「鯨骨生物群集」の版間の差分

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== 構成生物 ==
== 構成生物 ==
鯨骨生物群集を構成する主な生物を挙げる。特に重要な生物は化学合成細菌群で、これは前述の通り生産者として機能する。これら細菌の検出には、[[堆積物]]などを[[ポリメラーゼ連鎖反応|PCR]]にかけて[[デオキシリボ核酸|DNA]]を[[クローニング]]し、[[16S rRNA系統解析]]を行って[[同定]]という手法が用いられる。大型の[[ベントス]]である[[貝類]]などの[[軟体動物]]は、鰓に化学合成細菌を共生させ、エネルギーを得ている。熱水噴出孔と共通の生物も多い。ここでは鯨骨生物群集に特異的な生物のみをとりあげ、通常の海域にも普遍的に出現する甲殻類などは割愛する。
鯨骨生物群集を構成する主な生物を挙げる。特に重要な生物は化学合成細菌群で、これは前述の通り生産者として機能する。これら細菌の検出には、[[堆積物]]などを[[ポリメラーゼ連鎖反応|PCR]]にかけて[[デオキシリボ核酸|DNA]]を[[クローニング]]し、[[16S rRNA系統解析]]を行って[[同定]]という手法が用いられる。大型の[[ベントス]]である[[貝類]]などの[[軟体動物]]は、鰓に化学合成細菌を共生させ、エネルギーを得ている。熱水噴出孔と共通の生物も多い。ここでは鯨骨生物群集に特異的な生物を中心をとりあげ、通常の海域にも普遍的に出現する甲殻類などは割愛する。


