谷口誠治

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たにぐち せいじ
谷口 誠治
生誕 (1959-07-10) 1959年7月10日(58歳)
日本の旗 日本大阪府吹田市
住居 日本の旗 日本
職業 実業家
演出家
芸能プロモーター
プロデューサー
団体 フォーチュンエンターテイメント
公式サイト http://www.ndp.jp/

谷口 誠治(たにぐち せいじ、1959年7月10日 - )は、実業家演出家芸能プロモーター。フォーチュンエンターテイメント代表取締役社長。BOYS AND MENプロデューサー。

大阪府吹田市生まれ。血液型A型

略歴[編集]

  • 1972年:大阪商業大学高等学校 入学
  • 1975年:甲子園大学栄養学部 入学
  • 大阪の大学に通っていた時にローラースケートブームが起こり、知人のスケート場をプロデュースしてヒット。ローラースケートリンク3ヵ所をオープン。マネージメントをする傍ら、プロスケーターとしてテレビイベントに出演。
  • 両親が公務員だったため、大阪府吹田市役所に地方公務員として就職。
  • 「世界で通用する人間になりたい!」と自らの夢を実現させるため市役所を辞めて上京。 NHKドキュメンタリー番組に取り上げれレギュラー番組を持つ。
  • テレビ、CM映画雑誌、イベントなど国内で活動した後、ミュージカル「スターライトエクスプレス」の世界ツアーオーディションを受けて合格。ロンドンへ渡り世界ツアーに出演。
  • 日本に戻り数々のショー演出を手掛ける。
  • 1989年:有限会社オフィスアールディー設立
    • イベント・ステージ・ショー演出、制作を開始
    • ミュージカル”スターライトエクスプレス” 日本全国ツアー公演の演出
    • ANBアイドル共和国(西武園ゆうえんち)の演出
    • ミュージカル “明日を見つめて”(主演・菅野美穂)をプロデュース
    • ショーやミュージカルの演出・プロデュースを多数手掛ける。
  • 1992年:株式会社タニプロモーション設立
    • 芸能プロダクション開始
    • 菅野美穂を発掘育成の第一号としてプロデュース・マネージメント。日本を代表する女優にする。
    • 菅野写真集「NUDITY」をプロデュース。
  • 1995年12月:株式会社フリップアップ設立
  • 1998年8月:株式会社フォーチュン設立
  • 2009年に仕事で名古屋に来たときに、東京大阪に次ぐ大都市でありながら芸能に関しては手付かずの状態で、男性タレントが少ないことにチャンスを感じ、名古屋で男性アイドルグループを作ることを決意。スポンサーが見つからなかったことから、メ~テレの放送枠を自費で購入し、「IKEMEN☆NAGOYA』(イケメン・ナゴヤ)」というオーディション番組を放送。
  • 2010年:NAGOYA DREAM PROJECT 事業を開始(2012年本社移転)
  • 2010年11月:旗揚げミュージカル公演『ストレートドライブ!』をスタート。
  • 2011年8月:第2弾ミュージカル『ホワイト☆タイツ』をスタート。この物語内に描かれた「ヤンキー」というキャラクター設定の下でBOYS AND MENの活動を展開させる。
  • 2015年2月:プロデュースするBOYS AND MENが、日本ガイシホールで1万人規模のワンマン・ライブを開催。BOYS AND MENメジャー・デビューが発表。
  • 2016年1月:プロデュースするBOYS AND MENが、15thシングル「BOYMEN NINJA」が初のオリコンチャート首位を獲得。2月リリースの16thシングル「Wanna be!」も首位を獲得。
  • 2016年10月:インラインスケートで東京~名古屋360キロをBOYS AND MEN映画の宣伝のために走破(メンバーには事前告知なし)。
  • 2016年12月:プロデュースするBOYS AND MENが第58回日本レコード大賞において新人賞を受賞。
  • 2017年1月:プロデュースするBOYS AND MENが日本武道館で初のワンマン・ライブ。

人物[編集]

  • 好きな言葉は「ピンチはチャンス」「人生は勝負」「一人立つ精神」「有言実行」。自身の著書のタイトルにあるように「夢は叶えるもの」。
  • 100年続く宝塚歌劇団が目標。大阪に住んでいた高校時代、距離が離れた兵庫県にわざわざ足を運びたくなるコンテンツを見て、名古屋にだって全国から来てくれると信じている。
  • エンタメに興味をもつキッカケは小学時代にテレビでよく見た藤山寛美
  • 高校時代はラグビー部。家に帰ってヤングタウンオールナイトニッポンの投稿ハガキ職人。
  • 人見知りの性格で小中高時代の友達はゼロ。モテるために20才からローラースケートを始める。キッカケは豊中市にローラースケートを映画にした「ローラー・ブギ」の宣伝のため出演者が来日していたことから。
  • 大学を中退して公務員に就職するかたわら、ローラースケート場がオープンしたことをキッカケにプロデュースに関わる。グループを作ったりイベントを仕掛けて成功。
  • 公務員を辞めて原宿の歩行者天国でパフォーマンスを定期的に行う。27才のときに東京でローラースケートの事務所を立ち上げる。
  • アイドルをはじめるキッカケは1989年にテレビ朝日で放送が開始されたアイドル共和国。当時西武園ゆうえんちとコラボした番組で。谷口はイベントステージを担当。そこからローラースケートチーム「レッドドルフィンズ」を輩出。
  • 群馬県のカラオケ店からCMを作りたいとオファーがあり。女の子オーディションを開催。グランプリ受賞がデビュー前の菅野美穂。菅野美穂のために芸能プロダクション「タニプロモーション」を作ることを決意。社名は菅野美穂の案を採用。
  • 菅野美穂がテレビ朝日の番組企画・桜っ子クラブに合格したことで芸能をゼロから勉強。
  • 1997年に写真集『NUDITY』を出してからタレントにしがみついていると思われている自分が嫌で事務所を手放す。その間、心臓を患い1年間入退院を繰り返す。完治まで2年かかった。
  • マジックが特技だったことから言葉を使わずに世界へ発信できるイリュージョングループ「プリマベーラ 」をプロデュース。名古屋のプロモーションの一環として男版宝塚を作ったのがBOYS AND MENの始まりとなった。

プロデュース[編集]

アーティスト[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

ミュージカル[編集]

書籍[編集]

出演[編集]

テレビ[編集]

雑誌[編集]

ウェブ[編集]

  • THE PAGE(2015年6月20日) - トークイベント・ボイメン仕掛け人語る「名古屋の未来」[5]
  • マイナビ(2016年1月20日) - 地方発の企業は、アジアを目指した方がいい - 「ボイメン」社長の語る展望とは[6]
  • Real Sound(2016年7月6日) - BOYS AND MEN,“ご当地アイドル”にとどまらない新たな活躍スタイルを生み出せるか?[7]
  • 東京スポーツ(2017年3月2日) - 「ボイメン」を注目株にまで育て上げた男の正体[8]
  • WWSチャンネル(2017年4月10日) - BOYS AND MEN事務所に潜入取材~売れた秘密が見えてきた!『育ての親・谷口社長に突撃インタビュー[9]

参考文献[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]