烏賀陽弘道

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烏賀陽弘道
生誕 (1963-01-08) 1963年1月8日(56歳)
日本の旗 日本京都府京都市
教育 京都市立第二衣笠小学校→京都市立金閣小学校
同志社中学校・高等学校
京都大学経済学部
コロンビア大学国際・公共政策大学院
職業 ジャーナリスト
音楽評論家
代表経歴 朝日新聞社社員(1986年 - 2003年)
家族烏賀陽正弘(著述家)
公式サイト http://ugaya.com/ うがやジャーナル

烏賀陽 弘道(うがや ひろみち、1963年1月8日 - )は、日本著述家[1]ジャーナリスト音楽評論家。元朝日新聞記者。

経歴[編集]

京都府京都市出身。父は著述家・烏賀陽正弘

1969年、京都市立第二衣笠小学校(1972年より京都市立金閣小学校)入学[2]。景品のラジオで深夜放送を聞きポピュラー音楽に触れる[2]

1975年、同志社中学校入学。文章を書くことが好きになる。本多勝一立花隆柳田邦男らの著作を愛読[2][3]

1978年、同志社高等学校入学。パンクロックに傾倒し、ベースギターを弾き始める[2]

1982年、京都大学経済学部入学。在学中は「世界経済論」を専攻する一方で、活発にバンド活動を行う[2]

1986年、朝日新聞社入社。入社後は、三重県津支局、愛知県岡崎支局、名古屋本社社会部で事件記者を5年経験。記者として初めて書いた記事は交通遺児募金についての警察発表[4]。この時期に記者として基本的な能力である、記事の元となる素材を検証する能力[5][6]を身につけた。1986年4月、三重県津支局に配属。記者としての基本を学ぶ[2][7]。1988年、愛知県岡崎支局に転勤。東京本社リクルート事件の取材に関わる[2][8]。1989年、名古屋本社社会部に転勤[2][9]

1991年から2001年まで、週刊誌『AERA』の編集部で記者を務める。『AERA』では音楽・文化を担当。作家になる前の町田康[10]を表紙にし、新人だった鳥肌実[11]を取り上げた[12]。最初に書いた音楽記事はロバート・ジョンソンについてのもの[13]チェルシー・ホテルについてのルポ[14]を書いたとき、記者としてやっていく自信を持てたという[15]。大手メディアが扱わなかったセックス産業のルポ[16]、変装して潜入取材したドラッグ売買のルポ[17]は海外メディアから注目された[18]。1992年から1994年まで休職し、無給のままコロンビア大学国際公共政策大学院(SIPA:the School of International and Public Affairs)に自費留学した。その動機は、核戦略について本格的に学ぶためであった[19]。軍事研究・安全保障論を専攻。留学中は、1日に使える予算は5ドル程度で経済的に苦労した[2][20][21][22]。1995年は、ジャーナリストとして重要な取材を行った[23]デイヴィッド・ハルバースタムとの対話は、大きな影響を与えた[4][24]。1996年のアメリカ大統領選挙では、半年間全米各地を取材している[25]。1998年から1999年は『AERA』ニューヨーク駐在記者を務める[26]。1997年、当時まだ無名だった村治佳織を『AERA』誌上で取り上げようとデスクに持ちかけたが、却下されたという。その後、1999年になって村治が他誌で取り上げられるようになると、ようやくデスクは村治を『AERA』でも扱うようになった[27]

2001年3月、パソコン入門誌『ぱそ』編集部へ。当時パソコンについてよく知らなかったため、この異動に驚いたという。まついなつきの連載漫画(のちに『まついなつきのパソコンこんなんできまっせ』として単行本化)を担当し、作品内にも担当編集者として登場していた。2001年5月、編集長の三浦賢一が自殺した。自殺後に緘口令が敷かれたが、社内の人間が一切自殺について会話をしなかったことに驚いたという[27][28][29][30]

2001年11月、出版企画室へ異動。体調を崩し1年ほど自宅療養[2]

2003年、40歳で「早期定年退職」制度を使って退社。その後はフリーのジャーナリスト、評論家として活動。

AFPBBニュースで「烏賀陽(うがや)弘道の音楽コラム」を連載していたが、2006年6月8日、主に原稿料の額の少なさを理由として3か月の連載契約を更新せず終了する[31]

主な出来事[編集]

オリコン・烏賀陽裁判[編集]

