在日本スウェーデン大使館

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駐日スウェーデン大使館
Sveriges ambassad i Tokyo
Embassy of Sweden in Tokyo
Lilla riksvapnet - Riksarkivet Sverige.png

Swedish Embassy in Tokyo.jpg

住所 東京都港区六本木1-10-3-100
座標 北緯35度39分51.9秒 東経139度44分31.4秒 / 北緯35.664417度 東経139.742056度 / 35.664417; 139.742056座標: 北緯35度39分51.9秒 東経139度44分31.4秒 / 北緯35.664417度 東経139.742056度 / 35.664417; 139.742056
大使 ペールエリック・ヘーグベリ
ウェブサイト www.swedenabroad.se/ja/embassies/japan-tokyo/

在日本スウェーデン大使館(ざいにほんスウェーデンたいしかん、スウェーデン語: Sveriges ambassad i Tokyo英語: Embassy of Sweden in Tokyo)とは、スウェーデン日本首都東京に設置している大使館である。

歴史[編集]

1868年11月11日にディルク・デ・グラーフ・ファン・ポルスブルックがスウェーデンとノルウェーを代表して「大日本国瑞典国条約書」[注釈 1]を締結して以来、スウェーデンと日本は外交関係を結んでいる。1907年までスウェーデン大使は日本に常駐していなかった[2]。それ以前は、スウェーデンとノルウェーとの外交はオランダの外交使節が代行していた。日本の第二次世界大戦の敗戦後、米国は日本との外交関係を維持し、スウェーデンが公式に日本との外交使節を再確立するのは、占領下の日本が独立を取り戻す1952年を待つことになる[3]

不動産[編集]

六本木の城山ガーデン内にある駐日スウェーデン大使館
六本木の城山ガーデン内にある駐日スウェーデン大使館
スウェーデン大使館正面玄関
スウェーデンエントランス横にある国章
スウェーデン大使館の配置図
スウェーデン大使館職員宿舎

建物が建つ場所は、1930年代に起業家グループからスウェーデンの政府に寄贈されたものである。1987年、スウェーデン政府は土地の半分を10億クローネ強で売却した[4][3] 。現在のスウェーデン大使館の施設は1991年に完成し、建築家ミカエル・グラニットスウェーデン語版[5][6]と同僚加藤吉人氏によって設計された。大使館の建物には、大使館と公邸、ビジネス・スウェーデンの事務所および在日スウェーデン商工会議所(SCCJ)の事務所の区画が含まれる[6]。さらに職員住宅約20戸、会議施設、講堂、展示ホール、レクリエーション施設がある[5]

  • 建設した年:1989-1991
  • 建築家:ミカエル・グラニット、BSK Arkitekter AB
  • 住所:港区六本木1-10-3-100
  • 構造:SRC
  • 階数:B2/8F
  • 竣工年:1991年
  • 延床面積:10,360㎡
  • スウェーデン大使館、東京、日本、城山ガーデン
  • ベルイマン・ホール
  • アルフレッド・ノーベル講堂

アクセス[編集]

歴代大使・公使[編集]


歴代大使・公使
名前 期間 役職 備考
フレデリク・フィリップ・ファン・デル・ホーヴェン 1871-1872 弁理公使
ウィルヘルム・フェルディナンド・ヘンリック・ヴァン・ウェーケリン 1872-1878 弁理公使
エドモンドWFウィッテウォールオブスタッド 1879-1881 弁理公使
ヨハネス・ヤコブス・ファン・デル・プロット 1881-1889 弁理公使
ドミトリ・ルイ・ファン・バイランド 1890-1896 弁理公使
ハンニバル・カシミール・ヨハネス・テスタ 1896-1900 弁理公使
ハンニバル・カシミール・ヨハネス・テスタ 1900-1902 特命全権公使
アーサーMD Swerts de Landas Wyborgh 1902-1905 特命全権公使 MD Swerts de Landas Wyborgh[疑問点]
ジョン・ラウドン 1905-1906 臨時代理公使
グスタフ・オスカー・ワレンバーグスウェーデン語版[注釈 2] 1906-1920 特命全権公使 北京ヴァレンベリ家出身
デビッド・バーグストロームスウェーデン語版 1918-1920 臨時代理公使 北京
デビッド・バーグストロームスウェーデン語版 1920-1922 特命全権公使 北京
オスカー・エヴェルロフスウェーデン語版 1922-1928 特命全権公使 北京
ヨハン・ハルトマンスウェーデン語版 1928-1936 特命全権公使 北京
ヴィダール・バッゲスウェーデン語版 1936-1945 特命全権公使 バンコク
レイフ・オールヴァルスウェーデン語版 1949-1951 外交代表
カール・グスタフ・ラガーフェルトスウェーデン語版 1951-1952 外交代表
カール・グスタフ・ラガーフェルトスウェーデン語版 1952-1956 特命全権公使
グリーン・ウォールスウェーデン語版 1956-1957 特命全権公使
グリーン・ウォールスウェーデン語版 1957-1962 特命全権大使 [注釈 3] ソウル (1959年着任)
カール・フレドリク・アルムクヴィストスウェーデン語版 1963-1970 特命全権大使 [注釈 3] ソウル
グンナール・ヘクシャースウェーデン語版 1970-1975 特命全権大使 [注釈 3] ソウル
ベンクト・オデバルスウェーデン語版 1975-1981 特命全権大使 [注釈 3] ソウル (1979年離任)
グンナール・ロネウススウェーデン語版 1981-1986 特命全権大使 [注釈 3]
オベ・ヘイマンスウェーデン語版 1986-1992 特命全権大使 [注釈 3]
マグヌス・ファールキストスウェーデン語版 1992-1997 特命全権大使 [注釈 3]
クリスター・クムリンスウェーデン語版 1997-2002 特命全権大使 [注釈 3]
ミカエル・リンドストロームスウェーデン語版 2002-2006 特命全権大使 [注釈 3]
ステファン・ノレーンスウェーデン語版 2006-2011 特命全権大使 [注釈 3] [注釈 4][注釈 5]
ラーシュ・ヴァリエスウェーデン語版 2011-2014 特命全権大使 [注釈 3] [注釈 4][注釈 5]
マグヌス・ローバック 2014-2019 特命全権大使 [注釈 3] [注釈 4][注釈 5]
ペールエリック・ヘーグベリ 2019 - 現在 特命全権大使 [注釈 3] [注釈 4][注釈 5] (前任地はベトナム)[7]
駐日スウェーデン大使ペールエリック・ヘーグベリ
駐日スウェーデン大使ペールエリック・ヘーグベリ(2019年9月29日、駐日スウェーデン大使館、アルフレッド・ノーベル講堂にて)

