BCG

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BCG: Bacille de Calmette et Guérin の略、カルメット・ゲラン桿菌)とは、ウシ型結核菌Mycobacterium bovis)の実験室培養を繰り返して作製された細菌、および、それを利用した結核に対するワクチンBCGワクチン)のこと[1]。本来は前者にあたる細菌そのものを指す語であったが、一般社会や医学分野では後者を単に「BCG」と呼ぶことが多い。以下、本稿では前者を「BCG」、後者を「BCGワクチン」と表記する。

概要[編集]

BCGの顕微鏡写真(チールニールセン染色

BCGは、実験室で長期間培養を繰り返すうちに、ヒトに対する毒性が失われて抗原性だけが残った結核菌であり、BCGワクチンはBCGを人為的にヒトに接種して感染させることで、病気を起こすことなく結核菌に対する免疫を獲得させる事を目的としたものである。BCGワクチンは、2015年現在実用化されている唯一の、結核の予防に有効なワクチンである。乳幼児結核の予防や重症化の予防の効果が広く認められている(80%程度の有効性[2])が、成人結核に対する効果は調査地域などによるばらつきが大きいため(0-80%[2]、総合すると50%程度[3])、BCGワクチン接種を実施するかどうかについては、国ごとに判断が分かれている。またハンセン病など、他の抗酸菌感染症に対する予防効果も認められている。極めて希ではあるが偶然結核菌が皮膚に感染し、BCGワクチンと同様の効果を発揮することがある。これを皮膚初感染病巣と呼び皮膚結核の一つに挙げられる。

歴史[編集]

1796年エドワード・ジェンナーは世界初のワクチンとなる牛痘接種を行い、ワクチンによる感染症予防の有用性が知られるようになった。この成功は自然界に存在する牛痘ウイルスが痘瘡ウイルスに似ているが毒性の低い、一種の弱毒株であることによるものであった。効果はあったが、「摂取すると牛になる」などのデマが流れ、広まるのに時間がかかった。

1881年にはルイ・パスツールが実験室での培養によって弱毒化炭疽菌株を作り出すことに成功し、これを用いた世界初の弱毒生ワクチンが作成された。弱毒菌株を人工的に作り出すことで、弱毒菌株が自然界に存在しない感染症でもワクチンの開発が可能であることを示したものであった。

20世紀初頭、フランスパスツール研究所の研究者であったアルベール・カルメット(Albert Calmette)とカミーユ・ゲラン(Camille Guérin)が、ウシ型菌の強毒株の一つであるNocard株を継代培養してBCGの元になる菌株を作製した。病原細菌では実験室で人工的に培養を繰り返す(継代培養)うちに毒性が弱くなる現象がよく観察されるが、ウシ型菌は増殖の遅い抗酸菌の一種であったため、作製には13年間、230代にわたる、ウシ胆汁加バレイショ培地による継代培養が行われた。その結果作り出された菌株は元のウシ型菌より遥かに弱毒性で、ヒトに対してほとんど病原性を示さないほぼ無害なものに変化した。

1921年パリにおいて、母乳に混ぜて乳児に経口的に投与され、乳児結核症に対して著明な予防効果を示したことから世界的に注目され、各国に配布されて結核予防のための弱毒生菌ワクチンとして利用されるようになった。以後、国ごとに継代培養されていった結果、現存するBCGには国ごとに遺伝的な違いが生じている。日本では1924年志賀潔が直接カルメットから分与された菌株(日本株)に由来する、BCG Tokyo172株が導入された。

第二次世界大戦の後、その被害を大きく受けた東欧諸国を中心に、結核の世界的蔓延が危惧された。そこでデンマーク赤十字社1947年ポーランドドイツなどに医療チームを派遣してBCGワクチン接種を積極的に行った。その翌年にはスウェーデン赤十字社とノルウェーのヨーロッパ救済機構が同調し、国際連合児童基金 (UNICEF) がこれに基金の提供を行った。この活動に世界保健機関 (WHO) と被支援国側の衛生当局が加わり、国際結核キャンペーン (ITC, International Tuberculosis Campaign) が行われ、BCGワクチン接種が世界中に広まるきっかけになった。ITCの活動は1951年にWHOに移管され、1974年には、WHOが推進する予防接種拡大計画 (EPI, Expanded Programme on Immunization) のプログラムの中に、ポリオ麻疹破傷風百日咳ジフテリアに対するそれぞれのワクチンとともに、結核用予防ワクチンとしてBCGが加えられ、特に小児疾患の予防という観点から世界中に普及することになった。

