子育て

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フランス領ギアナでの母子の様子。(1979年)
子供を抱きかかえる父親
日本の母子

子育て(こそだて)とは、を育てることである[1]

概説

人間の発達過程は、一般的に、乳児期、幼児期、児童期(学童期)、青年期(青少年期)、壮年期、中年期、老年期に区分される[2]

子育ては乳児期から青年期の子を対象とする。これに対して、「育児」という場合、(基本的には)主として乳幼児を育てることを意味しており[3]、子供が赤ちゃんから幼児期ころまでの子育てを指す。ただし、近年、子供全般が社会的に独り立ちする年齢が遅くなる傾向があるので、従来「育児」と呼ばれていた行為の対象年齢を、中学・高校の年齢まで引き上げて考える必要もでてくるようになった[4]

なお、妊娠中の女性の心身の健康状態が胎児に及ぼす影響が大きいことが知られるようになり、妊娠中に母体の健康を維持することや、健全な精神生活を維持することも育児・子育ての一部だと認識されるようになってきている[4]

乳児期・幼児期

乳児期や幼児期には親と子どもの相互関係が心理的発達の基盤となる[5]

育児の基本条件の第一は愛情である。

育児の基本的条件としては、愛情栄養、養護が必要である[4]

愛情

育児の基本条件の中でも第一のものは、養育される小児と、養育する人との間に愛情の交流があることである[4]。物理的な環境がいかに整っていようが、愛情を欠く環境では小児は健全には育たない[4]。このことは多くの研究が明らかにしている[4]

栄養

乳児は、誕生後約半年間は乳で育てられる[4]母乳は、栄養的に見て乳児に最適である[4]栄養素の構成も乳児に最適で、さらに母乳に含まれる免疫物質・抗菌物質・白血球などによって細菌やウイルスの感染を防ぎ、食物アレルギーの発現も抑える[4]。さらに授乳時に、母と子の皮膚の接触見つめあい笑顔の交換などが行われ、母子の愛のきずなをより強めることができるなどの利点もある[4]。母乳不足、母親が仕事をしている等で母乳が与えられない場合は、不足分を人工乳で補ったり、あるいはすっかり人工乳を用いたりする[4]

生後5か月以後になると、乳に加えて半固形食を与え、次に固形食を与えるようになる[4]。この過程が「離乳」en:weaningであり、この時期に食べさせる食物を「離乳食」という[4]

養護

養護、すなわち身の回りの世話をしてやることについて解説すると、体温を維持すること、皮膚を清潔に保つこと、排泄物(いわゆるウンチやオシッコ)を処理することなどは、乳幼児には自分ではできない[4]ので、大人がそれをしてやることになる[4]。また、健康増進のために、屋外に出て日光浴・外気浴・外遊びなどを行うことも大切である[4]。上で愛情が第一だと指摘したが、こうした養護行為も、ただ機械的に行うのではなく、愛情をこめて、微笑みかけ、語りかけ、また子供からの笑顔や、語りかけも親は積極的に応答することが大切である。こうすることによって母と子のきずなが密となり、コミュニケーションの基礎がつくられてゆくのである[4]

環境づくり

先進国では夫も子育てに参加することが期待されることが増えている。特に赤ちゃんを風呂に入れるのは腕力が要る仕事なので男性が行う場合も多い。

共働き夫婦の場合、仕事と育児を無理なく両立させるために、転居(引越し)するという夫婦も少なくない[6]。考え方は様々で、親と(つまり育てられる子から見て祖父や祖母にあたる人と)一緒に暮らす、子育てのしやすい地域や子育て支援が充実している行政区域に引っ越す、職住近接になるように引っ越す等々、それぞれの事情や考え方に応じて行われている[6]

子育ての夫婦分担

妻と夫がどういった分担で子育てをするとよいかについては、どれが正解というものはない[6]。各家庭の実情に合わせて、夫婦が力を合わせて工夫を重ね、その家庭なりのやり方を確立させることになる[6]。何より、互いに感謝の心を持つことが大切となる[6]。互いに、ある意味で当たり前のことをしているとはいえ、当たり前だという態度で相手に接してばかりではうまくゆかない[6]。自分自身から「ありがとう」「助かった」「助かったわ」などの言葉で相手の苦労をねぎらうことが、うまくゆく秘訣である[6]

児童期(学童期)

小学生になると子供は自分で登下校するが、親は安全に気を配る必要がある。

児童期には学級集団を中心とする集団生活に適応するとともに、知識や技能の習得が求められるようになる[5]

