市原市の中学校一覧

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市原市の中学校の分布 (赤:中学校、緑:小中一貫教育校)
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市原市の中学校一覧(いちはらしのちゅうがっこういちらん)では、日本千葉県市原市に所在する中学校を列挙し解説する。

市原市には2017年時点で22の公立中学校があり、このうち1校で小中一貫教育を実施している[1]

一覧[編集]

市原市立八幡中学校[編集]

市原市立八幡中学校
所在地 北緯35度31分52.5秒 東経140度07分29.0秒 / 北緯35.531250度 東経140.124722度 / 35.531250; 140.124722 (市原市立八幡中学校)
八幡500番地[2]
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概要[3][編集]

市原市北部の市原地区に所在し、学区は八幡・五所・石塚の3小学校としている。

沿革[3][編集]

  • 1947年4月1日 - 八幡町立八幡中学校開校
  • 1955年3月31日 - 八幡町と菊間村が合併し市原町となったことで市原町立八幡中学校となる。
  • 1963年5月1日 - 市原市市制施行に伴い市原市立八幡中学校となる。
  • 1970年 - 校舎建て替え
  • 1976年 - 校舎増築及び渡り廊下設置
  • 1981年4月1日 - 八幡東中学校分離
  • 1987年 - 武道館設置
  • 2019年7月 - 一部教室を除きエアコン設置完了
  • 2023年4月1日 - 八幡東中学校統合
通学区域
八幡海岸通の一部、八幡、八幡浦1 - 2丁目、八幡北町1 - 3丁目、八幡石塚1 - 2丁目、菊間の一部、五所のー部、旭五所、東五所、西五所の一部、西野谷の一部、白金町1丁目の一部、門前の一部、郡本の一部[4]

市原市立八幡東中学校[編集]

市原市立八幡東中学校
沿革リンク 沿革
所在地 北緯35度32分01.6秒 東経140度07分46.1秒 / 北緯35.533778度 東経140.129472度 / 35.533778; 140.129472 (市原市立八幡東中学校)
菊間428番地[2]
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概要[編集]

市原市北部の市原地区に位置する。1981年(昭和56年)、八幡中学校から分離して設立[3]。1981年時点では市原市内15番目の中学校だった[3]。2011年(平成23年)に創立30周年を迎えている[3]

閉校[編集]

2023年3月31日をもって市原市立八幡中学校と合併し,閉校する。

通学区域
若宮1 - 7丁目、能満の一部、山木の一部、菊間の一部[4]

市原市立菊間中学校[編集]

市原市立菊間中学校
所在地 北緯35度32分4.5秒 東経140度8分48.8秒 / 北緯35.534583度 東経140.146889度 / 35.534583; 140.146889 (市原市立菊間中学校)
菊間1850番地[2]
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市原市北部の市原地区に位置する。急激な人口増加がみられ、1976年(昭和51年)に千葉市に隣接する現所在地へ移転した[5]。(市原市内では)歴史的にも古い中学校である[5]

通学区域
古市場、菊間の一部、草刈、大厩の一部、若宮の一部、茂呂町、中西町[4]

市原市立ちはら台南中学校[編集]

市原市立ちはら台南中学校
創立年 1992年[6]
所在地 北緯35度31分40.9秒 東経140度11分13.8秒 / 北緯35.528028度 東経140.187167度 / 35.528028; 140.187167 (市原市立ちはら台南中学校)
ちはら台南5丁目3[2]
公式サイト 公式サイト
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概要[7][編集]

市原市北部のちはら台地区に位置する,ちはら台ニュータウンに1992年に開校した新設校である。市原市内では2番目に新しい。略称は「ち南 (ちなん)」。

沿革[7][編集]

  • 1989年 - ちはら台ニュータウン街開き
  • 1992年4月1日 - 地区の人口増加に伴い市原市立菊間中学校から分離して市原市立ちはら台南中学校開校。
  • 1997年4月1日 - 市指定姉妹都市モビール市交流推進校指定
  • 2000年4月1日 - 県指定姉妹州ウィスコンシン州交流推進校指定
  • 2002年4月1日 - 創立10周年
  • 2011年4月1日 - 生徒数が837名となり最大となる。
  • 2012年
    • 4月1日 - 創立20周年。生徒数増加に伴い市原市立ちはら台西中学校を分離。
    • 8月22日 - 千葉県スポーツセンターで行われた全中陸上2012の女子4×100mリレー優勝
  • 2018年8月21日 - 岡山県陸上競技場で行われた全中陸上2018の女子4×100mリレー3位
  • 2019年7月 - 一部特別教室を除くすべての教室にエアコン設置

