駐日ベトナム大使館

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駐日ベトナム大使館
Đại sứ quán Việt Nam tại Nhật Bản
Embassy of Vietnam in Tokyo 20180731.jpg
所在地日本の旗 日本
住所東京都渋谷区元代々木町50-11
座標北緯35度40分22.3秒 東経139度41分8.9秒 / 北緯35.672861度 東経139.685806度 / 35.672861; 139.685806座標: 北緯35度40分22.3秒 東経139度41分8.9秒 / 北緯35.672861度 東経139.685806度 / 35.672861; 139.685806
大使ヴー・ホン・ナム
ウェブサイトwww.vnembassy-jp.org/ja

駐日ベトナム大使館ベトナム語Đại sứ quán Việt Nam tại Nhật Bản / 大使館越南在日本英語: Embassy of Vietnam in Japan)は、ベトナムが日本の首都東京に設置している大使館である。在東京ベトナム大使館ベトナム語Đại sứ quán Việt Nam tại Tokyo / 大使館越南在東京英語: Embassy of Vietnam in Tokyo)とも。

沿革[編集]

  • 1973年9月21日、日本が共産主義国の北ベトナムを国家として正式に承認し、両国の外交関係が開設される[1]
  • 1975年4月30日、南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)が南ベトナムの首都サイゴンを陥落させ共産主義勢力の主導によるベトナム統一が確定事項となる[2]
  • 1976年6月9日、共産ベトナムからの派遣では初代となるグエン・ザップ駐日大使が着任する[3]
  • 1976年6月10日、ザップ大使が霞が関外務省宮澤喜一外相(当時。後の内閣総理大臣)と会談する[3]
  • 1976年7月2日、北ベトナムが南ベトナムを吸収する形で南北に分断されていたベトナムを統一し、国号を「ベトナム社会主義共和国」に改称する[1]。東京に設置されているベトナム大使館の名称が駐日ベトナム社会主義共和国大使館ベトナム語Đại sứ quán Nước Cộng Hoà Xã Hội Chủ Nghĩa Việt Nam tại Nhật Bản / 大使館國共和社會主義越南在日本英語: Embassy of the Socialist Republic of Vietnam in Japan)となる[4]
  • 2008年9月、日越外交関係樹立35周年[5]を記念して、駐日ベトナム大使がベトナム側実行委員長を務める日越交流イベントのベトナムフェスティバル代々木公園で開催され、皇太子が来訪したほか、来場者が3日間で15万人という日越交流イベント史上最大の成功を収める。爾後、毎年開催される恒例イベントとなる[6]

所在地[編集]

日本語 〒151-0062 東京都渋谷区元代々木町50-11[7]
英語 50-11, Motoyoyogi-cho, Shibuya-ku, Tokyo 151-0062[7]
アクセス 小田急小田原線代々木八幡駅北口、もしくは東京メトロ千代田線代々木公園駅八幡口

大使[編集]

2018年12月4日より、ヴー・ホン・ナム特命全権大使を務めている[8]

ギャラリー[編集]

駐日ベトナム共和国大使館[編集]

駐日ベトナム共和国大使館
Đại sứ quán Việt Nam Cộng Hòa tại Nhật Bản
所在地日本の旗 日本
住所東京都渋谷区元代々木町50-11[9]
座標北緯35度40分22.3秒
東経139度41分8.9秒
開設1955年
閉鎖1975年5月7日[10]
大使グエン・チュウ・ダン
ウェブサイトなし

駐日ベトナム共和国大使館ベトナム語Đại sứ quán Việt Nam Cộng Hòa tại Nhật Bản / 大使館越南共和在日本英語: Embassy of the Republic of Vietnam in Japan)は、かつて東京に設置されていたベトナム共和国の大使館。サイゴン陥落後の1975年5月7日に閉鎖された。

沿革[編集]

歴代大使・公使[編集]

駐日公使[編集]

氏名(日本語) 氏名(ベトナム語) 任命 着任 信任状捧呈 退任 外交階級 外交職務 備考
ディン・ヴァン・キョー Đinh Văn Kiều / 丁文喬 1955年2月[14][15] 1955年3月 臨時代理公使 南ベトナム駐日公使が不在のため、一時的に公使館を務めています
グエン・ゴック・トーベトナム語版英語版 Nguyễn Ngọc Thơ / 阮玉書 1955年3月[14] 1955年3月24日[15] 1955年6月22日 公使 特命全権公使 南ベトナム・日本の外交関係樹立後の初代公使、後に大使に昇進

駐日大使[編集]

