粟皇子神社

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粟皇子神社
Awamiko-jinja 01.jpg
所在地 三重県伊勢市二見町松下鳥取1687-2
位置 北緯34度29分47.4秒
東経136度48分55.4秒
座標: 北緯34度29分47.4秒 東経136度48分55.4秒
主祭神 須佐乃乎命御玉道主命
社格 式内社(小)
皇大神宮摂社
創建 延長5年(927年)以前
本殿の様式 神明造
主な神事 神嘗祭
地図
粟皇子神社の位置(三重県内)
粟皇子神社
粟皇子神社
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粟皇子神社(あわみこじんじゃ)は、伊勢神宮皇大神宮(内宮)の摂社。内宮の摂社27社のうち第19位である[1]

景勝地・池の浦に臨むに鎮座し、祭神海岸守護神とされる[2]

概要[編集]

三重県伊勢市二見町松下鳥取(とりとり)1687-2に鎮座する[3]。池の浦海水浴場に近接し[4]、伊勢神宮を構成する125社のうち最も海岸に近い地にある[3]。社地の面積は4畝7歩(≒419.8m2[5]

祭神は須佐乃乎命御玉道主命(すさのおのみことのみたまのみちぬしのみこと)[6]天照大御神須佐乃乎命(すさのおのみこと)とのうけいによって誕生した女神で、海岸鎮守のである[6]。別名を淡海子神(あわみこのかみ)と称する[6][4]。その女神とは記紀によれば本来、宗像三女神の事であるが、諸説ある。

歴史[編集]

伊勢神宮の摂社の定義より『延喜式神名帳』成立、すなわち延長5年(927年)以前に創建された[7]。『倭姫命世記』によれば、倭姫命志摩国を巡幸した帰路にて池の浦に達し、そこで御贄を奉った神に淡海子神と名付け、粟皇子神社を定めたという[6]。当初、池の浦に浮かぶ中之島に鎮座していたが、祭祀が断絶し、元禄5年(1692年)の再興時に中之島を望む鳥取海岸に移動した[3]正徳2年(1712年)、高波で被害を受けたため、現社地に移転する[3]

社殿は1908年(明治41年)4月に建て替えが行われた[5]

交通[編集]

粟皇子神社はホテル「旅荘 海の蝶」の敷地内にあり、ホテルのフロントで一声かけると、敷地内を通って神社へ行くことができる[8]。ホテルから神社までは案内看板が整備されている[9]

JR参宮線松下駅から徒歩で訪れる場合、駅前の林道に沿って20分ほど歩き、突き当たると堤防があり、(池の浦)が広がる[10]。この道には途中沼地があるため、自転車では利用できない[8]。突き当たりから海岸線に沿って進むと粟皇子神社に達する[7]。距離的には松下駅より池の浦シーサイド駅の方が近いが、同駅は臨時駅のため、営業日に注意が必要である。三重交通バス池の浦バス停から行く場合、徒歩約40分である[9]

自家用車利用の場合、伊勢二見鳥羽ライン鳥羽ICより国道42号を経由、約10分(約2.2km)である。自動車で行けるのはホテルまでで、神社前に乗り入れることはできない[11]

脚注[編集]

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  1. ^ 宇治山田市役所 編(1929):9 - 11ページ
  2. ^ 伊勢文化舎 編(2008):98 - 99ページ
  3. ^ a b c d 辰巳出版(2013):76ページ
  4. ^ a b 学研パブリシング(2013):71ページ
  5. ^ a b 宇治山田市役所 編(1929):11ページ
  6. ^ a b c d 伊勢文化舎 編(2008):99ページ
  7. ^ a b 伊勢文化舎 編(2008):22ページ
  8. ^ a b コース05 二見ルート〜禊と塩のまち二見の神社・夫婦岩・蘇民の森〜”. 伊勢市観光協会. 2013年10月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月15日閲覧。
  9. ^ a b PV連絡会 (2012年8月21日). “伊勢志摩国立公園パークボランティアによる自然歩道の調査”. 横山ビジターセンター. 2014年3月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月15日閲覧。
  10. ^ 伊勢文化舎 編(2008):96, 98ページ
  11. ^ 伊勢志摩にある旅荘 海の蝶を散策する”. 旅荘 海の蝶. 2013年8月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年3月15日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

画像外部リンク
粟皇子神社