エジプト航空648便ハイジャック事件
エジプト航空648便ハイジャック事件(EgyptAir Flight 648)とは、中東の国際的テロリストによるハイジャック事件である。特殊部隊による強行突入策が裏目にでてしまい、多数の乗客が犠牲になった。
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事件の概略 [編集]
1985年11月23日午後8時05分(現地時間)、ギリシアのアテネからエジプトのカイロに向かっていたエジプト航空648便(ボーイング737、機体記号SU-AYH、乗員乗客103人)が、離陸から10分後に重武装した国際テロ組織「アブ・ニダル」3人(5人または6人との説もある)にハイジャックされ、リビアに向かうよう要求した。ハイジャックの目的は、中東問題に対するエジプト政府の姿勢に抗議するためであった。なお、ハイジャックされた機体は、およそ一ヶ月前に、アキレ・ラウロ号事件のとばっちりでNATO軍基地に強制着陸させられたのと同一の機であった。
乗客に紛れていたエジプト航空の航空保安員が、拳銃で犯人制圧を試みて銃撃戦となったが、射殺された。犯人側も1名が死亡したと見られ、ほかに乗客2人が負傷した。銃弾で旅客機外壁に穴が開いたため、急減圧が発生、巡航高度を10000フィートにしなければならなくなった。
低空飛行を余儀なくされた結果、648便は燃料不足を生じた。648便は、マルタの航空管制官の許可がないまま、誘導灯すら消されたバレッタのルカ空港に緊急着陸した。着陸後、交渉が始まり、負傷者2名と女性の一部13人が解放されたが、マルタ政府は給油を拒み、それ以上の進展は無かった。主犯格のオマル・レザック(en:Omar Rezaq)は、イスラエル人とアメリカ人の乗客を選んで乗降口に連れ出し銃撃、3人を射殺、2人を負傷させた。24日午後、エジプト軍特殊部隊の第777戦闘部隊が、C-130輸送機でルカ空港に進出した。
事件発生から25時間後にエジプトの特殊部隊が強行突入し、犯人との銃撃戦の末にハイジャック機を奪還した。機長が犯人の1人を殴り倒すなど、乗員も機内から協力した。だが、この銃撃戦で、乗客57名が死亡、34人が負傷する大惨事となった。犯行グループが投げた手榴弾3発が客室で爆発し、機体にも引火して火災発生、さらに突入用煙幕で視界が悪いなかでの銃撃戦となったことなどから人質の犠牲が増えた。犯人グループの3人のうち2人は死亡したが、主犯格のレザックは重傷で発見された。機体は数時間にわたって燃え続け、全損となった。
その後の経緯 [編集]
レザックはマルタでの裁判で懲役25年の判決を言い渡されたが、服役7年後にして恩赦(この恩赦の背景には、当時、アブ・ニダルを支援していたリビア政府による圧力があったと言う説もある)が行われ釈放された。しかし、アメリカ連邦捜査局(FBI)は、国際刑事警察機構(ICPO)の協力を得てレザックをナイジェリアで拘束した。現在、レザックはアメリカで終身刑に服している。
参考文献 [編集]
- 土井寛 『世界の救出作戦』 朝日ソノラマ〈新戦史シリーズ〉、1995年。