月以外の地球の衛星

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恒久的に存在する地球の衛星は、が唯一である。

月以外の地球の衛星(つきいがいのちきゅうのえいせい)では、地球を中心に公転する以外の自然衛星について述べる。

過去に様々な「第2の月」の存在が提唱されたが、全て反証され否定された。2014年2月現在、地球に存在する自然衛星は月のみである。また、一時的に地球の周回軌道に入ったことのある天然の天体で、2014年2月までに実際に観測されたのは 2006 RH120 の1例のみである。

一時的な衛星[編集]

2006 RH120の地球周回時の軌道。

一時的にせよ地球の周回軌道に入った自然物、すなわち一時的にであるが地球の自然衛星となった物体の観測例は過去に1例だけ存在する。それは、直径3mから6mの小惑星 2006 RH120 のものである。

2006 RH120アテン群に属する地球近傍小惑星の1つである。その太陽公転軌道の要素は地球のそれと酷似し、その結果公転運動中に低い相対速度で地球へと接近することとなる。その際にしばしば地球の重力に捕らわれ、地球周辺を数周するのである。2014年現在において観測・記録されているのは、2006年11月から2007年9月までの間に地球に接近した際のもので、このとき 2006 RH120 は地球の周辺を3周している。次回は2028年に接近し、再び一時的な地球の衛星となる可能性がある[1]

J002E3の地球周回時の軌道のアニメーション。

なお、一時的な地球の衛星となった天体として 、2006 RH120 以外には J002E36Q0B44E の2つが発見されているが、J002E3 は後の観測で天然の天体ではなく人工物であることが確認されており、6Q0B44E も人工物である可能性が非常に高いとされている[2][3]

シミュレーションによれば、2006 RH120 のような地球の一時的な衛星は、常時50個ほど存在するとされている。しかし、それらは直径が50cmと、2006 RH120 のさらに10分の1程度の微小なサイズと想定されているため、存在するとしても実際の観測は難しく、2013年時点においてそのような天体は 2006 RH120 以外未発見である[4]

衛星のように見えるもの[編集]

準衛星[編集]

2002 AA29と地球の軌道。2002 AA29は地球から見ると地球の周辺を公転して見えるが、あくまで見かけ上の話であり、実際には地球と同じく太陽の周りを周回している。

一部の離心率が大きい地球近傍天体は、近日点付近で地球を追い越し、遠日点付近で地球に追い抜かれる軌道を持つ。これを地球から見ると、まるで地球の周りを公転する衛星のように見える。ただし、これはあくまで見かけ上の話であり、実際にはこの天体は地球と同じような軌道で太陽の周りを公転しているに過ぎない。このような天体は準衛星と呼ばれる。準衛星の力学的中心はあくまで太陽であるので、衛星と名は付くが、真の衛星とは異なる[5]

地球はクルースンイジュドゥバルYORP(66063) 1998 RO1(85770) 1998 UP1(85990) 1999 JV6(164207) 2004 GU9(277810) 2006 FV352001 GO22002 AA292003 YN1072006 JY262010 SO162012 FC712013 BS45 を準衛星として持っている[6][7]。また、(66063) 1998 RO1 は自身のほぼ半分の大きさの衛星 S/2001 (66063) 1 を持つ[8]

トロヤ群[編集]

地球から見た2010 TK7の2011年の位置。位置はループを描くように回転している。

地球と太陽のラグランジュ点のL4に存在する小惑星 2010 TK7 は、発見されている唯一の地球のトロヤ群小惑星である。L4とL5のラグランジュ点は基本的に安定であるが、実際には他の惑星の重力の影響でラグランジュ点を中心にふらふらと移動する。そのため、この点に存在するトロヤ群小惑星は、地球から見るとループを描くように回転して見える。なお、準衛星とは異なり見かけ上の位置は地球の周りを公転しない[9]

