斎藤陽介

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斎藤 陽介 Football pictogram.svg
名前
愛称 ピアノマン、ヨースケ
カタカナ サイトウ ヨウスケ
ラテン文字 SAITO Yosuke
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1988-04-07) 1988年4月7日(28歳)
出身地 東京都世田谷区
身長 174cm
体重 68kg
選手情報
在籍チーム ラトビアの旗 リガFC
ポジション FW
背番号 99
利き足 右足
ユース
2004–2006 日本の旗 横浜F・マリノス
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2007-2010 日本の旗 横浜F・マリノス 12 (0)
2010 日本の旗 ツエーゲン金沢 (loan) 0 (0)
2011 シンガポールの旗 アルビレックス新潟・S 26 (8)
2012 ラトビアの旗 グルベネ 14 (9)
2012 ラトビアの旗 ヴェンツピルス 17 (6)
2013-2014 ロシアの旗 ウファ 10 (1)
2014 ベラルーシの旗 スウツク 17 (7)
2016- ラトビアの旗 リガ 12 (5)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年12月7日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

斎藤 陽介(さいとう ようすけ、1988年4月7日 - )は、東京都世田谷区出身のサッカー選手リガFC所属。ポジションはフォワード

来歴[編集]

1988年、東京都世田谷区で生まれ、小学1年の時に太子堂サッカークラブに入団して6年間在籍した[1]

その後横浜F・マリノスのユースに入団。2007年に横浜F・マリノスでプロ選手としてのキャリアをスタートさせたが、十分な結果を残すことはできなかった。

2011年に海外挑戦の場としてシンガポールのアルビレックス新潟シンガポールに移籍。アルビレックス新潟シンガポール在籍時には欧州で代理人をしている人物と出会う[2]。本人談によればアルビレックス新潟シンガポールから契約延長の申し出があったが[2]、ヨーロッパで挑戦したいとの想いから断り、2012年1月にラトビア・ヴィルスリーガ所属のFBグルベネでテストを受け、2月に合格して移籍した[3]。ヴィルスリーガ2012シーズンでは、14試合に出場して9得点を挙げる活躍をした。3月から4月までの月間MVPには斎藤が選出された[4]。シーズン中盤にヴィルスリーガで4度優勝しているFKヴェンツピルスに移籍をした。FKヴェンツピルスでは6得点を挙げ、FBグルベネ時代の9得点を合算してリーグ単独2位の15得点を記録した。シーズン終了後、ラトビアサッカー連盟は2つのシンボリックチーム(22選手)を発表し、第1チームのフォワード部門で斎藤が選出された[5]

2013年1月、ドイツ3部に所属するSVダルムシュタット98でトライアルを受けたことがキッカーの電子版で報じられたものの[6]、テストは結果的に不合格となった[7]

その後、各国のクラブが合宿しているトルコへ渡り、ロシアリーグの2部に所属するFCウファでテスト生として参加。1月16日、スイスのセルヴェットFCとのテストマッチ(2-1)では25メートルの距離から得点を挙げるなどした[8][1]。同年2月、FCウファに2年半の契約で移籍をした[9][10]。しかし、怪我で結果が残せず、後述の離婚問題も重なり同クラブを退団。

1度は引退を決意したが、ブログなどのコメントに励まされた結果、膝の治療を経て再びプレイすることを決意[11]

2014年5月、練習参加していたベラルーシ・プレミアリーグFCスウツクに移籍した[12]。2014シーズン第9節のFCディナモ・ミンスク戦で初出場[13][14][15]、第14節のFCミンスク戦で初得点を記録した[16][17][18]

2016年、ヴィルスリーガリガFCに移籍。

エピソード[編集]

  • 都立目黒高校2年まではサッカーとピアノを両立して活動しており、ピアノのコンクールにも出場していた。「ピアノマン」の愛称はこれに由来する。また、2009年の新体制発表会では、サポーターの前でその腕前を披露した[19]。FCウファのyoutube公式チャンネルではピアノを弾いてる映像がアップされている[20]
  • 目標とする選手に、プレースタイルの似たFWである、かつてのチームメイトの坂田大輔を挙げている。一時期、坂田が散髪したため、プレースタイルだけでなく風貌までそっくりでチームメイトが混乱してしまう、などとスポーツ紙で報じられた。
  • ラトビア人の女性と結婚し、1子を儲ける(妻には連れ子あり)も、2014年3月19日自身のオフィシャルブログにて妻の浪費が原因で離婚をしたと発表。

