ウ・タント
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ウ・タント
U Thant |
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ウ・タント(1968年) |
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| 任期 1961年11月30日 – 1971年12月31日 |
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| 前任者 | ダグ・ハマーショルド |
| 後任者 | クルト・ヴァルトハイム |
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| 出生 | 1909年1月22日 |
| 死亡 | 1974年11月25日(65歳) |
| 国籍 | ビルマ人 |
| 配偶者 | Thein Tin |
| 信仰 | 上座部仏教 |
ウ・タント(U Thant、1909年1月22日 - 1974年11月25日)は、第3代国際連合事務総長(任期1961年 - 1971年)、教育者。
なお「ウ」は男性に対する敬称であり、彼の正しい名前は「タント」である。
目次 |
生い立ちと教育 [編集]
イギリス領インド帝国ビルマ(現・ミャンマー) のパンタナウ出身。パンタナウのNational High School(高校)で学ぶ。ヤンゴン大学(ラングーン;現ヤンゴン)で歴史学を専攻。卒業後、パンタナウの高校で教鞭をとる。25歳の若さで校長に就任。のちの首相ウー・ヌと親交を持つ。
'Thilawa'というペンネームで、フリー・ジャーナリストを経験、新聞・雑誌への寄稿、数冊の翻訳本を手がける。
官僚 [編集]
1947年、ビルマ政府によりPress Directorに任命される。1948年、ウー・ヌが独立後初の大統領に就任すると、ウ・タントをラングーンでの放送大臣(Director of Broadcasting)に任命される。
1949年、情報相書記官に着任する。1957年から1961年までは、国連総会会期中におけるビルマ政府代表を率いた。
国際連合 [編集]
1961年11月3日、安全保障理事会の決議168の勧告により、総会において満場一致で国連事務総長代理に任命された。これは、任期途中に飛行機事故で死亡したダグ・ハマーショルドの残任期を埋めるためのものであった。1962年11月30日に、正式に国連事務総長に満場一致で任命された。1966年12月2日、国連総会において再任される。1971年12月31日に任期を終えた。以後、政治からは引退した。
死去 [編集]
1974年にアメリカ合衆国・ニューヨークで癌により死去した。彼はビルマ(当時)の軍事政権に嫌われていたが、遺体はヤンゴンのパゴダに葬られた。なお、国連本部の向かいにあるベルモント島は、非公式にタント島と呼ばれている。
関連項目 [編集]
| 外交職 | ||
|---|---|---|
| 先代: ダグ・ハマーショルド |
第3代:1961 - 1971 |
次代: クルト・ヴァルトハイム |
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