=== 真正細菌・古細菌 ===
=== 真正細菌・古細菌 ===
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: [[イガイ科]] ''Bathymodiolus'' 属の[[二枚貝]]。鰓の[[上皮細胞]]に化学合成細菌を共生させ、硫化水素やメタンをエネルギー源として利用している。熱水噴出孔やメタン冷湧水域に生息する。
: [[イガイ科]] ''Bathymodiolus'' 属の[[二枚貝]]。鰓の[[上皮細胞]]に化学合成細菌を共生させ、硫化水素やメタンをエネルギー源として利用している。熱水噴出孔やメタン冷湧水域に生息する。
鯨骨にシンカイヒバリガイがいるという出典は?一旦コメントアウト-->
鯨骨にシンカイヒバリガイがいるという出典は?一旦コメントアウト-->
==== イガイ科 ====
; [[ヒラノマクラ]]
; [[ヒラノマクラ]] {{snamei||Adipicola pacifica}}
: イガイ科の二枚貝、''Adipicola pacifica''。化学合成細菌を共生させてはいるが、細胞内共生ではなく、鰓上皮細胞の外側に保持している<ref name=be06>{{cite journal|和書|author=藤原義弘|coauthors=河戸勝、植松勝之、藤倉克則、山本智子、窪川かおる、山中寿朗、奥谷喬司、NT03-08、NT04-08、NT05-12乗船研究者|title=鹿児島県野間岬沖・鯨骨生物群集調査~地理的ステッピング・ストーンから進化的ステッピング・ストーンへ|journal=ブルーアース'06 講演要旨|year=2006|url=http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/maritec/rsd/blue_earth/yokou/S12.pdf|format=PDF}}</ref>。鯨骨の中でも、特に骨の露出した部分を覆うように密集して付着しており、長い水管と相まって、鯨骨が「細い[[マカロニ]]に覆われたように」見えるという<ref name=venus04>{{cite journal|last=Okutani|first=T.|coauthors=Fujirawa, Y., Fujikura, K., Miyake, H., Kawano, M.|title=A Mass Aggregation of the Mussel ''Adipicola pacifica'' (Bivalvia: Mytilidae) on Submerged Whale Bones(海底に沈下した鯨骨に大量付着するヒラノマクラ)|journal=Venus|volume=63|issue=1-2|pages=61-64|year=2004|naid=110004848855|url=http://ci.nii.ac.jp/naid/110004848855}}</ref>。また足が発達しており、イガイ科としては活発に動き回る貝である<ref name=venus04/>。硫黄酸化細菌に加えて2系統の細菌と共生し、その組成は採集場所や飼育状態によって変化することが知られている<ref name=be06/>。
: 薄く、後方に広がる亜方形殻を持つ[[二枚貝]]<ref>{{cite book|和書|chapter=ヒラノマクラ|author=奥谷喬司|title=潜水調査船が観た深海生物|pages=p.119}}</ref>。化学合成細菌を共生させてはいるが、細胞内共生ではなく、鰓上皮細胞の外側に保持している<ref name=be06>{{cite journal|和書|author=藤原義弘|coauthors=河戸勝、植松勝之、藤倉克則、山本智子、窪川かおる、山中寿朗、奥谷喬司、NT03-08、NT04-08、NT05-12乗船研究者|title=鹿児島県野間岬沖・鯨骨生物群集調査~地理的ステッピング・ストーンから進化的ステッピング・ストーンへ|journal=ブルーアース'06 講演要旨|year=2006|url=http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/maritec/rsd/blue_earth/yokou/S12.pdf|format=PDF}}</ref>。鯨骨の中でも、特に骨の露出した部分を覆うように密集して付着しており、長い水管と相まって、鯨骨が「細い[[マカロニ]]に覆われたように」見えるという<ref name=venus04>{{cite journal|last=Okutani|first=T|coauthors=Fujirawa, Y, Fujikura, K, Miyake, H, Kawano, M|title=A Mass Aggregation of the Mussel ''Adipicola pacifica'' (Bivalvia: Mytilidae) on Submerged Whale Bones(海底に沈下した鯨骨に大量付着するヒラノマクラ)|journal=Venus|volume=63|issue=1-2|pages=61-64|year=2004|naid=110004848855|url=http://ci.nii.ac.jp/naid/110004848855}}</ref>。また足が発達しており、イガイ科としては活発に動き回る貝である<ref name=venus04/>。硫黄酸化細菌に加えて2系統の細菌と共生し、その組成は採集場所や飼育状態によって変化することが知られている<ref name=be06/>。
; [[ホソヒラノマクラ]]
; [[ホソヒラノマクラ]] {{snamei||Adipiloca crypta}}
: イガイ科の二枚貝、''Adipiloca crypta''。シンカイヒバリガイ類と同様、細胞内共生を発達させている。[[分子系統学|分子系統解析]]によれば、シンカイヒバリガイ類の系統の中に位置することが報告されている。ヒラノマクラとは異なり、砂泥中に埋没した[[還元]]的環境の鯨骨を好む。
: 前後に長い、豆の鞘のような形の殻を持つ二枚貝<ref name=hosohirano>{{cite book|和書|chapter=ホソヒラノマクラ|author=奥谷喬司|title=潜水調査船が観た深海生物|pages=p.120}}</ref>。熱水噴出孔やメタン冷湧水域に生息する[[シンカイヒバリガイ]]類と同様、細胞内共生を発達させている<ref name=hibarigai>{{cite book|和書|author=宮崎淳一|coauthors=松本寛人・藤田祐子|chapter=シンカイヒバリガイ類の進化と系統|title=潜水調査船が観た深海生物|pages=p.126-128}}</ref>。[[分子系統学|分子系統解析]]によれば、シンカイヒバリガイ類の系統の中に位置することが報告されている<ref name=hibarigai/>。ヒラノマクラとは異なり、鯨骨の底質近くや、底質に埋もれかけた部位を好む<ref name=hosohirano/>。
; [[アブラキヌタレガイ]]
; [[ゲイコツマユイガイ]] {{snamei||Benthomodilus geikotsucola}}
: [[キヌタレガイ科]]の二枚貝、''Solemya (Petrasma) pervernicosa''。シンカイヒバリガイと同様、鰓上皮細胞内に化学合成細菌(硫黄酸化細菌)を共生させている。還元的環境の砂泥中を好む。水深 250m の鯨骨で確認されている。
: [[小笠原諸島]]近海の鳥島海山に沈む[[ニタリクジラ]]の骨(水深4030[[メートル]]前後)から発見された二枚貝。殻の形態はヒラノマクラなどに似ている<ref>{{cite journal|last=Okutani|first=T|coauthors=Miyazaki, J|title= ''Benthomodiolus geikotsucola'' n. sp. : A Mussel Colonizing Deep-sea Whale Bones in the Northwest Pacific (Bivalvia: Mytilidae)(北西太平洋深海の鯨骨上に群生しているイガイ科の新種ゲイコツマユイガイ)|journal=Venus|volume=66|issue=1-2|pages=49-55|naid=110007087566|issn=13482955|url=http://ci.nii.ac.jp/naid/110007087566}}</ref><ref>{{cite book|和書|chapter=ゲイコツマユイガイ|author=奥谷喬司|title=潜水調査船が観た深海生物|pages=p.120}}</ref>。
==== キヌタレガイ科 ====
; [[アブラキヌタレガイ]] {{snamei||Solemya (Petrasma) pervernicosa}}
: 長方形の殻をした二枚貝。殻は膨らんだ形をしており、二枚の殻を合わせるとほぼ円筒形になる<ref name=abura>{{cite book|和書|chapter=アブラキヌタレガイ|author=奥谷喬司|title=潜水調査船が観た深海生物|pages=p.118}}</ref>。キヌタレガイ科の貝類はシンカイヒバリガイと同様、鰓上皮細胞内に化学合成細菌(硫黄酸化細菌)を共生させている<ref name=kinu>{{cite journal|和書|author=松本寛人|coauthors=藤田祐子、藤原 義弘、
宮崎淳一|title=キヌタレガイ類の系統|journal=ブルーアース'07 講演要旨|year=2007|url=http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/maritec/rvod/blue_earth/2007/yokou/PS29.PDF|format=PDF}}</ref>。還元的環境の砂泥中を好む<ref name=kinu/>。水深100から1500メートルの泥底から採集されていたが、水深250mの鯨骨で確認された<ref name=abura/>。


