いわさきコーポレーション

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いわさきコーポレーション株式会社
Iwasaki Corporation
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
郵便番号:890-0064
鹿児島県鹿児島市鴨池新町12番12号
第2岩崎ビル
設立 1943年4月17日
業種 不動産業
代表者 岩崎芳太郎
資本金 8,000万円
従業員数 168名
主要株主 岩崎産業(487万2,000株)
岩崎福三(264万1,000株)
岩崎育英奨学会(221万8,000株)
主要子会社 鹿児島交通いわさきバスネットワーク
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いわさきコーポレーションは、鹿児島県鹿児島市鴨池新町に本社を置く、いわさきグループバス船舶部門の持株会社中間持株会社)である。

概要[編集]

なお、ここでは前身となる三州自動車鹿児島交通に関連する事項についても記載する。

  • 1943年昭和18年)4月:鹿児島県曽於郡末吉町に三州自動車を設立する。
  • 1943年(昭和18年)10月:屋久島バス(後の屋久島交通)を設立する(2001年にいわさきコーポレーションに合併済み)。
  • 1950年(昭和25年)7月:奄美陸運(後の奄美交通)を設立する。
  • 1952年(昭和27年)8月:種子島交通を設立する(2001年にいわさきコーポレーションに合併済み)
  • 1952年(昭和27年)10月:種子島交通が種子島自動車商会を合併する。
  • 1953年(昭和28年)3月:本社を曽於郡末吉町から鹿児島市山下町171番地に移転する。
  • 1955年(昭和30年)4月:佐多岬観光開発事業を開始する。
  • 1963年(昭和38年)8月佐多岬ロードパークの営業を開始する。
  • 1964年(昭和39年)9月:鹿児島交通へ会社名を変更し、南薩鉄道を合併する。
  • 1965年(昭和40年)9月:本社を鹿児島市山下町9番5号に変更する。
  • 1966年(昭和41年)4月:佐多観光を設立する。
  • 1984年(昭和59年)3月鹿児島交通枕崎線の全線(伊集院駅 - 枕崎駅)を廃止し、鉄道部門を廃止する。
  • 2001年平成13年)4月:鹿児島商船、種子島交通、屋久島交通、鹿児島空港リムジンを合併し、いわさきコーポレーションに商号を変更する。
  • 2004年(平成16年)1月:鹿児島交通、鹿児島商船、南九州バスネットワーク、大隅交通ネットワーク、三州自動車株式会社設立、種子島・屋久島交通を設立する。
  • 2005年(平成17年)2月:林田バスの全株式を取得する。
  • 2005年(平成17年)3月:奄美交通を奄美岩崎産業に変更し、新たに奄美交通を設立する。
  • 2007年(平成19年)1月:林田バスの全株式を売却する。
  • 2007年(平成19年)12月:南九州バスネットワークをいわさきバスネットワークへ商号変更する。
  • 2008年(平成20年)2月:林田バスの事業がいわさきバスネットワークへ譲渡される。
  • 2011年(平成23年)12月:大隅交通ネットワークのバス事業が三州自動車へ譲渡される。
  • 2011年(平成23年)12月:大隅交通ネットワークを垂水フェリーへ商号変更する。
  • 2012年(平成24年)4月:4月1日付で、傘下の鹿児島商船が運航していた高速船「トッピー」事業を、ライバルでもある市丸グループコスモラインが運航する高速船「ロケット」事業と統合し、新設された合弁会社種子屋久高速船株式会社」に移管[1][2]

いわさきグループ[編集]

バス事業者[編集]

船舶事業者[編集]

過去に属していた事業者[編集]

脚注・出典[編集]

  1. ^ << 高速船トッピーH/Pを移転しました >> 鹿児島商船側のホームページにて告知されている種子屋久高速船への運航移管についての情報。
  2. ^ 種子屋久高速船(株)HP開設のご案内 コスモライン社のホームページ上に掲載された種子屋久高速船に関する告知。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]