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

(2016年12月7日時点)

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2007 横浜FM 27 J1 11 0 3 1 1 0 15 1
2008 1 0 2 0 0 0 3 0
2009 0 0 0 0 0 0 0 0
2010 0 0 0 0 - 0 0
2010 金沢 23 JFL 9 4 - 0 0 9 4
シンガポール リーグ戦 リーグ杯 シンガポール杯 期間通算
2011 新潟S 9 Sリーグ 26 8 3 0 5 2 34 10
ラトビア リーグ戦 リーグ杯 ラトビア杯 期間通算
2012 グルベネ 9 ヴィルスリーガ 14 9 2 2 - 16 11
2012 ヴェンツピルス 19 17 6 17 6
ロシア リーグ戦 ロシア杯 オープン杯 期間通算
2012-2013 ウファ 27 1st Div. 4 1 4 1
2013-2014 6 0 6 0
ベラルーシ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
2014 スウツク 99 プレミア 17 7
ラトビア リーグ戦 リーグ杯 ラトビア杯 期間通算
2016 リガ 99 ヴィルスリーガ 12 5
通算 日本 J1 12 0 5 1 1 0 18 1
日本 JFL 9 4 - 0 0 9 4
シンガポール Sリーグ 26 8 3 0 5 2 34 10
ラトビア ヴィルスリーガ 43 18
ロシア 1st Div. 10 1
ベラルーシ プレミア 17 7
総通算 117 40
その他の公式戦出場
記録

脚注[編集]

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  1. ^ 太子堂サッカークラブ【クラブからのお知らせ】
  2. ^ a b Happy new year!! 斎藤陽介オフィシャルブログ 2013年2月16日閲覧。
  3. ^ Ciao!! 斎藤陽介オフィシャルブログ 2013年2月16日閲覧。
  4. ^ Par marta/aprīļa labāko futbolistu atzīsts Yosuke Saito, treneris - Marians Pahars futbolavirsliga.lv、2013年2月16日閲覧。(ラトビア語)
  5. ^ Noteikta Virslīgas simboliskā izlase LFF vērtējumā lff.lv、2013年2月16日閲覧。(ラトビア語)
  6. ^ Schuster testet sein neues Team und Saito kicker.de、2013年2月16日閲覧。(ドイツ語)
  7. ^ SV 98 startet ins Trainingslager sv98.de、2013年2月16日閲覧。(ドイツ語)
  8. ^ ФК «Уфа» в первом контрольном матче переиграл швейцарский «Сервет» fcufa.pro、2013年2月16日閲覧。(ロシア語)
  9. ^ 元横浜FMの斉藤陽介が昇格狙うロシア2部チームに移籍 sportsnavi.yahoo.co.jp、2013年2月16日閲覧。
  10. ^ Йосуке Саито присоединился к «Уфе» на кипрском сборе fcufa.pro、2013年2月16日閲覧。(ロシア語)
  11. ^ もう一度・・・ 斎藤陽介オフィシャルブログ
  12. ^ Йосуке Сайто подписал контракт с клубом”. FCスウツク (2014年5月21日). 2014年5月23日閲覧。(ロシア語)
  13. ^ 9 тур. «Динамо-Минск» - «Слуцк». 3:0”. FCスウツク (2014年5月27日). 2014年7月9日閲覧。(ロシア語)
  14. ^ デビュー、そして・・・”. 斎藤陽介オフィシャルブログ (2014年6月8日). 2014年7月9日閲覧。
  15. ^ Dinamo Minsk vs. Slutsk - 26 May 2014”. Soccerway. 2014年7月9日閲覧。(英語)
  16. ^ 14 тур. «Слуцк» - «Минск». 2:0”. FCスウツク (2014年6月22日). 2014年7月9日閲覧。(ロシア語)
  17. ^ 初ゴール”. 斎藤陽介オフィシャルブログ (2014年6月23日). 2014年7月9日閲覧。
  18. ^ Slutsk vs. Minsk - 22 June 2014”. Soccerway. 2014年7月9日閲覧。(英語)
  19. ^ 横浜F・マリノス公式 - 1.17『2009横浜F・マリノス新体制発表会』レポート[リンク切れ]
  20. ^ Сайто 2013/01/17 youtube.com、2013年2月16日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]