稲嶺誉

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稲嶺 誉
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 沖縄県糸満市[1]
生年月日 (1980-10-21) 1980年10月21日(38歳)
身長
体重
166 cm
65 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 二塁手三塁手遊撃手
プロ入り 2002年 ドラフト8巡目
初出場 2003年10月3日
最終出場 2007年5月13日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴

稲嶺 誉(いなみね ほまれ、1980年10月21日 - )は、沖縄県糸満市出身[1]の元プロ野球選手内野手、右投左打)、コーチ。現在は福岡ソフトバンクホークススカウトを務めている。元横浜ベイスターズ稲嶺茂夫とは従兄にあたる[1]

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

沖縄水産高では1番ショートとして後にホークスでもチームメイトとなった新垣渚とともにプレー[1]。3年生の時に第70回選抜高等学校野球大会第80回全国高等学校野球選手権大会に連続して出場[1]

高校卒業後は北海道網走市に所在する東京農大生産学部に進み、1年生からレギュラーとして活躍。全日本大学選手権に4度出場した。道六大学リーグでは首位打者3回、ベストナイン6回。大学通算打率.385、通算40盗塁。大学の同期に小森孝憲がいる。大学の卒業論文のテーマは『ガチョウの研究』であった。

2002年のドラフト8巡目で福岡ダイエーホークスに入団[1]

プロ入り後[編集]

2003年は、ルーキーながら同年の日本シリーズにも出場した。

元々左打ちだったが、2005年両打ちに挑戦、しかし2006年からは再び左打ちに専念した。

2006年はシーズン打率.196ながら西武とのプレーオフでは1回戦で1-0の9回表に、3回戦でも1-0の7回表2死二、三塁のチャンスで代打に登場。1回戦は凡退したが、3回戦では同点適時打を放った。巨人小笠原道大とは「顔が似ている」という理由で交流があり、2005年のオフには福岡県八女市で合同自主トレを行った。

守備では、主に二塁遊撃三塁を守ったが、2006年の秋季キャンプでは外野も練習していた。

2007年10月に戦力外通告を受ける。

引退後[編集]

2007年12月、四国・九州アイランドリーグ福岡レッドワーブラーズのコーチに就任し、2008年の1シーズン務めた。

2009年1月からは、古巣福岡ソフトバンクホークスのファームスタッフに就任。その後2軍マネージャーを務めた。2014年からは二軍内野守備・走塁コーチ、翌2015年からは三軍内野守備・走塁コーチを務める[2]2016年からはスカウトを務める[3]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2003 ダイエー
ソフトバンク
2 8 8 2 2 0 0 0 2 0 1 0 0 0 0 0 0 3 0 .250 .250 .250 .500
2004 13 26 24 2 3 1 0 0 4 1 0 0 2 0 0 0 0 12 0 .125 .125 .167 .292
2005 41 54 45 9 10 4 1 0 16 4 5 1 3 1 5 1 0 10 0 .222 .294 .356 .650
2006 26 65 56 4 11 2 2 0 17 4 1 1 3 1 4 0 0 11 1 .196 .246 .304 .550
2007 10 10 9 0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 0 0 0 0 3 0 .000 .000 .000 .000
通算:5年 92 163 142 17 26 7 3 0 39 9 8 2 9 2 9 1 0 39 1 .183 .227 .275 .502
  • ダイエー(福岡ダイエーホークス)は、2005年にソフトバンク(福岡ソフトバンクホークス)に球団名を変更

記録[編集]

背番号[編集]

  • 60 (2003年 - 2007年)
  • 79 (2014年 - 2015年)

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、59ページ
  2. ^ 二軍監督及びコーチ人事について福岡ソフトバンクホークス公式サイト2013年10月28日配信
  3. ^ コーチの退団について福岡ソフトバンクホークス公式サイト2015年11月3日配信

関連項目[編集]

外部リンク[編集]