=== その他の生物 ===
=== 環形動物 ===
; [[ホネクイハナムシ]]
; [[ホネクイハナムシ]] {{snamei||Osedax japonicus}}
: [[2006年]]に記載された[[環形動物]][[多毛類]]、''Osedax japonicus''<ref>{{cite journal | author = Fujikura K, Fujiwara Y, Kawato M | title = A new species of Osedax (Annelida: Siboglinidae) associated with whale carcasses off Kyushu, Japan | journal = Zool Sci | year = 2006 | volume = 23 | issue = | pages = 733-40}}</ref>。''Osedax'' 属の多毛類は全て鯨骨から見つかっており、鯨骨のみを住処とすることからこの仲間はゾンビワームとも呼ばれる。系統的には熱水噴出孔に群生する[[ハオリムシ]]に近く、同じ Siboglinidae 科に属する。冠部、胴体、根状器官の3部構成の体制を持ち、根状器官を鯨骨に進入させて固着し生活する。この根状器官には細菌が共生しているが、貝類が硫黄細菌などを共生させているのとは異なり、鯨骨に含まれる脂質を直接利用する細菌を保持している。冠部は4本の鰓を持ち、赤い[[血液]]が透けて見える。胴部には[[輸卵管]]が発達するが[[消化器|消化器官]]は無い。胴部の周りには棲管があり、さらに外側には粘液質のマトリックスがある。この粘液には[[卵]]や[[幼生]]が含まれる。[[2007年]]現在、''O. japonicus'' で確認れてる個体は全て[[メス (動物)|メス]]であり、[[オス]]は発見されてい。ホネクイハナムシ類は本種を含めて4種報告されている。
: [[2006年]]に記載された[[環形動物]][[多毛類]]<ref>{{cite journal | author = Fujikura K, Fujiwara Y, Kawato M | title = A new species of ''Osedax'' (Annelida: Siboglinidae) associated with whale carcasses off Kyushu, Japan | journal = Zool Sci | year = 2006 | volume = 23 | issue = | pages = 733-40|doi=10.2108/zsj.23.733|naid=110006151757|issn=02890003}}</ref>。''Osedax'' 属の多毛類は全て鯨骨から見つかっており、鯨骨のみを住処とすることからこの仲間はゾンビワームとも呼ばれる。系統的には熱水噴出孔に群生する[[ハオリムシ]]に近く、同じシボグリヌム科に属する<ref>{{cite book|和書|chapter=ハオリムシ類の進化と系統|author=小島茂明|title=潜水調査船が観た深海生物|pages=p.158-159}}</ref>[[メス (動物)|雌]]は冠部、胴体、根状栄養体部の3部構成の体制を持ち、根状栄養体部を鯨骨や鯨死骸肉に進入させて固着し生活する<ref name=honekui>{{cite book|和書|author=藤倉克則|coauthors=三浦知之|chapter=ホネクイハナムシ|title=潜水調査船が観た深海生物|pages=p.157}}</ref>。この部分には細菌が共生しているが、貝類が硫黄細菌などを共生させているのとは異なり、鯨骨に含まれる脂質を直接利用する細菌を保持している<ref>{{cite journal|和書|author=河戸勝|coauthors=藤倉克則、植松勝之、野田智佳代、藤原義弘|title=ホネクイハナムシ類における生物地理と共生システム|journal=ブルーアース'07 講演要旨|year=2007|url=http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/maritec/rvod/blue_earth/2007/yokou/PS26.PDF|format=PDF}}</ref>。冠部は4本の鰓を持ち、赤い[[血液]]が透けて見える<ref>{{cite journal|和書|author=藤倉克則|coauthors=河戸勝、藤原義弘|title=ホネクイハナムシとは?|journal=ブルーアース'07 講演要旨|year=2007|url=http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/maritec/rvod/blue_earth/2007/yokou/PS27.PDF|format=PDF}}</ref>。胴部には[[輸卵管]]が発達するが[[消化器|消化器官]]は無い<ref name=honekui/>。胴部の周りには棲管があり、さらに外側には粘液質のマトリックスがある<ref name=honekui/>。この粘液には[[卵]]や[[幼生]]が含まれる<ref name=honekui/>。[[オス|雄]]は非常に小さい[[矮雄]]で、[[トロコフォア幼生]]のよう形態を持つ<ref name=honekui/>。ホネクイハナムシ類他に[[アカホネクイハナムシ]]''O. rubiplumus''や[[タテジマホネクイハナムシ]]''O. frankpressi''など知られている<ref name=honekui/>
; [[ゲイコツナメクジウオ]]
: [[脊索動物]]である[[ナメクジウオ]]の一種、''Asymmetron inferum''。ナメクジウオ類では最深となる深度 230m 地点で発見された。また、他のナメクジウオ類は清浄な暖かい浅海を好むが、本種のみが深海の還元的環境に生息する。ナメクジウオの中では最も古い時代に分岐した種であると考えられている。
; [[コトクラゲ]]
: [[有櫛動物]](クシクラゲ)の一種、''Lyrocteis imperatoris''。[[学名|種小名]]の「imperatoris」はクラゲ類の研究者であった[[昭和天皇]]に[[献名]]されたもの。鯨骨生物群集のみに見られる生物ではないが希少種であり、鯨骨や岩石などに付着する固着性のクラゲである。水流の発生や餌の接触に合わせて[[触手]]を伸ばし、甲殻類などを捕食する。
;[[腐食性]]の[[多毛類]]
;[[腐食性]]の[[多毛類]]
:[[スウェーデン]]と[[カリフォルニア州]]沖で遠隔操作の潜水調査船によって発見された新種の生物。体長は2㎝ほどで、クジラの骨を食すバクテリアを捕食する。そのため、[[サメ]]や[[ヌタウナギ]]などの[[ネクトン]]が死肉を食いつくしたenrichment opportunist stageに出現する。
:[[スウェーデン]]と[[カリフォルニア州]]沖で遠隔操作の潜水調査船によって発見された新種の生物。体長は2㎝ほどで、クジラの骨を食すバクテリアを捕食する。そのため、[[サメ]]や[[ヌタウナギ]]などの[[ネクトン]]が死肉を食いつくしたenrichment opportunist stageに出現する。

