町田紀彦

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町田 紀彦
生誕 (1976-08-08) 1976年8月8日(41歳)
出身地 日本の旗 日本 北海道札幌市
ジャンル J-POP
職業 音楽プロデューサー
作詞家
作曲家
活動期間 1999年 - 2005年
事務所 元、ランタイムミュージックエンタテインメント
公式サイト Blog

町田 紀彦(まちだ のりひこ(本名同じ)、1976年8月8日 - )は、札幌市出身の音楽プロデューサーランタイムミュージックエンタテインメントの運営する芸能スクール「スタジオランタイム」(現、ランタイム・ミュージック・アカデミー)に所属していたときには、ZONEのプロデュースや数多くの楽曲提供をしていたため、育ての親ともいえる存在である。

人物像[編集]

ランタイムミュージックエンタテインメント所属時は時の橋下徹のような風貌で、茶髪でカラーレンズの眼鏡をかけていた。

  • ZONEのメンバーは彼の第一印象をこう語った。

来歴[編集]

1976年8月8日に札幌に生まれる。

小学生の頃はバスケットボールしかやっておらず、音楽は嫌いであった。 ただ、3歳年上の姉がエレクトーンを習っており、中学に上がる頃それをいたずらしたのが最初の音楽体験で、ここから興味を持ち始め、それから姉のCDカセットテープを聴き始めた。最初に影響を受けたのは小室哲哉で、そのスタイルに惹かれたらしい。

キーボードは独学で、姉の自動伴奏付きのオルガンドラムまで含めて、すべての音を自分一人で演奏できるが、音楽理論についてはほとんど知らない。

20歳でランタイムミュージックエンタテインメントに入社。23歳でZONEのインディーズ曲「believe in love」を手掛けて以来、ランタイム専属コンポーザーとして活躍。

スタジオランタイムの生徒のために「secret base 〜君がくれたもの〜」を作詞・作曲する[1][2]2001年8月8日にはZONEのシングルとしてリリースされ[3]、後々週を重ねるごとにランクアップし、オリコンチャート最高2位を記録した[4]。その他、多くの楽曲をZONEへ提供およびプロデュースしていった。

28~29歳のとき、ZONEの解散とほぼ同時期の2005年頃にランタイムを退社。その後は特に目立った活動は行っていないようである[5]

2009年度に大学に入学した事をブログにて発表。以降のブログは、大学生活に関する記事が主になっている。 2013年にはその大学を卒業した。

脚注[編集]

  1. ^ secret base 〜君がくれたもの〜」は、町田自身が少年時代に親友が転校してしまったという経験があり、それが元となっている。
  2. ^ 当初はZONEのためだけに作った曲ではなく、生徒の多くが歌っていた曲のようである。
  3. ^ 自身の誕生日と同日にリリースされた。
  4. ^ 2007年の9月の時点で、彼の作品の中では最高記録。
  5. ^ 退社後は公式ブログを立ち上げ、最近の心境を随時アップしている。

外部リンク[編集]