田崎真也

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田崎 眞也(たさき しんや、1958年3月21日 - )は、日本ソムリエワインタレント料理評論家。有限会社サンティール代表取締役社長、有限会社インターソムリエ代表取締役社長、有限会社エルミタージュ代表取締役社長、日本ソムリエ協会会長、一般社団法人全日本・食学会理事[1]。報道などでは新字体田崎 真也(たさき しんや)と表記されることもある。

略歴[編集]

東京都渋谷区に生まれるも、間もなくして神奈川県相模原市へ移る。幾徳工業高等専門学校を中退後、レストランでウェイターの仕事を行っている中でワインの世界に触れ感化される[2]。その後1977年、本場フランスに渡り、ブルゴーニュ地方やボルドー地方のワイン蔵元を訪ね歩く[2]。一度帰国してから再度フランスに渡り、アカデミー・ドュ・ヴァン(ワイン・アカデミー)を卒業する[2]

1980年に帰国後、1983年に第3回全国ソムリエ最高技術賞コンクールで優勝する[2]。1995年に第8回世界最優秀ソムリエコンクールに、日本人として初の優勝を遂げる[2]。この快挙も相まって、日本のワインブームの立役者となる。有限会社サンティール、有限会社インターソムリエ、有限会社エルミタージュ、ヴィノテーク(ワイン雑誌)の各代表取締役社長を務める。田崎真也ワインサロン(東京・愛宕山[3]主宰。また、レストランS、ワインバーカノン、焼酎居酒屋 眞平をプロデュースする。長野県原産地呼称管理制度ワイン官能審査委員長を務める。

2010年10月から2017年6月まで、国際ソムリエ協会の会長を務める。2016年2月には、日本ソムリエ協会の会長に就任する[4]

人物[編集]

カレーライスは嫌いではないものの、ワインのテイスティングの際に舌に違和感を生じる恐れがあることなどから、絶対に仕事の最中には食べないようにしているという[5]

本名は「田崎眞也」[6]であり旧字体の「眞」と表記するのが正しいが、マスメディアに登場する際は新字体の「真」と表記されることが多い[7]

魚釣りが趣味で、静岡県熱海市にマンションを購入し、時間をみては船釣りに出かけている。奄美大島(鹿児島県)にクエ狙いで遠征することもある[8]

経歴[編集]

  • 相模原市立大野南中学校卒業。
  • 幾徳工業高等専門学校(現・神奈川工科大学)で電子科に所属するも中退。
  • 銀座のレストラン「ローマイヤ」勤務中にソムリエへの道を志す。
  • 1977年、初めての渡仏。以降も渡仏を繰り返し、パリのアカデミー・デュ・ワイン(ソムリエ・コース)を日本人で初めて卒業。
  • 1998年10月 『料理の鉄人』でイタリアンの鉄人神戸勝彦に勝利。
  • 2000年5月1日 NTTドコモiモード『田崎真也のワイン館』開設。
  • 2005年2月25日 日本ソムリエ協会の副会長に就任。
  • 2010年11月23日 国際ソムリエ協会の会長に就任。

賞歴[編集]

  • 1983年 日本における、全国ソムリエ最高技術章コンクールに優勝。
  • 1995年5月 第8回世界最優秀ソムリエコンクール優勝。

栄典[編集]

出演[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 組織概要”. 一般社団法人 全日本・食学会. 2020年8月19日閲覧。
  2. ^ a b c d e 立花隆 『青春漂流』 講談社、1998年6月、177-196頁。 
  3. ^ 田崎真也ワインサロン”. 2020年8月19日閲覧。
  4. ^ プロフィール”. 田崎真也オフィシャルサイト. 株式会社サンティール. 2020年8月19日閲覧。
  5. ^ マドラ出版『広告批評』1983年6月号の裏表紙『AGFマキシム』の広告より
  6. ^ a b “平成23年春の褒章受章者について” (プレスリリース), 大臣官房人事課, (2011年6月15日), https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001ezud.html 2020年8月19日閲覧。 
  7. ^ 紫綬褒章に野田秀樹さん、柄本明さんら”. 日テレNEWS24. 日本テレビ (2011年6月15日). 2020年8月19日閲覧。
  8. ^ 『日本経済新聞』朝刊2018年9月23日掲載のインタビューより(NIKKEI The STYLE)。

外部リンク[編集]