Palm Top PC 110

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Palm Top PC 110(パーム トップ ピーシー)は、1995年9月に日本IBMから発売された超小型パーソナルコンピュータ。CMキャラクターとしてウルトラマンを起用し、「ウルトラマンPC」の愛称がつけられた。

特徴[編集]

本機は、日本IBMの大和研究所と、IBMとリコーの共同出資会社であるライオスシステムで共同開発されたもので、小さいながらも完全なPC/AT互換機である。ジュラルミン製のボディは、A6ファイルサイズで、バッテリー込みの重量はわずか630gと、VGA表示可能なカラー液晶を搭載したPCとしては、当時世界最小・最軽量であった。いずれも当時の標準的なサブノートのほぼ半分、一般的なノートパソコンの四分の一である。このサイズは、背広の胸ポケットに入る大きさとして企画された。

本体にHDDを持たず、OSは内蔵フラッシュメモリドライブやPCカード、コンパクトフラッシュのいずれかから起動した。また、本機そのものが電話として使用できる通信機能(ただし、ワイヤレスではなく、電話ケーブルの接続が必要。)を備えていた。

なお、ソニーが1990年頃に発売していたPalmTopとはまったく関係はない。

構成[編集]

この機械は内容的には完全にPC/AT互換機であるが、構成はかなり特殊で、その他のノートパソコンとは大きく異なっている。

CPUはSLエンハンスドi486SX-33MHz、RAMは4MBないし8MB(モデルによって異なる)。ディスプレイは4.7インチDSTNカラー液晶。画面はVGA(640×480ドット、256色、ただし外部ディスプレイでは800×600、16色まで表示可能)。本体はジュラルミン製で、これは小さいだけに強度を求めての採用だった。性能としては当時の標準以下であった。

面白いのはこの辺りからで、まずハードディスクドライブが内蔵されていない。PCカードタイプ (PCMCIA TypeIII) のハードディスクが付属するモデルはあった。代わりに4Mバイトのフラッシュメモリーが内蔵され、これに最低限のソフトが入っている。当然のごとくユーザによる書き換えが可能だった。

入力機器としてはキーボードがほぼ標準の配列であったが、小さいために構造に工夫が加えられていた。各キーの表面に段差がつけられ、中央部が盛り上がっていて、複数のキーを押すことが少ないようになっていた。また、円筒形のボタンで操作するポインティングヘッドがキーボードの左上に装備され、タッチボタンはその斜め上下に配置していた。面白いのは同じボタンが右側にも上下逆に配列してあったことで、これは両手で左右を持って操作する事を配慮してのものである。ポインティングヘッドが赤、左ボタンが青、右ボタンが緑で、本体が黒い中でよく目だった (ファミコンのコントローラを参考にしたとの事)。また、キーボードの上中央にはタッチパッドが装備されていたが、これは付属のPIMソフトであるPersonaware専用だった。後にWindowsでPS2マウスとして扱うドライバが有志により発表され、LinuxでもPS2マウス互換のポインティングデバイスとして使える様になった(これはAlan Coxが一時期PC110でLinuxを開発していたため)。

また、外づけキーボード・マウスのコネクターは専用のものを背面に備え、WingJack式の電話との接続、電話用ヘッドセットと赤外線通信ポートが同様に背面に並んでいる。WingJackというのは、蓋を開けると斜めにモジュラージャックを挿入できるようになっており、非常に小さく格納できる。この機のために開発されたものとのこと。オーディオ用ヘッドセットのジャックが正面側にあり、その横に小さな液晶画面があって、これには電池の充電状態が表示された。正面左右には円形の盛り上がった部分があって、これは付属の後述する電話の送受信部である。

左側にはPCMCIAカードの挿入口がある。TypeII × 2またはTypeIII × 1で、これは標準的なものである。右側にはコンパクトフラッシュ(当時の公式発表ではスマート・ピコ・フラッシュ)の挿入口がある。PC110は、史上初のコンパクトフラッシュ採用製品であった。

同じく右側には電池ボックスがあり、その蓋にはスピーカが着いている。電池はビデオカメラ用の一般的なリチウムイオン電池と同型であり、非公式ではあるが、松下電器(現パナソニック)のビデオカメラ用製品が使用できた。コンピュータとしては珍しく、サスペンド中に電池の交換が可能だった。

他に、本体後部にはボディのフレームワークに直接ビス止めできるストラップ穴がプラスチック外装で隠されていたが、IBMの厳しい強度基準 (ストラップで本体を振り回しても脱落しないことが要求された) をクリアできなかったため隠されることになった。これも企画段階における、とにかくも携帯可能であることをあらゆる面で可能にする方向性への探求があった。

付属機器[編集]

本体には上記のようなものが着いているが、一般的なフロッピードライブやプリンタポートなどは付属していない。これらを使うには専用のポートリプリケーターが必要だった。これは本体よりほんの少し輪郭が大きい長方形で、本体下面の拡張コネクタを介して接続する。ポートリプリケーターの背面にはプリンタ・外部ディスプレイ・RS-232Cのポート、左側には外部キーボードとマウスのコネクタがあった。右側には外付けフロッピードライブの接続口があった。 (外付けフロッピードライブは、ThinkPad 5xxシリーズの物が利用出来た。)

