クヌート・ハムスン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 文学 |
![]() |
| ポータル |
| 各国の文学 記事総覧 |
| 出版社・文芸雑誌 文学賞 |
| 作家 |
| 詩人・小説家 その他作家 |
クヌート・ハムスン(Knut Hamsun, 1859年8月4日 - 1952年2月19日)は、ノルウェーの作家。1920年にノーベル文学賞を受賞した。
目次 |
[編集] 生涯
クヌート・ハムスンはノルウェーのロムでクヌード・ペーダーシェン (Knud Pedersen) として生まれた。彼はペダル・ペーダーシェンとトラ・オルスダッテル夫妻の4番目の息子であった。彼はノルドランド郡のハマロイで貧困の中成長した。彼は17歳で縄職人の徒弟となり、同じ頃に小説の執筆を始めた。その後数年間をアメリカで、様々な仕事をしながら旅して過ごした。1889年にはその経験に基づく印象を『Fra det moderne Amerikas Aandsliv 』として出版している。1898年にハムスンはベルグリオット・ゴップフェルトと結婚したが、1906年に離婚している。その後1909年にマリー・アンデルセンと結婚し、生涯を共に過ごした。彼女は結婚生活を二編の回想録として残している。ハムスンと出会ったとき、マリーは若くて有望な女優であった。しかし彼女は女優をやめ、ハムスンと共にハマロイへ移り住んだ。彼らは農場を購入し、農業を行いながら小説の収入で生活しようとした。しかしながら数年後に彼らは南のラルヴィクに移り住む。1918年になると、彼らはリルサンドとグリムスターの間のノルホルムに古く多少荒廃した屋敷を購入した。屋敷は修復、再装飾され、ハムスンはここで執筆に没頭することができた。彼はその後もしばしば執筆のための旅行を行った。
クヌート・ハムスンは1952年にノルホルムの自宅で死去した。
[編集] 作品
[編集] 政治的活動
[編集] 外部リンク
- Knut Hamsun Online
- Knut Hamsun and the Cause of Europe
- Biography from the Norwegian Ministry of Foreign Affairs
- Knut Hamsun as nobel prize laureate
- Biography and bibliography
- プロジェクト・グーテンベルクにおける Knut Hamsunの作品
|
|
|---|
|
シュリ・プリュドム (1901) - テオドール・モムゼン (1902) - ビョルンスティエルネ・ビョルンソン (1903) - フレデリック・ミストラル / ホセ・エチェガライ・イ・アイサギレ (1904) - ヘンリク・シェンキェヴィチ (1905) - ジョズエ・カルドゥッチ (1906) - ラドヤード・キップリング (1907) - ルドルフ・クリストフ・オイケン (1908) - セルマ・ラーゲルレーヴ (1909) - パウル・フォン・ハイゼ (1910) - モーリス・メーテルリンク (1911) - ゲアハルト・ハウプトマン (1912) - ラビンドラナート・タゴール (1913) - ロマン・ロラン (1915) - ヴェルネル・フォン・ハイデンスタム (1916) - カール・ギェレルプ / ヘンリク・ポントピダン (1917) - カール・シュピッテラー (1919) - クヌート・ハムスン (1920) - アナトール・フランス (1921) - ハシント・ベナベンテ (1922) - ウィリアム・バトラー・イェイツ (1923) - ヴワディスワフ・レイモント (1924) - ジョージ・バーナード・ショー (1925) |
| 1901年 - 1925年 | 1926年 - 1950年 | 1951年 - 1975年 | 1976年 - 2000年 | 2001年 - 2025年 |