=== その他の動物 ===
; [[ゲイコツナメクジウオ]] {{snamei||Asymmetron inferum}}
: [[脊索動物]]である[[ナメクジウオ]]の一種。ナメクジウオ類では最深となる深度 230m 地点で、[[マッコウクジラ]]遺骸直下の[[堆積物]]で発見された<ref name=namekuji>{{cite book|和書|chapter=ゲイコツナメクジウオ|author=西川輝明|title=潜水調査船が観た深海生物|pages=p.203}}</ref>。他のナメクジウオ類は清浄な浅海を好むが、本種のみが深海の還元的環境に生息する<ref name=namekuji/>。現生のナメクジウオの中では最も古い時代に分岐した種であると考えられている<ref>{{cite journal|last=Kon|first=T|coauthors=Nohara, M, Yamanoue, Y, Fujiwara, Y, Nishida, M, Nishikawa, T|title=Phylogenetic position of a whale-fall lancelet (Cephalochordata) inferred from whole mitochondrial genome sequences|journal=BMC Evolutionary Biology|year=2007|volume=7|pages=127|doi=10.1186/1471-2148-7-127|url=http://www.biomedcentral.com/1471-2148/7/127}}</ref>。
; [[コトクラゲ]] {{snamei||Lyrocteis imperatoris}}
: [[有櫛動物]](クシクラゲ)の一種。[[学名|種小名]]の「imperatoris」はクラゲ類の研究者であった[[昭和天皇]]に[[献名]]されたもの。鯨骨生物群集のみに見られる生物ではないが、[[鹿児島県]]野間岬沖の鯨遺骸でよく観察される<ref name=namekuji>{{cite book|和書|chapter=コトクラゲ|author=喜多村稔|coauthors=三宅裕志・堀田拓史|title=潜水調査船が観た深海生物|pages=p.98}}</ref>。石などに付着する固着性のクラゲである。水流の発生や餌の接触に合わせて[[触手]]を伸ばし、甲殻類などを捕食する<ref>{{cite journal|和書|author=三宅裕志|coauthors=伊藤寿茂、北田貢、根本卓、足立文、山本智子、藤原義弘、山中寿朗、NT07-09 乗船研究者|title=鹿児島県の野間岬沖に見られるコトクラゲの生態|journal=ブルーアース'08 講演要旨|year=2008|url=http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/maritec/rvod/blue_earth/2008/program/pdf/PS79.pdf|format=PDF}}</ref>。