製品のモデルは3通りで、2431-YD0は本体のみでRAMが4MB、YD1は同じく本体のみでRAMが8MB(4MBの増設RAMを搭載)、YDWはYD1にポートリプリケータ・フロッピーディスクドライブとWindows3.1がインストールされた260MBのPCカードType IIIのハードディスクが附属した。

RAMは増設が可能で、サードパーティからは16MBのものまでが出た。

他に、付属機器ではないが、PC110専用デジタルカメラが発売された。キヤノンのデジタルカメラカードCE300で、PCMCIA TypeIIのカードの外側に、スイバル式のレンズ部分が突き出るもので、カメラの方にはファインダーも液晶画面もなく、PC110のディスプレイに画像が出るようになっていた。画素子数は27万画素。マクロ撮影も可能だった。

付属ソフトウェア及び機能[編集]

本体の内蔵メモリにはPC DOS J7.0/Vの最低限の部分(全体はフロッピーディスクで付属)とPersonaware(パソナウェア)というPIMソフトウェアが入っており、ハードディスクカードを挿入するなどしていなければ起動後すぐにこれが立ち上がるようになっていた。これは簡単なPIMとメニューの役割を果たし、日程表やメモ、簡単なメモ的なデータベース、住所録、電子メールやファックス機能、あるいは他のアプリケーションを登録して起動する機能などがあった。ファックスはPC110に内蔵のFaxモデムを使うもので、専用のエディターで作った文書を送るようになっていた。

また、この機のためのソフトであるだけに、この機の特殊機能にからんだ操作ができた。たとえばこの機は電話機として使うことができた。背面のWingJackにモジュラージャックをつなぎ、PC110を起動してPersonawareの電話を選択、画面上の数字ボタンを押すか、住所録から選べば、電話がかけられるし、向こうからの電話を受けることもできる。話をするためには本機の背面側を持ち、前面の両端にあるスピーカ(左側)とマイク(右側)を耳と口に当てることになる。ちなみに電話をかけ始めれば電源を落としていいし、受信は電源なしでよかった。なお、マイクが電話のフックの役目をしていて、左右にスライドさせることで受けたり切ったりする。これだけなら単なる電話であるが、それ以外に、ポケベルにメッセージを送る機能や、留守番電話の機能も付いていた。

手書きメモ機能も付いていた。これはキーボードの上側に付いているメモパッドにペンなどで線を引いたものが記録できるもので、250x130の白黒のビットマップファイルとして保存できた。なお、メモパッドの表面に傷が付かないように透明フィルムが乗せられるようになっていて、商品にはこの交換用フィルムが付属していた。

なお、YDWにはPC DOSとIBM版 Microsoft Windows3.1(日本語版)がインストールされていた。追加ソフトウェアとしてファックスと赤外線通信のソフトもインストールされていた。

起動は内蔵フラッシュメモリドライブからか、PCカードから行うが、設定を変えればスマートピコフラッシュからも可能であった。

また、しばらく後になるが、日本IBMからPC DOS上で動作するインターネットブラウザ+電子メールクライアントであるWebBoyが発売され、この機種のユーザーに重宝された。もっとも、インターネットに使うには内蔵モデムはDATA 2400bpsと当時としても低速で、外付けや特にPCカード型のモデムを利用する人が多かったようだ。

登場の背景[編集]

Palm Top PC 110は、IBMのノートパソコンのシリーズ名であるThinkPadの名称が使われていない。これは特殊な部分をもち、通常のThinkPadと同様の利用ができないこと、また同製品は日本国内のみの販売であるため、グローバルな販売展開を行うことが前提となるThinkpadの名称利用がしにくかったと考えられる。しかし、110という番号は、明らかにThinkPad 220を意識したものである。

ThinkPad 220は、元来は、常に持ち歩いてどこでも使えるパソコンを、という目的で、日本IBMの内部の濃い層が企画したものである。当初はより小さなものを考えていたが、商品化にあたって、より一般的に受け入れられるようにあの大きさになった、という経緯があった。この機種は、販売数は必ずしも素晴らしいものではなかったが、サブノートPCというジャンルを開拓し、以後各社から同程度の大きさの機種が販売されるようになった。しかし、それらは日本IBMの後継機種を含めて、「220より少し大きいが高機能」のものであった。それが一般的な要求であった。しかし、当初220を企画したような層も存在し、それらはいわゆるマニア的な部分であるが、それだけに声は大きかった部分もある。彼らから見れば、220でもまだ大きいので、より小さいものでなければ気軽に持ち歩けない。220の前に試作された機体はモノリスと呼ばれ、パソコンのショー等で展示されていたから、モノリスを出せ、あるいは勝手に名前を付けてThinkPad 110を出せ、というキャンペーンがパソコン通信の世界で行われたこともあるようである。そのような層の一部は、WindowsやLinuxをあきらめてヒューレットパッカード社のHP100LXHP200LXに向かった。