地球と月のラグランジュ点コーディレフスキー雲はL4とL5に存在する可能性がある。

なお地球と月のラグランジュ点のうち、L4とL5にはコーディレフスキー雲という塵の雲があり、月と一緒に公転しているという説がある。仮に存在すれば2010 TK7とは異なり、真に地球を公転している衛星と言える。しかし、コーディレフスキー雲が存在するという証拠は現在なく、仮に存在しても明確な固体の表面を持つ天体ではない[10]

学説上の衛星[編集]

月の誕生を説明する説で最も有力視されているジャイアント・インパクト説によれば、原始地球と火星サイズの原始惑星テイアの衝突で生じた破片が集まって月になったとされているが、2011年にカリフォルニア大学サンタクルーズ校エリック・アスフォーグ (Erik Asphaug) とマーティン・ジャッツィ (Martin Jutzi) は、この時誕生した月は1つではなく、一方が他方の3倍の大きさを持つ2つの月が同時に誕生し、互いに地球を挟んで反対側に位置していたと主張した。この2つの衛星は、誕生から8000万年間は互いに軌道を共有しながら安定して公転していたが、やがて地球の重力によって衛星の軌道が遠ざかり、太陽の重力の影響で衛星軌道が不安定になると、小さな衛星が大きな衛星に引き寄せられて、2km/sという低速で衝突したとされている。この2つの衛星が衝突し現在の月の大きさになっただけでなく、低速度の衝突によって2つの衛星が融合した結果、現在のような月の表と裏の非対称性が生じたと説明している[11]

ただしこの説では、月の裏側アルミニウムが豊富に存在する理由を説明できない。また、2012年の産業技術総合研究所の研究によれば、月の表側の模様は、直径300kmという巨大な小惑星の衝突によって生じたという説を提唱している[12]

存在しなかった衛星[編集]

プチの主張[編集]

1846年に、フランストゥールーズ天文台の天文学者フレデリック・プチ (Frédéric Petit) は、複数の流星の軌道を研究した結果、地球を楕円軌道で周回している流星を発見したと主張した。プチの計算によれば、この流星は近地点高度11.4km、遠地点高度3570kmの軌道を2時間44分の公転周期で公転しているとされる。この衛星をクラインヒェン (Kleinchen) と呼ぶ者もいる。これはドイツ語で「小さな欠片」を意味する。しかし、クラインヒェンの軌道要素の決定に不確実さがあることから、この主張はすぐに却下された[10]。また、仮にクラインヒェンが存在すれば、近地点は対流圏成層圏の間に相当する高度であり、大気圏のかなり下層に位置することになる。US19720810[13]の例があるように、大気圏に一旦突入した後地球の地表に落下せずに大気圏外に離脱する天体は存在するが、これらは衛星ではなく太陽を力学的中心に置く天体という意味で根本的に異なる。

1861年には、月の摂動から別の衛星の存在を予言したが、この主張も実際の天体を発見することはできなかった[10]

ヴァルテマットの主張[編集]

1898年に、ドイツハンブルクの天文学者ゲオルク・ヴァルテマット (Georg Waltemath) は、月の摂動から第2衛星の存在を仮定し、衛星の日面通過を予測した。第2衛星は、公転半径103万km、公転周期119日、会合周期177日で、直径は700kmあるとした。そして1898年2月に、予測通り衛星の日面通過を観測したと主張し、さらに直径746kmの第3衛星の存在を予言した[10]

しかし実際には、観測された日面通過とみられた現象は実際には黒点であった。また、それぞれ700km以上もあるならば、後世の観測により簡単に発見できるはずだが、直接観測が全くないことから、後に衛星の存在は否定されている[10]

1918年、占星術師セファリアル (Sepharial) は、ヴァルテマットの衛星は実在するが、真っ黒だから観測できないと説明し、この衛星をリリス (Lilith) と名付けた[10]。また、真っ黒という性質からダーク・ムーン (Dark moon) と呼ぶ者もいる。

その他の主張[編集]

  • 1926年、科学誌 Die Sterne は、地球の第2衛星を観測したと主張したドイツの天文学者 W. Spill の観測結果を掲載した。
  • 1960年代後半、John Bargby は地球に10個の小さな自然衛星があると主張したが、これは確認されなかった[10]

脚注[編集]

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関連項目[編集]