西郷吉二郎

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西郷 吉二郎(さいごう きちじろう、天保4年(1833年) - 慶応4年8月14日1868年9月29日))は、幕末に活躍した薩摩藩士で、西郷吉兵衛の次男。西郷隆盛の弟。隆広幼名は金次郎。吉二郎は通称

来歴[編集]

親族[編集]

  • 父:西郷吉兵衛
  • 母:満佐
  • 妻:マス(有馬九之丞の娘。慶応元年10月16日死去。法名は玉質貞艶大姉。西郷小兵衛妻とは別人)
  • 後妻:園(仁礼平蔵の妹)。
  • 子女:1男1女(ミツ《足立幾彦の妻、母は有馬氏》、西郷隆準《父を家祖として明治3年閏10月14日に西郷隆盛家より分家す。幼名勇袈裟。母は有馬氏》)

余談[編集]

  • 吉二郎は兄の隆盛が沖永良部島流刑中に、沖永良部島の土持政照に手紙を送っており、山田尚二著「西郷吉二郎の、土持政照あて書間」(「敬天愛人」別刷)に掲載された。
  • 吉二郎は江戸に滞在することの多い兄に代わり、西郷家の家政を取り仕切っていたという。兄の名代で藩の記録所に「差出」を提出したりした。
  • 文久2年(1862年)、隆盛が2回目に配流された沖永良部島は終身流刑地で、配流時には知行や家財が没収されたという。西郷家も例外ではなかったが、石高41石余りはこの時までに処分済みだったので影響しなかったという。むしろ、この件で吉二郎をはじめとする兄弟全員が失職したことのほうが響いたという。
  • 隆盛は常に「自分が国家の為、聊かご奉公が出来たのは、吉二郎が自分に代わって兄たる責務を果たしてくれたからの事で、自分は年齢の上からの兄で、実際の兄は吉二郎だ」と述懐していたという。

登場作品[編集]

テレビドラマ

脚注[編集]

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  1. ^ 戊辰戦争役記念碑”. 三条市. 2013年5月19日閲覧。

参考文献[編集]

  • 宮下満郎「西郷家系図の紹介」(「敬天愛人」第23号別刷、西郷南州顕彰会が出版)、鹿児島県立図書館
  • 「角川日本姓氏歴史人物大辞典49 鹿児島県姓氏家系大辞典」
  • 宮下満郎「庄内と薩摩」(「敬天愛人」第14号別刷、西郷南州顕彰会)
  • 山田尚二「詳説西郷隆盛年譜」(「敬天愛人」第10号特別版別刷、西郷南州顕彰会)
  • 小笠原長生「聖将東郷全傳」
  • 西郷従徳「西郷吉二郎大人」鹿児島県立図書館蔵