牡丹郷

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屏東県の旗 屏東県 牡丹郷
別称: -
Alangyi Trail,taken by cjc tw.jpg
観音鼻付近から望む北側の海岸
地理
Heitou botankyou.svg
位置 北緯--°--'
東経--°--'
面積: 181.8366 km²
各種表記
繁体字: 牡丹郷
日本語読み: ぼたん
漢語: Mŭdān
通用: -
注音符号: ㄇㄨˇ ㄉㄢ
片仮名転写: ムーダン
行政
行政区分:
上位行政区画: 屏東県の旗 屏東県
下位行政区画: 6村56鄰
政府所在地: -
牡丹郷長: 陳英銘
公式サイト: 牡丹郷公所
情報
総人口: 4,877 人(2014年11月)
戸数: 1,862 戸(2014年11月)
郵便番号: 945
市外局番: 08
牡丹郷の木: -
牡丹郷の花: -
牡丹郷の鳥: -
車城郷県道199号上から望む四重渓の景色。奥の狭い谷の向こう側は牡丹郷

牡丹郷(ぼたんきょう)は台湾屏東県1874年に発生した牡丹社事件の舞台である。

地理[編集]

牡丹郷は屏東県南東端に位置し、北は獅子郷台東県達仁郷と、西は車城郷と、南は満州郷とそれぞれ接し、東は太平洋に面している。恒春半島中央山脈末端に位置し山地が多くを占める地勢であり、郷内は牡丹渓女仍(ニイナイ)渓竹社渓などが流れている。毎年10月から翌年2月にかけて強い颪が吹くのが特徴である。住民はパイワン族が多数を占め、その他アミ族が居住している。

歴史[編集]

牡丹郷は古くはパイワン族牡丹社、高士佛社の居住地であった。1874年、この地に漂着した琉球漁民が原住民により殺害されるという牡丹社事件が発生し、台湾出兵へと繋がった。この事件以降、清朝は恒春半島及び台湾後山地区の統治に力を注ぐ結果を生んだ。日本統治時代はこの地に加芝莱(カチライ)、牡丹、高士佛(クスクス)、牡丹湾、八瑤、四林格(シラケー)の6社を設置し行政管理を行なった。1920年の台湾地方制度改制により高雄州恒春郡の管轄とされた。戦後は「牡丹社」の名称と、ボタンが特産品であったことから「牡丹郷」と命名され、高雄県牡丹郷が設置された。1950年に屏東県の帰属となり現在に至っている。

経済[編集]

行政区[編集]

歴代郷長[編集]

氏名 着任日 退任日

教育[編集]

国民中学[編集]

国民小学[編集]


交通[編集]

種別 路線名称 その他
省道 台26線

観光[編集]

旭海村付近を通る阿朗壱古道

外部リンク[編集]