=== 遷移 ===
=== 遷移 ===
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<references />
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* {{cite book|和書|author=藤倉克則・奥谷喬司・丸山正編著|title=潜水調査船が観た深海生物 深海生物研究の現在|publisher=東海大学出版会|year=2008|isbn=9784486017875}}
* 『鹿児島県野間岬沖・鯨骨生物群集調査~地理的ステッピング・ストーンから進化的ステッピング・ストーンへ』 [http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/maritec/rsd/blue_earth/yokou/S12.pdf PDF available]
* 『鹿児島県野間岬沖・鯨骨生物群集調査~地理的ステッピング・ストーンから進化的ステッピング・ストーンへ』 [http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/maritec/rsd/blue_earth/yokou/S12.pdf PDF available]
* 『鯨骨生物群集5 年間の遷移 -死後の鯨が深海底において果たす役割-』 [http://w3.jamstec.go.jp/jamstec-j/maritec/rvod/blue_earth/2008/program/pdf/S20.pdf PDF available]
* 『鯨骨生物群集5 年間の遷移 -死後の鯨が深海底において果たす役割-』 [http://w3.jamstec.go.jp/jamstec-j/maritec/rvod/blue_earth/2008/program/pdf/S20.pdf PDF available]
* 『鯨骨域における微生物多様性の変遷』 [http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/maritec/rvod/blue_earth/2007/yokou/PS19.PDF PDF available]
* 『鯨骨域における微生物多様性の変遷』 [http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/maritec/rvod/blue_earth/2007/yokou/PS19.PDF PDF available]
* 『ホネクイハナムシとは?』 [http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/maritec/rvod/blue_earth/2007/yokou/PS27.PDF PDF available]
* 『ホネクイハナムシ類における生物地理と共生システム』 [http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/maritec/rvod/blue_earth/2007/yokou/PS26.PDF PDF available]
* 『鹿児島県の野間岬沖に見られるコトクラゲの生態』 [http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/maritec/rvod/blue_earth/2008/program/pdf/PS79.pdf PDF available]
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2010年12月13日 (月) 09:25時点における版

鯨骨生物群集(げいこつせいぶつぐんしゅう、(fauna of) whale falls)とは、深海において沈降したクジラの死骸を中心に形成される生物群集のことである。熱水噴出孔と同様、隔離された環境の特殊な生態系として注目されている。

特徴

打ち上げられたクジラの死骸。脂肪組織の分解に伴う臭気が強い。

クジラのような大型の海洋性哺乳類脂肪組織を多く含む。脂肪の分解過程でメタン硫化水素といった化学合成の基質となる多くの物質が生成するため、これらの生物の死骸が沈降した場合、周辺には化学合成細菌生産者とした独自の生態系が形成される。また脂肪組織のみならず、鯨骨を拠り所として生活する生物も数多く報告されている。

鯨骨生物群集は広大な深海に点在する生物群集であり、構成する生物は隔離分布の様式をとる。群集のエネルギー源となるものは、クジラの他には有光層から供給されるマリンスノーのような有機物粒子に限定される。また、遊泳能力のあるイカなどのネクトンや移動能力の高い大型の甲殻類カニなど)の往来はあるが、群集を構成する生物の多くは移動能力が低いか、あるいは固着性で移動しない。従って鯨骨生物群集は閉鎖系に近い生態系であるとされる。

歴史

最初に鯨骨生物群集が発見されたのは1987年、場所はカリフォルニア州サンタカタリナ湾沖のサンタカタリナ海盆の水深 1240m 地点であった[1]。発見したのはウッズホール海洋研究所が運用する深海探査艇アルビン号である。日本近海では1992年海洋研究開発機構しんかい6500により、小笠原諸島沖の鳥島海山からニタリクジラのものが見つかっている。

これら天然の鯨骨の他、人為的にクジラの遺骸を沈めた調査も行われている。例えば2002年鹿児島県大浦町の海岸に多数のマッコウクジラ座礁したが、座礁して死亡した個体のうち12個体が薩摩半島の野間岬沖に運ばれ、海洋投入された。また、2005年静岡県熱海市の海岸にもマッコウクジラの遺骸が漂着し、相模湾初島北東の沖合いに沈められた。このようにして人工的に開始された鯨骨生物群集は天然のものとは異なり、位置と開始時期(遺骸が投入された時期)が明確であることから、群集の推移を研究する上で重要な調査対象となっている。