予防効果[編集]

BCGのワクチン包装

弱毒生菌ワクチン(生ワクチン)には、他のタイプのワクチン(死菌ワクチンや成分ワクチン)とは異なり、

  1. 弱毒性の微生物が体内に定着しうる
  2. ウイルスや細胞内寄生体が実際に細胞内に感染を起こしうる

という特徴がある。このため、

  1. 効果が半永久的に持続する
  2. 死菌ワクチンでは誘導できない細胞性免疫マクロファージ細胞傷害性T細胞などによる免疫。細胞内感染の排除に必要)が誘導可能である

という利点がある。結核菌は細胞内寄生体であり、特に活性化マクロファージによる細胞性免疫が感染防御に重要であることから、死菌ワクチンや成分ワクチンでは十分な免疫が得られないため、弱毒生菌ワクチンが必要である。

BCGワクチンの接種体制は、国ごとに異なる。

BCGワクチンの有効性については開発当初から多くの試験が行われてきたが、調査ごとに結果のばらつきが大きく、その予防効果を疑問視する声も聞かれる。少なくとも、乳幼児結核と、結核性髄膜炎など血行性に広まる結核病変については阻止する効果があることは認められているが、成人に経気道感染した肺結核に対する予防効果について意見が分かれている。代表的な大規模野外調査の結果としては、イギリスでの調査報告で20年間で77%の予防効果が見られるというもの(1977年)、インドのチングルプット英語版での15年間の追跡調査報告で成人結核には全く予防効果が見られなかったというもの(1980年)が挙げられる。このほか比較的小規模な調査結果まで合わせると、カナダ、イギリス、ハイチなどでは有効性を支持する結果が、インド、アメリカでは有効性が低い結果がそれぞれ得られている。日本では初期に行われた小規模な調査結果からその有用性が支持されている[4]。アメリカで1935-1938年にかけて約2800名の結核未感染者を対象とした大規模な前向き研究では、ワクチンの効力は52%と推定された[4]。この臨床研究ではワクチンの効果は経年的な低減が認めれず、統計的に1回のワクチン接種で50-60年間の有効性が持続することが示唆された(ワクチンの効果は女性より男性の方が維持される傾向にあった)[4]。ワクチン接種の時期や種族、接種回数、既往歴、INH投与履歴などはワクチンの効果には影響を及ぼさなかった[4]

ばらつきが大きい理由については、いくつかの理由が指摘されている[2]。まず第一に、ワクチンに使用しているBCG株の違いが挙げられる。BCG株が各国で培養を繰り返されているうちに変異して、有効性を失った株が使用されていた可能性が指摘されており、近年では、より元のパスツール株に近く、予防効果があるという結果を示しているBCG株を、WHOが選択収集して各国に配布している。第二に、調査を行った地域で結核がどの程度流行しているかも、調査結果に大きく影響している。例えば、チングルプットは結核の頻度が極めて高い地域であったため、殆どの乳幼児がワクチン接種前に結核菌と接触してしまっていたことが、BCGワクチンの効果が見られなかった理由の一つとして考えられている。この他、環境中に生育している抗酸菌の量や、流行している結核菌の菌株の違い、ヒトの遺伝的素因など、さまざまな理由がその候補として挙げられている。

副反応[編集]

BCG弱毒生ワクチンによる予防接種には上述したようなワクチンとしての利点がある反面、接種した箇所に局所的な炎症や発熱などの副反応が表れやすいという欠点がある。当初は経口投与されていたが、1923年には効果の増大を目的として皮下注射法が行われるようになって以降、この皮下注射での副反応が問題視されてきた。これを軽減するために皮内注射法が採用され、さらに国によっては経皮接種法(皮膚に針などで小さな傷をつけ、そこから吸収させる方法)へと、投与方法は移行している。また、BCGはエイズ患者では、ワクチンとして接種されたBCGによる全身感染の例が報告されている。健常者には希に皮膚結核の一つである腺病様苔癬という結核アレルギー性皮膚疾患が発症することがある。