登下校の安全の確保

小学校へ入学することによって、子供は自分で登校下校するようになる[6]。つまり、保育園に通わせていた子ならば、親は送り迎えをしなくて済むようになる[6]。ただし、(たとえ集団登校方式になっていようとも、集合場所までは一人である場合も多く)登下校時に子供が一人になることがあるので、その時の安全に気を配る必要がある[6]。入学前には、自分の子供が基本的な交通ルールを守れるかどうかを確認しておいたほうがよい。飛び出しをしない、信号無視をしない、横断歩道を作法どおりに安全に渡る、ということができるか確認しておくとよい[6]。また、通学路を親子で一度は歩いてみて、危ない場所などをチェックして子供に諭しておくとよい[6]

連絡・支度の世話

小学校では、教育施設と家庭との連絡方法が変わってくる。保育園では先生(保育士)が毎朝・毎夕、親と直接顔をあわせてコミュニケーション・連絡をしてくれるが、小学校ではもはや先生は親と直接話さず、もっぱら子供にプリントが渡される形になる[6]。親は、(子供がしばしば失念してしまうそれらのプリントを見つけ出し)必ず目を通し、さまざまな期限等に注意を払う必要がある[6]。子供は小学校に入学してもすぐに、翌日の学校の支度ができるようになるわけではないので、子供が慣れるまでは、親が一緒に宿題の有無を確かめたり、翌日の準備を手伝ってやる必要がある[6]。最初はできなくても、やがて自分ひとりでできるようになってゆく[6]

学習の世話

小学校に入ると、担任の先生ごとの考え方にもよるが、徐々に宿題が出るようになる[6]。親も家庭でそれを見てやるとよい[6]。例えば、低学年のうちは、宿題として音読、計算、漢字の書き取りなどがでる[6]。子供が音読するのを親がしっかりと聞いてやるとよい効果がでる[6]。保育園・幼稚園時代に行っていた読み聞かせも、低学年の間は続けるとよい[6]

小学校低学年の時期は、学習の土台となるさまざまな体験をすることが重要なので、いわゆる「お勉強」ばかりをさせるのではなく、お手伝いをさせたり、屋外に出て自然と触れ合ったりするなど、(文字や画像・映像ばかりでなく)五感を使った直接体験を十分にさせてやるほうがよい[6]

安全の確保

知らない大人には近づかせないように配慮する必要もある。言葉たくみに子供を誘い連れ去ってしまったり(誘拐)、いたずらしたり、という事件がしばしば起きている。よって、知らない大人に声をかけられたら、「いそいでいる」などと言って断ったり、ともかくその場から離れる、という方法を普段から言い聞かせておく必要がある[6]

青年期(青少年期)

青年期とは子どもから大人へと移行する12歳から25歳頃までをいう[5]。青少年期ともいう。

青年期前期(思春期)

子供はやがて思春期を迎える。写真は13歳の女の子と12歳の男の子。

中学生の年齢は、子供の自我が育ってゆく時期であり、自分なりの考え方をしっかりと持つようになってくる[6]。それまでは、何でも親の言うとおりにしていた子供が、突然に親に反抗するようになったりするのである[6]。またこの時期に思春期にも入り、大人の身体へと変化し、それに伴いも変化・成長し、異性を意識するようになる[6]。親との関係よりも友達との関係を重視するようになり、親に対しては知られたくないこと、つまり秘密を持つようになる[6]。親としては気がかりで心配が尽きない状態なのであるが、子供が成長するために必要な過程だと理解し、手や口を出さずに見守る必要がある[6]。ただし、目を離さないことは大切である[6]。子供がひとりでは解決できないような大きな問題に直面した時に子供から発信されるSOSを受信し、子供と一緒に問題を解決してゆくことも必要になる[6]

青年期後期

青年期後期は職業選択の時期にあたり、個人としての生き方、男性または女性としての生き方、社会人としての生き方などアイデンティティ(同一性)を確立する重要な時期である[7]

子育ての国際比較

カナダ

カナダの国際都市トロントでは、子育ての負荷を両親に集中させるのではなく、社会全体で子供を育てる、ということが行われている。[8]