構成生物

鯨骨生物群集を構成する主な生物を挙げる。特に重要な生物は化学合成細菌群で、これは前述の通り生産者として機能する。これら細菌の検出には、堆積物などをPCRにかけてDNAクローニングし、16S rRNA系統解析を行って同定という手法が用いられる。大型のベントスである貝類などの軟体動物は、鰓に化学合成細菌を共生させ、エネルギーを得ている。熱水噴出孔と共通の生物も多い。ここでは鯨骨生物群集に特異的な生物を中心をとりあげ、通常の海域にも普遍的に出現する甲殻類などは割愛する。

真正細菌・古細菌

真正細菌
鯨骨生物群集およびその周辺からは、アルファ、ガンマおよびデルタプロテオバクテリア(Proteobacteria)の存在が報告されている。このうちガンマプロテオバクテリアは硫黄酸化細菌、同じくデルタは硫酸還元細菌である。これらの化学合成細菌は堆積物中以外にも、後述する軟体動物の共生細菌としても存在する。
古細菌
いわゆるメタン菌であるメタノコッカス科Methanococcaceae)の古細菌が報告されている。他にも、所属不明ながらクレンアーキオータ門に属すると考えられるものが検出されている。

軟体動物

イガイ科

ヒラノマクラ Adipicola pacifica
薄く、後方に広がる亜方形の殻を持つ二枚貝[2]。化学合成細菌を共生させてはいるが、細胞内共生ではなく、鰓上皮細胞の外側に保持している[3]。鯨骨の中でも、特に骨の露出した部分を覆うように密集して付着しており、長い水管と相まって、鯨骨が「細いマカロニに覆われたように」見えるという[4]。また足が発達しており、イガイ科としては活発に動き回る貝である[4]。硫黄酸化細菌に加えて2系統の細菌と共生し、その組成は採集場所や飼育状態によって変化することが知られている[3]
ホソヒラノマクラ Adipiloca crypta
前後に長い、豆の鞘のような形の殻を持つ二枚貝[5]。熱水噴出孔やメタン冷湧水域に生息するシンカイヒバリガイ類と同様、細胞内共生を発達させている[6]分子系統解析によれば、シンカイヒバリガイ類の系統の中に位置することが報告されている[6]。ヒラノマクラとは異なり、鯨骨の底質近くや、底質に埋もれかけた部位を好む[5]
ゲイコツマユイガイ Benthomodilus geikotsucola
小笠原諸島近海の鳥島海山に沈むニタリクジラの骨(水深4030メートル前後)から発見された二枚貝。殻の形態はヒラノマクラなどに似ている[7][8]

キヌタレガイ科

アブラキヌタレガイ Solemya (Petrasma) pervernicosa
長方形の殻をした二枚貝。殻は膨らんだ形をしており、二枚の殻を合わせるとほぼ円筒形になる[9]。キヌタレガイ科の貝類はシンカイヒバリガイと同様、鰓上皮細胞内に化学合成細菌(硫黄酸化細菌)を共生させている[10]。還元的環境の砂泥中を好む[10]。水深100から1500メートルの泥底から採集されていたが、水深250mの鯨骨で確認された[9]

環形動物

ホネクイハナムシ Osedax japonicus
2006年に記載された環形動物多毛類[11]Osedax 属の多毛類は全て鯨骨から見つかっており、鯨骨のみを住処とすることからこの仲間はゾンビワームとも呼ばれる。系統的には熱水噴出孔に群生するハオリムシに近く、同じシボグリヌム科に属する[12]は冠部、胴体、樹根状栄養体部の3部構成の体制を持ち、樹根状栄養体部を鯨骨や鯨死骸肉に進入させて固着し生活する[13]。この部分には細菌が共生しているが、貝類が硫黄細菌などを共生させているのとは異なり、鯨骨に含まれる脂質を直接利用する細菌を保持している[14]。冠部は4本の鰓を持ち、赤い血液が透けて見える[15]。胴部には輸卵管が発達するが消化器官は無い[13]。胴部の周りには棲管があり、さらに外側には粘液質のマトリックスがある[13]。この粘液には幼生が含まれる[13]は非常に小さい矮雄で、トロコフォア幼生のような形態を持つ[13]。ホネクイハナムシ類には他にアカホネクイハナムシO. rubiplumusタテジマホネクイハナムシO. frankpressiなどが知られている[13]
腐食性多毛類
スウェーデンカリフォルニア州沖で遠隔操作の潜水調査船によって発見された新種の生物。体長は2㎝ほどで、クジラの骨を食すバクテリアを捕食する。そのため、サメヌタウナギなどのネクトンが死肉を食いつくしたenrichment opportunist stageに出現する。

