長後街道

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長後街道(ちょうごかいどう)は、神奈川県道22号横浜伊勢原線のバスセンター前(神奈川県横浜市戸塚区戸塚町) - 高鎌橋(藤沢市高倉)と、都市計画道路3・5・27号高倉下長後線(旧 神奈川県道22号横浜伊勢原線[1])の高鎌橋 - 長後小学校入口(藤沢市長後)までの道路区間の名称[2]。旧大山道の一つ。

概要[編集]

バスセンター前交差点付近から横浜新道戸塚支線方面(2011年10月)

長後街道として整備される前の旧道は、戸塚みち(大山道とも)や八王子街道[3]と呼ばれていた。開通当初は新道・厚木街道と呼ばれていたが、昭和50年代頃から現在の名前で呼ばれるようになった。明治から大正時代にかけて藤沢市北部・横浜市泉区瀬谷区周辺では養蚕が盛んで、長後街道周辺には製糸工場も数多くあったため、東海道の宿場であった戸塚保土ヶ谷経由で横浜港へ絹糸を運ぶための道として重要な役割を果たしていた。

バスセンター前交差点 - 高鎌橋交差点は、神奈川県道22号横浜伊勢原線主要地方道横浜伊勢原線、都市計画道路3・3・19号横浜伊勢原線)の一部となっている。横浜市泉区の主要幹線道路として位置づけられており、大規模災害時には災害対策基本法に基づき交通規制の対象となる。

かつては片側1車線で、朝は戸塚方面に向かう車、夕方は長後方面に向かう車で大変な混雑をしていたが、地下鉄開通後のバスの減少や車線の増強によって次第に緩和されていった。しかし、日産前バス停付近からアザリエ団地入口バス停付近までは片側2車線になったものの、通勤時間帯は矢沢交差点で左折して横浜新道へ入る車が大半を占めるため、戸塚駅方面へ向かう右車線を使う車は少ない。そのため、あまり改善されたとはいえない。

戸塚みち[編集]

戸塚みちは、一部区間が現存する。

  • バスセンター前交差点の北側にある清源院入口交差点を起点とし、清源院とサクラス戸塚の間を通り、矢沢交差点に至る約440メートルの区間。
  • 中田町東原交差点から左斜め前方の道に入り、神奈川トヨタ自動車中田店の裏を通って長後街道を横断し、ルームズ大正堂戸塚店の裏を通り、横浜市営地下鉄ブルーライン中田駅の先で長後街道に至るの約900メートルの区間。
  • 泉区総合庁舎東側交差点の手前の中和田村役場跡公園で左折した地点から、和泉川に至る約280メートルの区間。
  • 和泉坂上交差点の先で左前方の道に入り、上飯田けやき公園の横を通り、境川沿いの旧かまくらみちに至るまでの約400メートルの区間。なお上飯田けやき公園(旧通称 南公園)の植え込みの中に「大山道」と書かれた道路標識が立てられていたが、公園が再整備された際に撤去された。

路線データ[編集]

  • 起点: バスセンター前(神奈川県道22号横浜伊勢原線)
  • 終点: 長後小学校入口(神奈川県道42号藤沢座間厚木線)

通過する自治体[編集]

歴史[編集]

地理[編集]

起点で国道1号との交点である横浜市戸塚区のバスセンター前交差点(標高16.5メートル)から、大部分が全線4車線道路となる。バスセンター前交差点の標高は長後街道では最も低く、そこから1.3キロメートル先の標高最高地点である踊場交番前交差点(標高60.5メートル)まで登り坂が続く。踊場交番前交差点から先は泉区となり、500メートル先の中田町庚申前東側交差点(標高45.1メートル)付近までは下り坂が続く。以降は緩い上り下りを繰り返しながらも徐々に下ってゆく。和泉川を渡った直後・相鉄いずみ野線の高架直前のいずみ中央駅入口交差点(標高31.1メートル)から和泉坂上交差点(標高38.4メートル)まで上り坂となるが、再び飯田バス停付近(標高38.2m)から170m先の上飯田団地入口交差点(標高31メートル)まで下り坂となる。上飯田団地入口交差点以降はほぼ平坦となり、市境の境川 高鎌橋を渡り、高鎌橋交差点(標高28.5m)で右折して神奈川県道42号藤沢座間厚木線へ進み(直進方向は新道の高倉バイパス)、国道467号との交点で終点の長後小学校入口交差点(標高38.8m)に至る。

なおバスセンター前交差点から立場交差点までの区間では、道路の直下に横浜市営地下鉄ブルーラインの線路がある。

交差する道路[編集]

参考文献[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 高倉バイパス開通に伴いバイパスも横浜伊勢原線に指定されたため(平成2年神奈川県告示第416号)、1992年9月8日に旧道部分は横浜伊勢原線の指定が解除された(平成4年神奈川県告示)。
  2. ^ 日本道路交通情報センターの交通情報では、神奈川県道22号横浜伊勢原線の横浜市戸塚区の戸塚バスセンター前交差点以西を長後街道と認識しており、海老名市門沢橋付近が混雑した場合に「長後街道の門沢橋で流れが悪くなっています。」などと言っている。
  3. ^ 地図上の表記より。 「仮製三千分一地形図第百十号「戸塚」」『横浜市三千分一地形図(昭和初期)』、横浜市土木局、1946年10月
  4. ^ その後、神奈川中央交通の前身の1つの鶴屋自動車会社に吸収合併。
  5. ^ 平成18年度道路局予算案記者会見資料 「〈参考〉街道名とその由来について」 - 横浜市道路局 2006年1月27日
  6. ^ 同行した外国人記者がマッカーサーらの移動風景を記録映像として残しており、DVD「映像の世紀 第11集 JAPAN 世界が見た明治・大正・昭和」(制作:NHKABC 発売:NHKエンタープライズ)等で、長後街道と思われる道路で休憩する模様の一部を見ることができる。

関連項目[編集]