アースデイ

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アースデイ(別名:地球の日、英:Earth Day)は、地球環境について考える日として提案された概念である。現在は2種類のアースデイが存在している。

[編集] 国際連合のアースデイ

最初にアースデイの概念が提起されたのは1969年、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)における環境関連の会議である。長年社会運動に取り組んできたジョン・マッコネルが提案したこの概念を最初に採用したのはサンフランシスコ市で、同市の市長であったジョセフ・アリオトは翌年の3月21日(北半球における春分の日)に世界初のアースデイを宣言した。また当時の国連事務総長であったウ・タントもこの提案を支持し、1971年の2月26日、ウ・タントは国連事務総長としてアースデイ宣言書に署名した。ウ・タントはこの年に同職を退いたが、後任のクルト・ヴァルトハイムも3月21日をアースデイとする方針を継承した為、現在に至るまで3月21日は国連によるアースデイとして続いている。

毎年、この日には国連本部にある「日本の平和の鐘」が鳴らされている。

[編集] 4月22日のアースデイ

デニス・ヘイズ
デニス・ヘイズ

ウィスコンシン州選出のアメリカ合衆国上院議員であったゲイロード・ネルソンは、1970年4月22日に環境問題についての討論集会を開催することを呼びかけた。この呼びかけに呼応した人間の数は2000万人以上であったとも言われている。

この時、ネルソンがアメリカ合衆国内の活動の統括役として選び出したのが、当時スタンフォード大学大学院生であったデニス・ヘイズである。ヘイズはガレット・デュベルを編集者として討論集会の為のハンドアウトを作成するなど、ネルソンの構想に協力して集会を成功に導いた。ヘイズはこれをきっかけとして大学を去り、アースデイの定着に力を注いだ。

その後、4月22日のアースデイ集会という運動形態は、全世界へ広まっていった。またアメリカでは、この行動によって、環境問題に対して人々の関心が払われるようになり、環境保護庁の設置や各種環境保護法が整備された。

日本においては、1990年から、各種イベント(コンサートなど)が開催されるようになった。

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