その他の動物

ゲイコツナメクジウオ Asymmetron inferum
脊索動物であるナメクジウオの一種。ナメクジウオ類では最深となる深度 230m 地点で、マッコウクジラ遺骸直下の堆積物で発見された[16]。他のナメクジウオ類は清浄な浅海を好むが、本種のみが深海の還元的環境に生息する[16]。現生のナメクジウオの中では最も古い時代に分岐した種であると考えられている[17]
コトクラゲ Lyrocteis imperatoris
有櫛動物(クシクラゲ)の一種。種小名の「imperatoris」はクラゲ類の研究者であった昭和天皇献名されたもの。鯨骨生物群集のみに見られる生物ではないが、鹿児島県野間岬沖の鯨遺骸でよく観察される[16]。石などに付着する固着性のクラゲである。水流の発生や餌の接触に合わせて触手を伸ばし、甲殻類などを捕食する[18]


遷移

これらの生物は全てが同所的・同時的に出現するわけではなく、生物群集の遷移に従って出現する。これまでにいくつかのステージが定義されている。鯨骨によって遷移の進行に差異があるため、経過時間はおおよその目安である。

経過時間 ステージ 特徴 主な構成生物
0.5ヶ月~2年 mobile-scavenger stage 腐肉食者が死骸の軟組織を速やかに分解する。鯨骨の利用には至らない。 サメヌタウナギなどのネクトン
4ヶ月~2.5年 enrichment opportunist stage 軟組織が完全に消費され、鯨骨やその周辺に高密度の生物群集が形成される。生物種は少ない。 甲殻類や多毛類
1.5年~50年 sulphophilic stage 化学合成細菌を生産者とする、鯨骨生物群集に特徴的な生態系。 化学合成細菌および細菌を共生させた生物
3.5年~ reef stage 特徴的な生態系の終焉。普通の海域に見られる生物が侵入する。 デトリタス

生態的意義

1987年に最初の鯨骨生物群集が発見された際、Smith らはこの群集と熱水噴出孔やメタン冷湧水域に棲む生物との共通性に着目し、これらの分散に寄与しているという仮説を立てた。これが "stepping stone"(飛び石)仮説である。仮説によれば、不定期かつランダムな場所に沈降する鯨骨が、熱水噴出孔などに依存して生きる生物の足がかりとなり、他の海域へ拡散するための拠点として機能するという。

飛び石仮説への反論として、鯨骨と熱水噴出孔に形成されるそれぞれの生物群集に、共通して存在する生物種が少ないことが指摘されている[19]。これまでに熱水噴出孔生物群集で確認された200種余りの生物のうち、クジラ遺骸を含む他の生息環境でも見つかったものは10種程度に過ぎない。逆に、鯨骨生物群集のみに含まれ、他の化学合成生態系では見られない生物も存在する。熱水噴出孔生物群集の分布拡散は、クジラ遺骸の沈降という偶然の事象ではなく、「海洋底拡大説」に関係した現象である可能性も示唆している。

飛び石仮説を否定する別の論拠として、化石の研究に基づく年代的問題がある[20]始新世後期(およそ3900万年前)より以前には、太平洋におけるクジラの存在は示されていない。しかし、冷水および熱水噴出孔生物群集は、少なくとも始新世中期には太平洋北東部で形成されていたとみられている。多様な生物群集を維持するために充分な大きさのクジラが太平洋に出現するのは、中新世後期(およそ1100万年前)以降である。これらの反論に加え、実際に飛び石として機能しているかどうか検証されていないことなどから、飛び石仮説は未だ仮説の域を出ていない。

近年、逆に鯨骨生物群が熱水噴出孔の生物群の起源になったのではないかとの説も出ている。それによると、たとえばイガイ類にはどちらにも化学合成細菌を細胞内共生させているものがあるが、熱水噴出孔のものの方が共生関係の発達が高度であるという。また、クジラ死体の場合、通常の生物が餌とすることが可能な部分が大きい。そこで、この死体を食い尽くす生物群集の発達する過程で、最後に残る骨とそれから出る硫化水素などを元にする生物群集が出現し、これがより硫化水素の多く出る場として熱水噴出孔で発達したのではないかとしている。しかし、これは上記の出現年代の点で問題がある。