日本におけるBCGワクチン接種[編集]

BCG接種用の管針

旧来は、ツベルクリン反応検査の皮内注射を行い、陰性(場合によっては疑陽性も)の場合に経皮接種が行われていた。接種時期も、幼児期、小学、中学の3回であった。2005年の法改正により、接種時期は生後6ヶ月未満(生後3ヶ月以降を推奨)の1回となり、ツベルクリン反応検査なしで接種することとなり、さらに2014年の法改正により、接種時期が生後1年未満(生後5ヶ月以降8ヶ月未満を推奨)に変更された。予防接種法に基づいて接種される定期予防接種(公費助成)である。

方法としては1960年代から管針法(直径2センチくらいの円の中に針が9本あるスタンプ状の管針と呼ばれる接種器を上腕部に2回押し付けて行う方法)が採用されている。接種後は摂取部位が赤く腫れた状態になり、徐々に痂疲化し、やがて瘢痕化する(経過や変化する刺入部の数や程度には個人差がある)。この瘢痕は時間の経過とともに退縮するが、完全に消えることはあまりなく、瘢痕が一生残ることになる。類似のデバイスを使用したBCGワクチンの皮内接種は日本やイギリス、アメリカなどでも普及しており、局所の炎症や潰瘍を軽減する効果があるとされる。接種器の形、接種の仕方から俗に「はんこ注射」や「スタンプ注射」などと呼ばれている。結核発症の予防という本来の目的とは異なるが、乳幼児に罹患する川崎病ではこのBCG接種跡が発赤することが多く、診断の一助とされている。

その他の利用[編集]

  • BCGワクチンは、結核だけでなく、結核菌と類縁のらい菌が原因となるハンセン病に対しても、20-80%の予防効果を示す[2]。この他の抗酸菌感染症の予防にも有効な場合がある。
  • 膀胱癌の治療では、BCGを生理的食塩水で希釈して尿道カテーテルで膀胱内に注入する治療法がある[5]。BCGによる細胞性免疫性の粘膜炎症が励起され、腫瘍細胞が同時に排除されると考えられている。反復治療が可能であるが、発熱などの副作用を伴う。

特記事項[編集]

  • 西ドイツのリューベック市で、1929-1930年においてBCGワクチンを経口接種された乳児のうち251人が結核を発症し、72人が死亡する事件があった(リューベックの悲劇)[4]。調査の結果、リューベック市総合病院のBCG培養設備で、BCGワクチンが強毒性ヒト型結核菌Kiehl株と同じ培養用ふ卵器に置かれており、誤って強毒性ヒト型結核菌Kiehl株を乳児に投与してしまったことが判明した[4]。BCGの毒力復帰による事故が疑われ、一時BCGワクチン接種が差し控えられる事態になったが、原因究明により再びBCGワクチンは広く接種されるようになった。責任者のDeyke教授は裁判で有罪判決を下され、後に自殺した[4]

参考文献[編集]

  1. ^ 吉田眞一、柳雄介編『戸田新細菌学』改訂32版、南山堂、2004年 ISBN 4-525-16012-8
  2. ^ a b c d Fine PE et al. "Issues relating to the use of BCG in immunization programmes." WHO documentation (1999)
  3. ^ Colditz GA et al. "Efficacy of BCG vaccine in the prevention of tuberculosis. Meta-analysis of the published literature." JAMA 271, 698-702 (1994) PMID 8309034
  4. ^ a b c d e f g 戸井田一郎「BCGの歴史:過去の研究から何を学ぶべきか」「資料と展望」No.48 p15-40. 2004年 PDFファイル財団法人結核予防会結核研究所)2016年11月15日閲覧
  5. ^ イムシスト膀注用81mg 添付文書” (2012年10月). 2016年8月4日閲覧。

外部リンク[編集]