平壌地下鉄

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平壌地下鉄
シンボルマーク
シンボルマーク
基本情報
朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮
所在地 平壌
種類 地下鉄
開業 1973年9月6日
詳細情報
総延長距離 35 km
路線数 2路線
駅数 17駅
軌間 1,435 mm
電化方式 直流825V 第三軌条方式
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平壌地下鉄
各種表記
ハングル 평양지하철도
漢字 平壤地下鐵道
発音 ピョンヤン チハチョルト
日本語読み: へいじょう ちかてつどう
英語表記: Pyongyang Metro
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平壌地下鉄(ピョンヤンちかてつ)は、朝鮮民主主義人民共和国平壌にある地下鉄について詳述する。2路線がある。

概要[編集]

現在の路線図
路線延長、新線開業後の路線図

ソビエト連邦から技術援助を受け、規格や施設などは東欧各地に建設された地下鉄とほぼ同じである。

1960年代に建設が始まり、1973年9月6日に朝鮮半島で最初の地下鉄路線である千里馬線が開通(ソウル地下鉄1号線の開業は1974年8月なので、平壌のほうが先行したことになる)した。平壌地下鉄の路線の建設の詳しいことは平壌地下鉄千里馬線#歴史平壌地下鉄革新線#歴史の記事を参照。

地下鉄は核シェルターを兼ねて作られているといわれ、深さは平均90m、最も深いところでは深さ150mとされ、世界で最も深い地中を走る地下鉄ともいわれている。

当時、地下鉄施工に際し、中国から4~5万の人員が施工に携わり、資金、建築材料、車両設備等を中国東北地方から送り込みほぼ全て中国政府が無償で出資したが、開通工事が終わり、地下鉄が稼働する日、金日成は地下鉄開通を祝う式典のなかで世界に向け、設計も製造も設備も全て自国で行ったと声明を出した。一方、工事に携わった中国人には、中国側の援助を朝鮮側が受けていたことを内密にするよう要求したため、公的には朝鮮製となっていた。2011年4月26日号の国務員新聞に商務部副部長がそのことを吐露し、事態が少しずつ明らかとなってきた。

初乗り運賃は日本円で5円である。シンボルマークは朝鮮語で地下鉄を意味する「하철」(チハチョル)の頭文字「」(チ)を象ったものとなっている。

路線[編集]

総距離は約35km(千里馬線は約20km 革新線は約15km)。軌間は1435mm標準軌)、第三軌条方式集電で直流825Vである。

車両[編集]

現在運行されている平壌地下鉄の車両は、千里馬線・革新線共通でベルリン地下鉄からの譲渡車両が、千里馬線には金鍾泰電気機関車連合企業所製の新型車両100型も使用されている。

現用車両[編集]

復興駅停車中のD型
  • D型(Dora) ‐1998年に2両編成108本(216両)を導入。制御方式は抵抗制御。冷房装置は搭載されていない。車両間の通路は非常用となっている。
    ベルリン分断前に設計・製造され、旧東ベルリン交通局(BVB)・旧西ベルリン交通局(BVG-West)の両社に引き継がれ、壁崩壊後にベルリン市交通局(BVG)へと引き継がれた車両。1957年から1965年にかけての製造で、うち1963年以降製造の車両は分断後の西ベルリン交通局によって発注された。いずれの年次の車両も、新型車両への置き換えにより1990年代末にベルリンでの運行を終了し、引退した車両が平壌に譲渡されている。現在、ベルリン市交通局では事業用車として2本を保有するのみとなっている。
    平壌地下鉄では2両のユニットを2つ繋げた4両編成で運用される。塗装は黄色一色から白・赤・緑の3色に変更されているが、内装はベルリン地下鉄時代からほとんど変更されていない。非常貫通路上部にベルリンでは液晶ディスプレイ、平壌では金日成金正日親子の肖像が取り付けられた点と、広告の有無をもって区別することができる。運転台ドイツ語表記のままである。
  • 100型(千里馬線のみ) -金鍾泰電気機関車企業所で製造された。2016年1月1日より運行している。今後増備されるとみられる。

過去の車両[編集]

  • DK4型(平壌地下鉄型式名:DKJI型)‐中華人民共和国長春軌道客車で1972年から1973年にかけて345両製造された。1編成4両。抵抗制御・非冷房。D型・GI型の導入により1998年に運用を撤退した。
  • GI型(Gisela)‐1996年から1997年にかけて2両編成60本(120両)を導入。2001年に運用を撤退した。旧東ベルリン交通局(BVB)→ベルリン市交通局(BVG)と引き継がれた車両。全車とも旧東ドイツの人民公社の製造。1975年にまず試作車が、1978年から1982年に量産前期型(GIと呼称する)が、その後88年から89年にかけて量産後期型(GI/1)が製造されている。平壌に譲渡された車両はすべて量産前期型の車両である。一応製造年次で区別はされているものの、量産車の前期/後期においては細かい点を除いて特に機器・構造などに相違点などはない。後期型の車両は現在もベルリン地下鉄1・2号線で、2005年より順次リニューアル工事を施行され、営業運転に使用されている。

現在、DK4型とGI型の一部編成は集電装置や制御機器の改造により、平壌近郊の地上線に投入されており、一部編成が平義線での運用に就いている。

運転[編集]

車掌は前部運転台運転士と一緒に乗る。右側通行。数10分間隔、朝夕などは約5分間隔である。

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駅のつくりは旧東側諸国の地下鉄と概ね共通する。プラットホームまではエレベーターは無く、エスカレーターを使う。エスカレーターは大変長く、天井が低くてトンネルのようになっている。プラットホームのある大深度地下まで乗り換えなしに1本のエスカレーターで繋ぐ。地上からプラットホームまでエスカレーターで約3分ほど要する。

角度は日本のものよりかなり急で、スピードも速い。構造上、エスカレーターの下が少し透けて見える。上下のエスカレーターのベルト間に1箇所、小さなスピーカーがついていて、アナウンスが流れている。 エスカレーターは中国・上海製だが、現在それらが記載された部分は全て削り取られ、表向きは自国製をうたっている。

改札はコインを自動改札機にそのまま入れる方式(いわゆるターンスタイル自動改札機である)。定期券は磁気化されているが、日本のように改札機に投入したりカードリーダーにタッチするのではなく、改札機についているカードリーダーにスライドさせる。また、少なくとも復興駅ではICカード乗車券を使用する自動改札機が導入されているが、紙の乗車券も発売している。 また、駅名は地名ではなく、北朝鮮の革命思想に基づいた言葉になっている。

関連事項[編集]

平壌市内には「鉄道博物館」と「市電博物館」がある。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]