曽於郡

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令制国一覧 > 西海道 > 大隅国 > 囎唹郡

日本 > 九州地方 > 鹿児島県 > 曽於郡

曽於郡(そおぐん)は、鹿児島県の。713年の大隅国設置時から存在した4郡(他は肝杯郡大隅郡・姶羅郡[1])のひとつである。

人口13,547人、面積100.82km²、人口密度134人/km²。(2014年3月1日、推計人口

以下の1町を含む。

713年時点の郡域はおおよそ現在の曽於市霧島市伊佐市姶良郡、江戸時代の郡域はおおよそ現在の曽於市・霧島市東部・鹿屋市輝北町市成、平成の大合併前(2000年ごろ)の郡域は現在の曽於市・志布志市・大崎町・鹿屋市輝北町にあたる。

歴史[編集]

元々は囎唹郡と表記し、大隅国の郡であった。

古代[編集]

郡内の式内社[編集]

神名帳 比定社 集成
社名 読み 付記 社名 所在地 備考
曽於郡 3座(並小)
大穴持神社 大穴持神社 鹿児島県霧島市国分広瀬
宮浦神社 ミヤウラノ 宮浦宮 鹿児島県霧島市福山町福山
韓国宇豆峯神社 カラクニノ- 韓国宇豆峯神社 鹿児島県霧島市国分上井
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近現代[編集]

1887年5月東囎唹郡西囎唹郡に分割された。1897年4月1日郡制施行に伴う郡統廃合の際、西囎唹郡は姶良郡と統合され、東囎唹郡は南諸県郡(旧日向国諸県郡を分割)と統合され囎唹郡となった。

囎唹郡(~1887年)[編集]

  • 1887年4月1日 - 囎唹郡が東囎唹郡と西囎唹郡に分割される[2]

囎唹郡・曽於郡(1896年~)[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 中世までに肝属郡の一部となる。現在の姶良郡とは別。
  2. ^ 明治20年 勅令第7号(鹿兒島縣下分郡ノ件、明治20年4月2日付官報)