インフォバーンが発行する月刊誌『サイゾー』2006年4月号に掲載された記事をめぐり、オリコン株式会社と烏賀陽との間で争われた。

著書[編集]

単著[編集]

共著[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 退社後、これから何がやりたいのか?ウェイバックマシン、2009年4月14日) - http://ugaya.com/column/taisha_plan.html
  2. ^ a b c d e f g h i j (プロフィール)ウェイバックマシン、2010年1月29日) - http://ugaya.com/prof/ugaya.html
  3. ^ 35.8歳の時間・烏賀陽弘道 bizmakoto.jp
  4. ^ a b 隔週連載コラム「ずぼらの馬鹿力」No.001「僕が初めて書いた記事」ウェイバックマシン、2010年1月29日) - http://ugaya.com/column/column_1.html
  5. ^ なぜ朝日新聞社を辞めたのか?その1ウェイバックマシン、2010年1月29日) - http://ugaya.com/column/taisha1.html
  6. ^ みなさん、さようなら。ブログ連載から降ります。 www.actiblog.com
  7. ^ 35.8歳の時間・烏賀陽弘道 bizmakoto.jp
  8. ^ 26歳、リクルート事件取材班のメンバーに bizmakoto.jp
  9. ^ 会社はいつでも辞められる理論 bizmakoto.jp
  10. ^ 町田康ウェイバックマシン、2009年8月14日) - http://ugaya.com/private/music_j2.html
  11. ^ とんでも芸人は笑いのパンクウェイバックマシン、2008年10月13日) - http://ugaya.com/private/repo_1.html
  12. ^ 14年経って予想通り鳥肌実は生き残った gayaclipping.blog.so-net.ne.jp
  13. ^ ロバート・ジョンソンウェイバックマシン、2009年8月14日) - http://ugaya.com/private/music_6.html
  14. ^ NY芸術家の安息の家・チェルシーホテルウェイバックマシン、2011年8月12日) - http://ugaya.com/private/music_15.html
  15. ^ GQ MEN たちの35歳の疑問にこたえる ugayaclipping.blog.so-net.ne.jp
  16. ^ セックス産業ルポ・東京は世界一のセックス都市ウェイバックマシン、2009年5月4日) - http://ugaya.com/private/repo_2.html
  17. ^ ドラッグシティTOKYOウェイバックマシン、2008年10月13日) - http://ugaya.com/private/repo_31.html
  18. ^ 会社はいつでも辞められる理論 bizmakoto.jp
  19. ^ 「グロテスクな平和」~核兵器は存在自体が「悪」なのか?ウェイバックマシン、2008年10月13日) - http://ugaya.com/column/column_7.html
  20. ^ 4年前に別れた女との再会ウェイバックマシン、2008年10月13日) - http://ugaya.com/column/column_8.html
  21. ^ 地獄の台所からの食いものだよりウェイバックマシン、2008年10月13日) - http://ugaya.com/column/column_16.html
  22. ^ GQ MEN たちの35歳の疑問にこたえる ugayaclipping.blog.so-net.ne.jp
  23. ^ 頼れるどころか、もはや「有害」な日本の震災報道 jbpress.ismedia.jp
  24. ^ ハルバースタムが死んだ ugayaclipping.blog.so-net.ne.jp
  25. ^ 「史上最低の大統領選」と呼ばれた96年アメリカ大統領選挙を1年追ったルポウェイバックマシン、2009年3月13日) - http://ugaya.com/private/elect_i.html
  26. ^ 35~36歳のとき、念願の海外勤務bizmakoto.jp
  27. ^ a b なぜ朝日新聞社を辞めたのか?その2ウェイバックマシン、2009年5月17日) - http://ugaya.com/column/taisha2.html
  28. ^ アジアネットワーク研究所 iznewsハイライト Subject: [iznews 三浦さんの訃報ですMay 2001] www.anr.org
  29. ^ 『ASAHIパソコン』休刊 - サイバー閑話 www.cyber-literacy.com ASAHIパソコンを三浦賢一とともに創刊した矢野直明のblog
  30. ^ 2006年3月Ⅰ日(水) 『ASAHIパソコン』最終号 - 松永俊男のホームページ www.andrew.ac.jp
  31. ^ みなさん、さようなら。ブログ連載から降ります。 烏賀陽(うがや)弘道の音楽コラム

外部リンク[編集]