年半振りの敗戦を喫した。試合後、同大会で五味への挑戦権を賭けたライト級グランプリの優勝を決めた北岡悟との対戦が2009年1月4日に行われることが決定した。
2008年11月30日、全日本コンバットレスリング・オープン選手権73kg級に出場。決勝で永田克彦と対戦し、ポイント1-0で判定勝ちを収め、優勝を果たした。
2009年1月4日、戦極の乱2009の戦極ライト級チャンピオンシップで北岡悟と対戦し、アキレス腱固めで一本負けを喫し、王座獲得に失敗した。
2009年5月10日、5年9か月ぶりに修斗に参戦。中蔵隆志と対戦し、パウンドでTKO勝ちを収めた。試合後、リング上で「帰ってきたぞ!」と絶叫した。
[編集] スカ勝ち
修斗時代には判定勝利も多かった五味だが、PRIDE武士道では実にKO率8割を誇り、しかもその全てが1Rで決着するというストライカーである。五味自身、KO勝利を「スカ勝ち」と呼び非常にこだわっており、そのことは2004年12月31日のPRIDE 男祭り 2004でのマイクパフォーマンスでの発言「大晦日にね、判定?駄目だよ、KOじゃなきゃ!」などにもはっきりと覗える。
しかし、修斗世界王者時代から「燃え尽き症候群」と呼ばれるほど目標を失ったあとのモチベーションが低下することが指摘されており、事実PRIDE武士道でも並み居る強豪を破り初代王者となった後の試合では明らかな練習不足とモチベーションの低さを露呈し敗北した。
[編集] 戦績
- アマチュア総合格闘技: アマ修斗 4勝1敗
[編集] 総合格闘技
| 総合格闘技 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 36 試合 | (T)KO | 一本 | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 |
| 30 勝 | 11 | 6 | 13 | 0 | 0 | 1 |
| 5 敗 | 0 | 3 | 2 | 0 | ||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
| ○ | 中蔵隆志 | 2R 4:42 TKO(パウンド) | 修斗 "修斗伝承 ROAD TO 20th ANNIVERSARY FINAL" | 2009年5月10日 |
| × | 北岡悟 | 1R 1:41 アキレス腱固め | 戦極の乱2009 【戦極ライト級チャンピオンシップ】 |
2009年1月4日 |
| × | セルゲイ・ゴリアエフ | 5分3R終了 判定1-2 | 戦極 〜第六陣〜 | 2008年11月1日 |
| ○ | ハン・スーファン | 5分3R終了 判定3-0 | 戦極 〜第四陣〜 | 2008年8月24日 |
| ○ | ドゥエイン・ラドウィック | 1R 2:28 TKO(カット) | 戦極 〜第一陣〜 | 2008年3月5日 |
| - | ニック・ディアス | 2R 1:46 無効試合 | PRIDE.33 "THE SECOND COMING" | 2007年2月24日 |
| ○ | 石田光洋 | 1R 1:14 KO(パウンド) | PRIDE 男祭り 2006 -FUMETSU- | 2006年12月31日 |
| ○ | マーカス・アウレリオ | 2R(10分/5分)終了 判定2-1 | PRIDE 武士道 -其の十三- 【PRIDEライト級タイトルマッチ】 |
2006年11月5日 |
| ○ | デビッド・バロン | 1R 7:10 チョークスリーパー | PRIDE 武士道 -其の十二- | 2006年8月26日 |
| × | マーカス・アウレリオ | 1R 4:34 肩固め | PRIDE 武士道 -其の拾- | 2006年4月2日 |
| ○ | 桜井"マッハ"速人 | 1R 3:56 KO(右ストレート) | PRIDE 男祭り 2005 頂-ITADAKI- 【ライト級GP 決勝】 |
2005年12月31日 |
| ○ | ルイス・アゼレード | 2R(10分/5分)終了 判定3-0 | PRIDE 武士道 -其の九- 【ライト級GP 準決勝】 |
2005年9月25日 |
| ○ | 川尻達也 | 1R 7:42 チョークスリーパー | PRIDE 武士道 -其の九- 【ライト級GP 1回戦】 |
2005年9月25日 |
| ○ | ジーン・シウバ | 2R(10分/5分)終了 判定3-0 | PRIDE 武士道 -其の八- | 2005年7月17日 |
| ○ | ルイス・アゼレード | 1R 3:46 KO(右フック) | PRIDE 武士道 -其の七- | 2005年5月22日 |
| ○ | ジェンス・パルヴァー | 1R 6:21 KO(左アッパー) | PRIDE 男祭り 2004 -SADAME- | 2004年12月31日 |
| ○ | チャールズ・"クレイジー・ホース"・ベネット | 1R 5:52 CWアームロック | PRIDE 武士道 -其の伍- | 2004年10月14日 |
| ○ | ファビオ・メロ | 1R 8:07 TKO(パウンド) | PRIDE 武士道 -其の四- | 2004年7月19日 |
| ○ | ハウフ・グレイシー | 1R 0:06 TKO(膝蹴り) | PRIDE 武士道 -其の参- | 2004年5月23日 |