氏名(日本語) 氏名(ベトナム語) 任命 着任 信任状捧呈 退任 外交階級 外交職務 備考
グエン・ゴック・トー Nguyễn Ngọc Thơ / 阮玉書 1955年6月22日 1955年6月22日[15] 1956年 大使 特命全権大使 公使から昇格、南ベトナム・日本の外交関係樹立後の初代大使
ブイ・ヴァン・ティン[16][17][18][19] Bùi Văn Thinh / 裴文聲 1956年5月18日[16][17][18] 1956年5月30日[15] 1962年12月 大使 特命全権大使
グェン・フイ・ニア Nguyễn Huy Nghĩa / 阮輝義 1963年3月[14] 1963年3月18日[15] 1963年11月[14] 大使 特命全権大使
グェン・ヴァン・ロク Nguyễn Văn Lộc / 阮文祿 1963年12月9日[14][15][20] 1965年9月[20] 公使 臨時代理大使
グエン・ドゥイ・クアン [21] Nguyễn Duy Quang / 阮維光 1965年9月[22] 1965年9月8日[14][15] 1967年7月[22] 大使 特命全権大使
ヴィン・トォ Vĩnh Thọ / 永壽 1967年5月 1967年7月 1967年7月5日[14][15] 1970年 大使 特命全権大使
ドアン・バ・カン Đoàn Bá Cang / 段伯剛 1970年2月21日[15][23] 1972年5月[23] 公使 臨時代理大使 サイゴン陥落後オーストラリアに定住し、2019年にシドニーで亡くなりました[24][25][26][27]
ドオウ・ヴァン・リー Đỗ Vạng Lý / 杜往理[28] 1972年5月[29] 1972年6月23日[15] 1974年5月19日[30][29] 大使 特命全権大使
グェン・チュウ・ダン[31] Nguyễn Triệu Đan / 阮兆丹 1974年3月[32] 1974年5月23日[30][32] 1974年7月16日[15] 1975年5月7日[10] 大使 特命全権大使 最後の大使[10][15]。5月7日に大使館が閉鎖された後、彼は家族と共にオーストラリアメルボルンに亡命した[33][34]。2013年死去[35][36][37]

出典[編集]

