飯村隆彦

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飯村隆彦(いいむら たかひこ、1937年2月20日- )は、映画作家。日本の実験映画の草分け的存在[1]。飯村隆彦映像研究所ディレクター。

略歴[編集]

東京都出身。慶應義塾高等学校時代に、高橋新吉萩原恭次郎ダダイスムの影響を受け、自らも詩を執筆する。慶應義塾大学法学部卒業後、日映新社にアルバイトで入り、PR映画の助監督を経験する。1962年に8ミリ映画の映画詩「くず」で注目を浴び、実験映画・個人映画作家となる。赤瀬川原平荒川修作篠原有司男中西夏之といった美術家たちと交流を持つようになり、土方巽暗黒舞踏の記録映像を撮影し始める。

1964年、石崎浩一郎大林宣彦高林陽一金坂健二佐藤重臣ドナルド・リチー足立正生らと実験映画製作上映グループ「フィルム・アンデパンダン」を結成。同年「ONAN」でブリュッセル国際実験映画祭特別賞。その後ニューヨークを拠点に活動。

1991年-2001年まで名古屋造形芸術大学造形芸術学部教授。2001年から東京工芸大学メディアアート表現学科教授[2]

受賞[編集]

  • ブラッセル国際実験映画祭・特別賞(1964) 
  • エジソン国際映画祭・グランプリ(アメリカ、1986) 
  • ニューヨーク・フェスティバル・ファイナリスト(1994) 
  • ラフ・アンド・ルインド国際映画祭(カナダ、グランプリ、1997) 
  • ニューヨークEXPO映画祭受賞(アメリカ、2001) 
  • エジソン国際映画祭受賞(アメリカ、2002) 
  • ニュー・アート・プログラム・ビエンナーレ受賞(アメリカ、2003)

著書[編集]

  • 『芸術と非芸術の間』三一書房 1970
  • 『ペーパー・フィルム』芳賀書店 1970
  • 『Yoko Ono オノ・ヨーコ人と作品』文化出版局 1985 のち講談社文庫
      • 『ヨーコ・オノ人と作品』水声社 2001   
  • 『パリ=東京映画日記』風の薔薇 1985
  • 『映像実験のために テクスト・コンセプト・パフォーマンス』青土社 1986
  • 『’80年代芸術・フィールド・ノート ニューヨークの映像、美術、パフォーマンス』朝日出版社 1988

翻訳[編集]

  • オノ・ヨーコ『ただの私』編訳 講談社 1986 のち文庫 
  • トム・ダーディス『バスター・キートン』リブロポート 1987

参考[編集]

  • デジタル版日本人名大事典:[2]

[編集]

  1. ^ 金子遊のこの人に聞きたいVol.13 飯村隆彦(映画作家)インタビュー 前編
  2. ^ 東京工芸大学:[1]

外部リンク[編集]