| ○ | ジャドソン・コスタ | 1R 4:55 TKO(パウンド) | PRIDE 武士道 -其の弐- | 2004年2月15日 |
| × | BJペン | 3R 2:35 チョークスリーパー | Rumble on the Rock 4 | 2003年10月10日 |
| × | ヨアキム・ハンセン | 5分3R終了 判定0-2 | 修斗 【世界ウェルター級チャンピオンシップ】 |
2003年8月10日 |
| ○ | ニック・アートル | 1R 4:59 腕ひしぎ十字固め | 修斗 | 2003年2月23日 |
| ○ | 三島☆ド根性ノ助 | 2R 0:52 TKO(パンチ連打) | 修斗 【世界ウェルター級チャンピオンシップ】 |
2002年12月14日 |
| ○ | クリス・ブレナン | 5分3R終了 判定3-0 | 修斗 | 2002年9月16日 |
| ○ | レオナルド・サントス | 5分3R終了 判定2-0 | 修斗 | 2002年6月29日 |
| ○ | 佐藤ルミナ | 5分3R終了 判定3-0 | 修斗 SHOOTO TO THE TOP -THE FINAL ACT- 【世界ウェルター級王座決定戦】 |
2001年12月16日 |
| ○ | 雷暗暴 | 5分3R終了 判定3-0 | 修斗 R.E.A.D. | 2000年11月12日 |
| ○ | ポール・ロドリゲス | 5分3R終了 判定3-0 | 修斗 R.E.A.D. | 2000年7月16日 |
| ○ | ファンデウソン・パヴァオン | 5分3R終了 判定3-0 | 修斗 R.E.A.D. | 2000年4月2日 |
| ○ | ジョニー・エドゥアウド | 3R 1:43 チョークスリーパー | VALE TUDE JAPAN '99 | 1999年12月11日 |
| ○ | 桑原卓也 | 5分3R終了 判定3-0 | IV 修斗 the Renaxis 1999 | 1999年9月5日 |
| ○ | ステファン・パーリング | 1R 3:06 チョークスリーパー | SuperBrawl 12 | 1999年6月1日 |
| ○ | 桑原卓也 | 5分3R終了 判定3-0 | II 修斗 the Renaxis 1999 | 1999年3月28日 |
| ○ | 高田和道 | 2R 3:42 TKO(パンチ連打) | 修斗 the Renaxis 1999 "Devilock Fighters" | 1999年1月15日 |
| ○ | 鶴屋浩 | 5分2R終了 判定3-0 | 修斗 Las Grandes Viajes 6 | 1998年11月27日 |
[編集] グラップリング
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
| ○ | 宇野薫 | 5分3R終了 判定59-56 | G.C.M The CONTENDERS 6 | 2001年10月8日 |
| ○ | 星野勇二 | 5分2R終了 判定40-37 | G.C.M The CONTENDERS「Millennium-1」 | 2001年6月10日 |
| × | 三宅靖志 | 5分2R終了 判定27-28 | G.C.M.「CONTENDERS II」 | 1999年10月17日 |
[編集] 獲得タイトル
- PRIDE GP 2005 ライト級トーナメント優勝
- 初代PRIDEライト級王座
- 第5代修斗ウェルター級世界王座
- コンバットレスリング 69kg級 3位(1998年)
- コンバットレスリング 69kg級 優勝(2001年)
- コンバットレスリング 74kg級 優勝(2002年)
- コンバットレスリング 74kg級 優勝(2003年)
- コンバットレスリング 73kg級 優勝(2007年)
[編集] 人物
- 本人曰くローキックに耐性があるらしく、対戦した川尻達也などは蹴った川尻自身が足を負傷している。
- THE MAD CAPSULE MARKETSの大ファン。トランクスにロゴを入れ、PRIDE時代の入場曲に「SCARY -Delete streamin' freq. from fear side-」を使用していた。また、矢沢永吉を崇拝している。
- 元総合格闘家の須藤元気とは旧友であり、共に練習をする仲であったため、「一緒にリングを盛り上げよう」と約束していた。
- 終生の敵をBJペンと見定めており、「最終的には金網でBJにリベンジしたい」と語っている。
- 五味はトレーディングカードゲーム「ディメンション・ゼロ」のイメージキャラクターでもあり、本人出演(本人がCM台本を読んだ)のCMもある。そのラジオCMはブロッコリー系の番組(「温子と隼人のアクエリ放送局」など)で聴くことが出来る。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
[編集] 脚注
- ^ 三島負傷欠場、五味とのタイトルマッチ中止に/修斗8.26大阪 BOUTREVIEW 2001年8月15日
- ^ NSAC Changes Diaz Win to No-Decision SHERDOG 2007年4月10日
| 前優勝者 N/A |
PRIDE GP 2005ライト級トーナメント優勝 2005年12月31日 |
次優勝者 N/A |
| 前王者 N/A |
初代PRIDEライト級王者 2006年3月31日 - 現在 |
次王者 N/A |