参考文献[編集]

  • Sverige och Japan: diplomatiska dokument från tre sekler (スウェーデンと日本:3世紀の外交文書). Stockholm: Enheten för Asien och Oceanien, Utrikesdepartementet i samarbete med Centrum för Stillahavsasienstudier, Stockholms universitet. (2019年10月4日). pp. [要ページ番号]. ISBN 91-7496-204-3  (協働事業:外務省アジア大洋州ユニット、ストックホルム大学アジア太平洋研究センター)

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 同時期に日本が西欧諸国と交わした諸条約と異なり、「~条約」ではなく「~条約書」が和文での正式名称となっている。「外交史料館 ● 企画展示 明治の条約書 ―ヨーロッパ―」[1]などを参照。
  2. ^ ナチス・ドイツによるホロコーストからのユダヤ人救出で知られるスウェーデンの外交官ラウル・グスタフ・ワレンバーグの曾祖父。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m スウェーデン語の肩書は、Ambassadör。
  4. ^ a b c d 2007年4月よりマーシャル諸島共和国とミクロネシア連邦の大使を兼務。
  5. ^ a b c d 2008年秋より駐フィリピン・スウェーデン大使から移管、パラオ共和国大使を兼ねる。

出典[編集]

  1. ^ 外交史料館 (pdf). ● 企画展示 明治の条約書 ―ヨーロッパ―. 日本国外務省. https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/gaikou/vol5/pdfs/gaikou_vol5_09.pdf. 
  2. ^ Kungl. Maj.ts Beskickningar till främmande makter.” (スウェーデン語). 2019年9月4日閲覧。 “Japan. Vården om de Förenade Rikenas diplomatiska angelägenheter är anförtrodd åt Kungl.Nederländska Beskickningen: Envoyé Eætraordinaire och Ministre Plénipotentiaire, Baron Arthur Martin Désiré Sweerts de Landas Wyborgh, f. 62; 02.
    Legationsråd, Peder Bernt Anker [se Tyska Riket], f. 63; tillf. 04.
    Militärattaché, Peter Josias Hegardt, Kapten [se 276], f. 68; 04. Marinattaché, Henry Fredrik Lindberg, Komm.Kapten [se 450], f. bO; 01.”
  3. ^ a b Edström, Vargö 2000, pp. [要ページ番号].
  4. ^ Svensson, Niklas; Lund, Lina (2012年10月21日). “Interna bråket om Tokyo-ambassaden (東京大使館をめぐる内紛)” (スウェーデン語). Expressen. http://www.expressen.se/nyheter/interna-braket-om-tokyo-ambassaden/ 2013年4月15日閲覧。 
  5. ^ a b Tokyo, Japan. Ambassadanläggning” (スウェーデン語). 国家財産庁 (2013年7月19日). 2019年10月4日閲覧。
  6. ^ a b Startsida > Embassies > 日本大使館の建築 > 大使館の建築”. 東京: スウェーデン大使館. 2020年3月27日閲覧。
  7. ^ 東京、日本のスウェーデン大使館へようこそ。> ペールエリック・ヘーグべリ大使”. スウェーデン大使館. 2020年3月27日閲覧。

外部リンク[編集]