鯨骨生物群集が登場する作品

参考文献

  1. ^ Smith CR, Kukert H, Wheatcroft RA, Jumars PA, Deming JW (1989). “Vent fauna on whale remains”. Nature 341: 27-8. 
  2. ^ 奥谷喬司「ヒラノマクラ」『潜水調査船が観た深海生物』、p.119頁。 
  3. ^ a b 藤原義弘、河戸勝、植松勝之、藤倉克則、山本智子、窪川かおる、山中寿朗、奥谷喬司、NT03-08、NT04-08、NT05-12乗船研究者「鹿児島県野間岬沖・鯨骨生物群集調査~地理的ステッピング・ストーンから進化的ステッピング・ストーンへ」(PDF)『ブルーアース'06 講演要旨』2006年。 
  4. ^ a b Okutani, T; Fujirawa, Y, Fujikura, K, Miyake, H, Kawano, M (2004). “A Mass Aggregation of the Mussel Adipicola pacifica (Bivalvia: Mytilidae) on Submerged Whale Bones(海底に沈下した鯨骨に大量付着するヒラノマクラ)”. Venus 63 (1-2): 61-64. NAID 110004848855. http://ci.nii.ac.jp/naid/110004848855. 
  5. ^ a b 奥谷喬司「ホソヒラノマクラ」『潜水調査船が観た深海生物』、p.120頁。 
  6. ^ a b 宮崎淳一、松本寛人・藤田祐子「シンカイヒバリガイ類の進化と系統」『潜水調査船が観た深海生物』、p.126-128頁。 
  7. ^ Okutani, T; Miyazaki, J. Benthomodiolus geikotsucola n. sp. : A Mussel Colonizing Deep-sea Whale Bones in the Northwest Pacific (Bivalvia: Mytilidae)(北西太平洋深海の鯨骨上に群生しているイガイ科の新種ゲイコツマユイガイ)”. Venus 66 (1-2): 49-55. ISSN 13482955. NAID 110007087566. http://ci.nii.ac.jp/naid/110007087566. 
  8. ^ 奥谷喬司「ゲイコツマユイガイ」『潜水調査船が観た深海生物』、p.120頁。 
  9. ^ a b 奥谷喬司「アブラキヌタレガイ」『潜水調査船が観た深海生物』、p.118頁。 
  10. ^ a b 松本寛人、藤田祐子、藤原 義弘、 宮崎淳一「キヌタレガイ類の系統」(PDF)『ブルーアース'07 講演要旨』2007年。 
  11. ^ Fujikura K, Fujiwara Y, Kawato M (2006). “A new species of Osedax (Annelida: Siboglinidae) associated with whale carcasses off Kyushu, Japan”. Zool Sci 23: 733-40. doi:10.2108/zsj.23.733. ISSN 02890003. NAID 110006151757. 
  12. ^ 小島茂明「ハオリムシ類の進化と系統」『潜水調査船が観た深海生物』、p.158-159頁。 
  13. ^ a b c d e f 藤倉克則、三浦知之「ホネクイハナムシ」『潜水調査船が観た深海生物』、p.157頁。 
  14. ^ 河戸勝、藤倉克則、植松勝之、野田智佳代、藤原義弘「ホネクイハナムシ類における生物地理と共生システム」(PDF)『ブルーアース'07 講演要旨』2007年。 
  15. ^ 藤倉克則、河戸勝、藤原義弘「ホネクイハナムシとは?」(PDF)『ブルーアース'07 講演要旨』2007年。 
  16. ^ a b c 西川輝明「ゲイコツナメクジウオ」『潜水調査船が観た深海生物』、p.203頁。  引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "namekuji"が異なる内容で複数回定義されています
  17. ^ Kon, T; Nohara, M, Yamanoue, Y, Fujiwara, Y, Nishida, M, Nishikawa, T (2007). “Phylogenetic position of a whale-fall lancelet (Cephalochordata) inferred from whole mitochondrial genome sequences”. BMC Evolutionary Biology 7: 127. doi:10.1186/1471-2148-7-127. http://www.biomedcentral.com/1471-2148/7/127. 
  18. ^ 三宅裕志、伊藤寿茂、北田貢、根本卓、足立文、山本智子、藤原義弘、山中寿朗、NT07-09 乗船研究者「鹿児島県の野間岬沖に見られるコトクラゲの生態」(PDF)『ブルーアース'08 講演要旨』2008年。 
  19. ^ Tunnicliffe V, Juniper SK (1990). “Cosmopolitan underwater fauna”. Nature 344: 300. 
  20. ^ Squires RL, Goedert JL, Barnes LG (1991). “Whale carcasses”. Nature 349: 574. 
  • 藤倉克則・奥谷喬司・丸山正編著『潜水調査船が観た深海生物 深海生物研究の現在』東海大学出版会、2008年。ISBN 9784486017875 
  • 『鹿児島県野間岬沖・鯨骨生物群集調査~地理的ステッピング・ストーンから進化的ステッピング・ストーンへ』 PDF available
  • 『鯨骨生物群集5 年間の遷移 -死後の鯨が深海底において果たす役割-』 PDF available
  • 『鯨骨域における微生物多様性の変遷』 PDF available

関連項目