PC110はこれらの声に答えたものであった。あちこちの凝りに凝った作りも、マニアの声に答えるというより、自分たちのやりたいことをできるだけ詰め込んだと言うふうに見える。試作機モノリスへの思いも込めて、PC110の基板上には、"MONOLITH 1992"と刻印されているのも、それを示したものと言えよう。電話機能も、必ずしも実用的なものではない(多分使わなかった人が大部分だと思われる)が、できるだけいろいろな機能をいれたい、あるいは可能性を世に問いたいという思いのためであろう。企画段階ではさらに多くのものがあり、あきらめたものも多い。例えばストラップを付けてぶら下げるようにする、という案は、強度の問題から見送られたが、実は本体にはネジ穴が刻まれているので、ユーザーがそれに合うネジを付けることができた。もちろん説明書等には解説されていない。それらは後にユーザーの間での情報交換の中で広まったものである。

なお、コンピュータにインターネット、電話、カメラを合わせる発想はその後の携帯電話の進歩を先取りしたものとも取れる。

ユーザーの活動[編集]

という訳で、PC110の発売は一定層には大いに待ち望まれたものであった。反響は大きく、パソコン雑誌の多くが特集を組んだほどである。使い方やさまざまな実験例がユーザー間でやり取りされた。ちょうどその直後にWindows 95が発売され、インターネットが爆発的に普及を始めた時であり、ウェブ上でもさまざまな情報発信が行われた。

そのWindows 95も多くのユーザがPC110にインストールし使用していた。OS/2 Warpをインストールした話もあったが、これは動いているのがやっと確認できるレベルだった由。Linuxのインストールについて解説したウェブサイトもいくつもあった。BTRONの当時の現行バージョンであった1B/V3もインストール可能で、それを薦める書籍もあった。

Palm Top PC 110関連で出版された書籍は多い。

  1. IBM Palm Top PC110 活用ハンドブック:武井一巳(メディア・テック)
  2. Palm Top PC110 スーパーブック:石井英男外(ソフトバンク)
  3. IBM Palm Top PC110 徹底活用ブック:ビットマップファミリー・シンジケート(インタープログ)
  4. Palm Top PC110 電脳生活マニュアル:土井武志(祥泳社)
  5. Palm Top PC110 FUN BOOK:ウルトラマンPC研究会(アスキー)

いずれも製品の説明と解説から使い方や使用例の紹介などであるが、特徴的なのがその多くでこのPC110が出るまでの歴史経過にかなりの項を割いていることである。本稿はそれらを参考にしている。また、機体の分解にまで話が進んでしまうのもいくつかあった。これは、メモリの増設のためには底面を外さなければならないという事情もあるが、この小さい機体にどのようにしてさまざまな部品を収めるかに如何に工夫されているかについて雑誌等が何度も取り上げたためもあるだろう。また、後述のように時に分解して手をいれなければならないことがあったのも事実である。特に徹底活用ブックは解体の過程を写真入りで説明し、CD-ROMに動画まで付けるサービスぶりだった。ちなみにこの本では単なる製品の増設メモリの取り付け方だけでなく、勝手に別のメモリをもってきてつなぐ方法やクロックアップまで解説されていた。

なお、改造というのかどうかは微妙であるが、色違いの上蓋と底蓋を販売したサードパーティーがある。金、銀、青、赤、緑の5色で、これを取り替えるとむちゃくちゃ派手なPCになる。

エンタテインメント作品への登場[編集]

キャラクターとして円谷プロダクションのウルトラマンが使用されただけでなく、当時圧倒的に世界最小最計量であったPC110の先進性や金属性ボディのデザイン性等からか、いくつかのエンタテインメント作品に登場している。

作品中でPC110が活躍している。

弱点[編集]

Palm Top PC 110は、いくつかの弱点があった。一つは、本体の拡張性に乏しいことである。新設のコンパクトフラッシュは、当時はファイルシステムとしてしか使えず、それも最大は15MBで、現在よりはるかに高価だった。2基あったPCカードスロットが主力になるのだが、Palm Top PC 110の開発時に想定されていたType II ハードディスクカードの製品化が遅れ、たとえばWindows 95をインストールしようとすればType III ハードディスクカードを使うしかなく、それを装着するとそれだけで2基ともふさがれてしまう。PCカードはWindows 95になって格段に使いやすくなっていたから、ハードディスクと併用したいユーザが多かったので、この点は問題だった。ただし、後年に出てきたマイクロドライブのためにこの点は回避されるようになった。

それ以上の問題は携帯機器としては壊れやすかった点である。基本的に本体そのものは丈夫なのだが、最大の弱点は蓋を支えるヒンジ部分が弱いことで、落とした衝撃などで歪んでしまい、ぐらつきが生じ易く、そのままだと次第に歪んで、周辺の配線が切れてしまうことがあった。そのため、この部分の覆いを外して歪みを戻す必要があった。また、細部のネジが緩むことから不調を来すことが時にあった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]