鶴崎

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鶴崎(つるさき)は、大分県大分市東部にある地区の地名である。

歴史[編集]

室町時代まで[編集]

室町時代後期には、大友氏家臣の吉岡長増によって鶴崎城が築かれた。この城は、天正14年(1586年)の島津氏豊後侵攻の際に、長増の子・鑑興の妻であった妙林尼が智謀を用いて籠城を続けたことで知られる。

江戸時代[編集]

江戸時代には、鶴崎は佐賀関などとともに、熊本藩の所領となり、瀬戸内海への拠点とされた。熊本藩の参勤交代は、豊後街道を経て熊本から鶴崎に至り、佐賀関から海路で大坂に渡る経路をとった。鶴崎城は廃城とされて、跡には熊本藩鶴崎御茶屋が置かれ、豊後国内の熊本藩所領の統治にあたった。

明治以後[編集]

1889年(明治22年)4月1日の町村制施行により、大分郡鶴崎町となる。その後、1938年(昭和13年)に別保村、1943年(昭和18年)に三佐村、1944年(昭和19年)に桃園村を編入。1954年(昭和29年)3月31日には、松岡村・高田村・明治村・川添村と新設合併するとともに、市制施行し、鶴崎市となる。1963年(昭和38年)3月10日、大分市および大分郡北海部郡の4町村と合併(新設合併)し、新たに大分市となって行政区分としての鶴崎は姿を消した。

参考文献[編集]

  • 角川日本地名大辞典編纂委員会編『角川日本地名大辞典 44 大分県』角川書店、1980年1月

関連項目[編集]

外部リンク[編集]