  1. ^ a b ベトナム基礎データ | 外務省
  2. ^ a b 『立教アメリカン・スタディーズ 第38号』(立教大学、2016年) pp.7-23 所収の中野亜里大東文化大学教授による論文「米越関係 戦後40年の軌跡と新たなパートナーシップの構築
  3. ^ a b 外相、北ベトナム大使会談 (コード 2013111100122) の報道写真:報道写真なら共同通信イメージリンク
  4. ^ Đại sứ quán Việt Nam tại Nhật Bản (ベトナム語)
  5. ^ 1973年9月の日本と北ベトナムの国交樹立から起算したもので、日本と南ベトナムの間で国交が持たれていた期間は勘定に入っていない。
  6. ^ ベトナムフェスティバル 2018 | VIET NAM FESTIVAL 2018
  7. ^ a b 駐日ベトナム大使館
  8. ^ 駐日ベトナム大使の信任状捧呈 | 外務省
  9. ^ 『昭和46年版 わが外交の近況(第15号)』第3部 > II 付表 > 3. わが国に置かれている外国公館一覧表
  10. ^ a b c d “GVN EMBASSY CLOSES”. ウィキリークス. (2013年4月7日). https://wikileaks.org/plusd/cables/1975TOKYO06035_b.html (英語)
  11. ^ VI 平和条約の批准・発効
  12. ^ 北澤直宏、「ベトナム共和国第一共和政における「宗教」概念の導入 --カオダイ教の変質から」『東南アジア -歴史と文化-』 2015年 2015巻 44号 p.64-82, doi:10.5512/sea.2015.44_64, 東南アジア学会
  13. ^ 日本国とヴィエトナム共和国との間の賠償協定
  14. ^ a b c d e f g 鹿島守之助 (1974年4月). 『日本外交史 別巻3 年表』. 鹿島研究所出版会. p. 659-660 
  15. ^ a b c d e f g h i j k l 秦郁彦 (1988年12月). 『世界諸国の制度・組織・人事 1840-1987』. 東京大学出版会. p. 653 
  16. ^ a b “越新任駐日大使裴文聲抵港 十八日離港赴任”. 華僑日報第二張第二頁. (1956年5月16日) (繁体字中国語)
  17. ^ a b “越駐日大使透露 保證投票自由 越南方能選舉 七月二十日不能舉行”. 華僑日報第一張第三頁. (1956年5月18日) (繁体字中国語)
  18. ^ a b “越駐日大使裴文聲昨赴日就任”. 工商日報第五頁. (1956年5月19日) (繁体字中国語)
  19. ^ ティン大使は、「日本国とヴィエトナム共和国との間の賠償協定」全権委員として任命された南ベトナム代表のうち、ヴ・ヴァン・マオ外務大臣に次ぐ第二位の序列で協定の締結に参与している。○賠償関係「日本国とヴィエトナム共和国との間の賠償協定」
  20. ^ a b Who's who in Vietnam 1974. Vietnam Press Agency. (1974年). p. 475. https://vva.vietnam.ttu.edu/images.php?img=/images/1483/14830202001e.pdf (英語)
  21. ^ クアン大使(クエンドウイ・クワン大使)は、在任中の1965年9月に靖国神社を参拝している。水間政憲『いまこそ日本人が知っておくべき「領土問題」の真実: 国益を守る「国家の盾」』、p.77
  22. ^ a b Who's who in Vietnam 1974. Vietnam Press Agency. (1974年). p. 636. https://vva.vietnam.ttu.edu/images.php?img=/images/1483/14830202001g.pdf (英語)
  23. ^ a b Who's who in Vietnam 1974. Vietnam Press Agency. (1974年). p. 84. https://vva.vietnam.ttu.edu/images.php?img=/images/1483/14830202001b.pdf (英語)
  24. ^ “Đại sứ cuối cùng của VNCH tại Úc ông Đoàn Bá Cang qua đời”. スペシャル・ブロードキャスティング・サービス. (2019年7月29日). https://www.sbs.com.au/language/vietnamese/da-i-su-cuo-i-cu-ng-cu-a-vnch-ta-i-u-c-ong-doa-n-ba-cang-qua-do-i (ベトナム語)
  25. ^ “Ông cựu Đại sứ Đoàn Bá Cang qua đời”. qghc.wordpress.com. (2019年7月30日). https://qghc.wordpress.com/2019/07/30/ong-cu%CC%A3u-da%CC%A3i-su-doan-ba-cang/ (ベトナム語)
  26. ^ “Vĩnh Biệt Đại Sứ Đoàn Bá Cang – Đức Hùng”. qghc.wordpress.com. (2019年7月30日). https://qghc.wordpress.com/2019/07/30/vinh-biet-dai-su-doan-ba-cang-duc-hung/ (ベトナム語)
  27. ^ “Chân Dung nhà ngoại giao xuất sắc VNCH: Cựu Đại Sứ Đoàn Bá Cang”. Việt Luận. (2019年7月31日). https://vietluan.com.au/14381/chan-dung-nha-ngoa%CC%A3i-giao-xuat-sac-vnch-cu%CC%A3u-da%CC%A3i-su-doan-ba-cang/ (ベトナム語)
  28. ^ 「杜萬里(杜万里)」とも。
  29. ^ a b “PAROLE OF CAMBODIAN AND VIETNAMESE DIPLOMATS”. ウィキリークス. (2013年4月7日). https://wikileaks.org/plusd/cables/1975TOKYO06916_b.html. "DO WAS SVN AMBASSADOR TO JAPAN MAY 1972 TO MAY 1974." (英語)
  30. ^ a b “NEW RVN AMBASSADOR TO JAPAN”. ウィキリークス. (2013年4月7日). https://wikileaks.org/plusd/cables/1974SAIGON06780_b.html (英語)
  31. ^ ダン大使がサイゴン陥落まで駐日大使を務めた http://vannghiep.vn/wp-content/uploads/2017/03/Quan-h%E1%BB%87-Nh%E1%BA%ADt-B%E1%BA%A3n-v%E1%BB%9Bi-ch%C3%ADnh-quy%E1%BB%81n-Vi%E1%BB%87t-Nam-C%E1%BB%99ng-h%C3%B2a-t%E1%BB%AB-n%C4%83m-1954-%C4%91%E1%BA%BFn-n%C4%83m-1975-ts.pdf p.59, ll.12-14
  32. ^ a b アジア動向年報 1975. アジア経済研究所. (1975年). p. 239, 242. https://ir.ide.go.jp/?action=repository_uri&item_id=39349&file_id=26&file_no=1 
  33. ^ “‘Hiểu thêm’ về thế hệ người lính VNCH”. 英国放送協会. (2018年9月27日). https://www.bbc.com/vietnamese/vietnam-45666481 (ベトナム語)
  34. ^ “45 năm cộng đồng Việt Nam định cư tại Australia”. 英国放送協会. (2020年2月13日). https://www.bbc.com/vietnamese/forum-51489281 (ベトナム語)
  35. ^ “Cáo Phó - Cụ NGUYỄN TRIỆU ĐAN”. www.old.quangminh.org.au. (2013年5月20日). http://www.old.quangminh.org.au/index.php?option=com_content&view=article&id=1136:cao-pho&catid=78:funerals&Itemid=51 (ベトナム語)
  36. ^ “Điện Thư Phân Ưu gia đình Cụ Nguyễn Triệu Đan”. quangduc.com. (2013年6月28日). https://quangduc.com/a26062/dien-thu-phan-uu-gia-dinh-cu-nguyen-trieu-dan (ベトナム語)
  37. ^ “Những gương mặt trong cộng đồng người Việt tị nạn đến Melbourne, Úc từ 1976”. 英国放送協会. (2020年2月21日). https://www.bbc.com/vietnamese/forum-51585546 (ベトナム語)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]