駐日フィリピン大使館公邸

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駐日フィリピン大使館公邸
Kudan, Official Residence of the Philippine Ambassador to Tokyo, Japan.gif
駐日フィリピン大使館公邸の位置(東京都区部内)
駐日フィリピン大使館公邸
駐日フィリピン大使館公邸の位置(東京都区部および多摩地域内)
駐日フィリピン大使館公邸
駐日フィリピン大使館公邸の位置(日本内)
駐日フィリピン大使館公邸
情報
用途 大使公邸
旧用途 安田岩次郎邸
設計者 横河時介
施工 竹中工務店
建築主 安田岩次郎
管理運営 フィリピン政府
状態 完成
階数 2
着工 1933年
竣工 1935年
所在地 102-0071
東京都千代田区富士見1-1-1
座標 北緯35度41分50秒 東経139度45分57秒 / 北緯35.69722度 東経139.76583度 / 35.69722; 139.76583座標: 北緯35度41分50秒 東経139度45分57秒 / 北緯35.69722度 東経139.76583度 / 35.69722; 139.76583
文化財 フィリピン国家的歴史建造物
指定・登録等日 2013年
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駐日フィリピン大使館
Pasuguan ng Pilipinas sa Tokyo Pasuguan ng Pilipinas seal.svg
所在地 東京都
大使 ホセ・ラウレル5世
ウェブサイト tokyo.philembassy.net

駐日フィリピン大使館公邸(ちゅうにちフィリピンたいしかんこうてい、Residence of the Philippine Ambassador to Tokyo)は、東京都千代田区にある駐日フィリピン共和国大使の公邸である。フィリピンではその所在地から「the Kudan(九段)」とも呼ばれている。 元々は1935年昭和10年)に、安田善三郎の次男で画家であった安田岩次郎(やすだいわじろう)が安田家の邸宅として建てた洋館で、岩次郎の姪であるオノ・ヨーコが幼少期に3年間住んでいたこともある[1]1944年(昭和19年)にフィリピンへ売却され、以来、同国の大使公邸として使用されている。「フィリピンの外交活動の至宝(crown jewel of Philippine foreign service)」と呼ばれ、2013年平成25年)にはフィリピン国外における国家的歴史建造物の第1号に指定された。2017年からはホセ・ラウレル5世(H.E. Jose Castillo Laurel V)[2]大使が居住している。

歴史[編集]

国家的歴史建造物の銘板

鎌倉に住んでいた安田岩次郎は東京に家を建てることとし、横河建築設計事務所竹中工務店に建築を依頼した。設計は横河時介が行い、1933年昭和8年)3月に着工、1935年(昭和10年)1月に完成した[3]。 建物は主にスペイン風の造りで、これにルネッサンス風、ゴシック風、和風建築が組み合わさっていた。国産の資材が使われ、中には富山から運んだ瓦も用いられた。部屋のデザインは安田の息子の趣味により造られた[4]

第二次世界大戦が始まると安田は経済的に苦しくなり、1944年(昭和19年)3月31日、フィリピンのホセ・ラウレル大統領に建物を100万円で売却した[3]。その後、建物は東京のフィリピン大使公邸、および日本における社会文化活動のために使用された[5]。 1952年3月9日、国家歴史委員会(フィリピン国家歴史委員会(NHCP)の前身)が、建物の歴史と、1944年のラウレル大統領による購入に光を当てるため、記念の銘板を設置した[5][6]

2009年には公邸を取り壊し高層マンションを建設する計画が浮上したが、反対運動により中止された。

フィリピン国家歴史委員会は2013年第1号決議で、本建物を国家的歴史建造物にすると宣言[7]。2014年3月に銘板が、マヌエル・ロペス(Manuel Lopez)大使およびマリア・セレナ・ディオクノ(Maria Serena Diokno)NHCP会長、日本・フィリピンの役人の出席の下で披露された。本建物はフィリピン国外で最初に指定された国家的歴史建造物である[8][9]。披露に際し、ロペス大使は本建物を「フィリピンの外交活動における至宝(the crown jewel of Philippine foreign service)」と呼んだ[5]

構造[編集]

望楼付きの2階建てである。黒い華美なグリルゲートとカスティーリャ風のロタンダが自慢であり、屋根もカスティーリャ風建築を思わせる。玄関ロビーには、フィリピンの英雄であるホセ・リサールとラウレル大統領の胸像が置かれている。1階には、客をもてなす「青の間」、2つの食堂、音楽室がある。2階は大使とその家族の居住空間であり、5室は客室として使われることもあった。建物に隣接する庭園では、1994年(平成6年)に正仁親王妃華子サクラを植樹した[4]

大衆文化[編集]

2015年、フィリピンの歴史家アンベス・オカンポ英語版が、大使館公邸の歴史に関する書籍『History and Heritage of the Kudan: the Official Residence of the Philippine Ambassador to Japan』を出版した。この本は日本とフィリピンの国交樹立60周年を記念して出版された[10][8]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ “オノ・ヨーコさん思い出の邸宅訪問「保存してくれたら」”. 朝日新聞. (2009年12月8日). http://www.asahi.com/showbiz/music/TKY200912070448.html 
  2. ^ ホセ・ラウレルの孫であり、父親のホセ・ラウレル3世英語版も1966年-1971年に駐日大使を務めた。
  3. ^ a b The Noble House”. Asia Tatler Philippines. 2015年11月22日閲覧。
  4. ^ a b About the Official Residence of the Philippine Ambassador”. Philippine Embassy in Tokyo, Japan. 2018年1月5日閲覧。
  5. ^ a b c Philippine Ambassador’s Official Residence in Tokyo Proclaimed Philippine "National Historical Landmark"”. Philippine Embassy in Tokyo, Japan (2014年3月4日). 2015年11月22日閲覧。
  6. ^ Phl embassy in Tokyo named nat’l historical landmark”. The Philippine Star英語版. 2015年11月22日閲覧。
  7. ^ Resolution no. 1, s. 2013 (pdf)”. Historical Commission of the Philippines. 2018年9月2日閲覧。
  8. ^ a b Yoko Ono remembers the house she grew up in”. Philippine Daily Inquirer英語版 (2015年10月11日). 2015年11月22日閲覧。
  9. ^ “Envoy's residence in Japan becomes PHL's 1st overseas historical landmark”. GMA News Online. (2014年3月4日). http://www.gmanetwork.com/news/story/351042/news/pinoyabroad/envoy-s-residence-in-japan-becomes-phl-s-1st-overseas-historical-landmark 2015年11月22日閲覧。 
  10. ^ Amb. Lopez Calls For Perpetual Preservation of Kudan; Ms. Yoko Ono Lennon Cites Importance of Kudan in Promoting Lasting Friendship and Peace Between The Philippines and Japan”. Philippine Embassy in Tokyo, Japan. 2015年11月22日閲覧。

外部リンク[編集]