日本

かつてよく見られた「せっかん」

日本の高度成長期においてはスパルタ教育が良いとする本が何冊も出版されていた[9] 。近年では「誉め育て」など、子供の自信や自主性を重視した子育てを推す書籍が数的に多い。高度成長期から安定成長期にかけて、日本の男性の多くが職場やその他中間組織に長時間拘束されてしまい育児にほとんど参加しなかった(できなかった)ことへの反省と、共働きの一般化から、近年では父親参加型の子育てが各家庭・地域単位で進められている。 日本では高度成長期、子育てはもっぱら両親や学校へと負荷が集中するようになり、様々な困難が山積する状態になった。「日本は子供を育てにくい国」と言われている。日本では出生率が低下したが、日本での(あまりの)子育ての困難さを考慮して子供を作ることを躊躇する人が増えたことも一因だと分析されている。日本政府は(ようやくではあるが)近年になって低下する出生率を回復させるために、(まだまだヨーロッパ諸国の充実ぶりには全然及ばないが)子育て支援策を少しずつ増やしてきている[10]。 近年、また子供の全人格的な成長には両親(や祖父母)と学校だけの関与では不十分であることも多いとの認識が生まれ、「地域ぐるみの子育て」が見直されるようになってきた。 HSBCによる、海外の移住者の調査では、日本は「子供の育てやすさ」において34カ国中4位となっている[11]

異文化間での子育て

海外への赴任国際結婚をする親のもとでは、異文化環境の下での子育ても行われる。それらの子供達は、多言語習得の機会があり、成長過程に於いて異文化教育が家庭内で自然に行われる。しかし、多文化環境では子供が不適応に陥る危険も大きい。多言語環境で育った子供には、しばしばどの言語も十分には操れないという現象が発生する(「ダブル・リミテッド」などと言う)。多文化・多言語教育を成功させるには親子双方の強い意思と多大なエネルギーが必要となるため、国際結婚や海外赴任などの環境にある子育てであっても、あえて単一文化環境で育てるという選択をする家庭もある。

子育てをめぐる箴言・慣用句等

  • 「子育ては一大事業である。だが、いまだかつてその適性検査が行われたことは無い」(バーナード・ショーの言葉)
  • 「親は無くとも子は育つ」

人間以外

動物にも子育てを行うものがあり、生物学ではそれを扱っている。ヒト以外の動物全般の子育てについては動物の子育てを、進化生物学における子育てに関連する概念は親の投資を参照のこと。

参考文献

  • 『子育て情報ハンドブック』PHP研究所、2009年。 
  • 澤田啓司「育児」『世界大百科事典』平凡社、1988年。 

出典・脚注

  1. ^ 広辞苑「【子育て】子を育てること。育児
  2. ^ 野田雄二 編『健康教育序説』玉川大学出版部、1995年、108頁
  3. ^ 広辞苑「【育児】乳幼児を育てること」
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 澤田啓司「育児」『世界大百科事典』平凡社、1988年。 
  5. ^ a b c 野田雄二 編『健康教育序説』玉川大学出版部、1995年、109頁
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad 『子育て情報ハンドブック』PHP研究所、2009年。ISBN 4569708420 
  7. ^ 野田雄二 編『健康教育序説』玉川大学出版部、1995年、110頁
  8. ^ 武田信子『社会で子どもを育てる: 子育て支援都市トロントの発想』平凡社2002
  9. ^ 石原慎太郎『スパルタ教育』光文社カッパブックス 1969年など)
  10. ^ 子育て支援政策の国際比較
  11. ^ “海外移住者が最も住みやすい国ランキング。1位はスイス、日本は18位”. エキサイトニュース. (2014年10月28日). http://www.excite.co.jp/News/odd/Karapaia_52176476.html 2014年11月2日閲覧。 

関連項目

育児を題材とした作品

関連書籍

  • 明橋大二著『子育てハッピーアドバイス』1万年堂出版 2005年12月 ISBN 4925253212
  • 明橋大二著『子育てハッピーアドバイス2』1万年堂出版 2006年4月 ISBN 4925253220
  • 小出まみ著『地域から生まれる支えあいの子育て―ふらっと子連れでDrop‐in!』ひとなる書房 1999年12月 ISBN 4894640376
  • 石井憲雄著『新米パパは育休さん 〜仕事と育児の両立をめざして〜』産経新聞出版 2006年4月 ISBN 4902970295
  • 香山リカ著『<雅子さま>はあなたと一緒に泣いている』筑摩書房 2005年7月 ISBN 4480816445
  • イリサ・P・ベイネイデック『離婚しても子どもを幸せにする方法』日本評論社 1999年11月 ISBN 4535561443