行事[7][編集]

  • 10月
    • 南風祭(文化の部・合唱の部)

生徒数

2021年4月現在は760名。

部活動実績[7][編集]

  • 男子陸上部:2020〜2022年市原市総体陸上男子総合2位・2019年市原市総体陸上男子総合優勝
  • 女子陸上部:全中陸上2018女子4×100mリレー3位・全中陸上2012女子4×100mリレー優勝
  • 男子バスケ部:2022年県総体ベスト4
通学区域
ちはら台東1 - 9丁目、ちはら台南3 - 6丁目[4]

市原市立ちはら台西中学校[編集]

市原市立ちはら台西中学校
創立年 2012年[8]
沿革リンク 沿革
所在地 北緯35度31分52.7秒 東経140度10分37.1秒 / 北緯35.531306度 東経140.176972度 / 35.531306; 140.176972 (市原市立ちはら台西中学校)
ちはら台西5丁目1番地[2]
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概要[9][編集]

市原市北部に所在し,ちはら台地区の西側を学区としている。市原市内に所在している中学校で最も新しい2012年4月の開校。略称は「ち西(ちにし)」

沿革[9][編集]

  • 2012年4月1日 - 市原市立ちはら台南中学校から分離開校。生徒数161名。
  • 2019年7月 - 一部特別教室を除く全教室にエアコン設置。
  • 2022年4月1日 - 創立10周年

行事[9][編集]

  • 10月
    • 西中祭Westival (合唱祭)

生徒数[9]

2021年4月現在は433名。

通学区域[9]
ちはら台西1 - 6丁目、ちはら台南1 - 2丁目

市原市立辰巳台中学校[編集]

市原市立辰巳台中学校
所在地 北緯35度31分13.8秒 東経140度9分17.4秒 / 北緯35.520500度 東経140.154833度 / 35.520500; 140.154833 (市原市立辰巳台中学校)
辰巳台東2丁目2番地[2]
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概要

市原市の辰巳台地区辰巳台団地の辰巳台東2丁目にある市立中学校。学校教育目標として『自立・協働・貢献』を掲げている[10]。2017年度第43回千葉県中学校バスケットボール選手権大会で同校バスケットボール部が優勝した[11]。略称は「辰中(たっちゅう)」。

生徒数[11]

2021年4月現在は517名。市原市で4番目に多い。

部活動実績

  • 男子バスケ部:2021年県総体ベスト4
通学区域
辰巳台西1 - 5丁目、辰巳台東1 - 5丁目、能満の一部、菊間の一部、大厩の一部、山木の一部[4]

市原市立市原中学校[編集]

市原市立市原中学校
創立年 1948年[12]
沿革リンク 沿革
所在地 北緯35度30分14.2秒 東経140度7分37.3秒 / 北緯35.503944度 東経140.127028度 / 35.503944; 140.127028 (市原市立市原中学校)
能満1450番地[2]
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概要

市原市の市原地区に位置する。1947年の学校教育法施行に基づき設立。市原市の市原地区に位置する[13]

沿革[14]

  • 1907年11月17日 - 市原尋常小学校開校。
  • 1947年 - 市原村立市原中学校として創立。
  • 1948年 - 旧校舎が郡本1452番地に完成。
  • 1963年 - 市原市立市原中学校に。
  • 1976年 - 現所在地に移転。
  • 1983年 - 国分寺台中学校分離。市原中は生徒数550名14学級に。

生徒数[14]

2021年4月現在の生徒数は123名。市原市で17番目に多い。

施設[14]

併設施設としてプール、部室、体育倉庫、野球バックネット、武道場、柔剣道場などを持つほか、図書室と職員室には空調設備が設置されている。

部活動実績[13]

  • 合唱部:2008年全日本大会銀賞・2007年全日本大会銅賞
通学区域
郡本1 - 6丁目、藤井1 - 4丁目、門前1 - 2丁目、市原、西野谷の一部、郡本の一部、山田橋、能満の一部、門前の一部、山田橋1丁目の一部、山田橋2丁目の一部、山田橋3丁目[4]

市原市立五井中学校[編集]

市原市立五井中学校
所在地 北緯35度30分32.4秒 東経140度4分43.6秒 / 北緯35.509000度 東経140.078778度 / 35.509000; 140.078778 (市原市立五井中学校)
五井922番地2[2]
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市原市の五井地区に位置する。校訓は「堅忍不抜」[15]。2017年度(平成29年)学校経営方針によれば、小中一貫教育のカリキュラム研修を進める予定が掲げられている[16]。校歌の作詞は川路柳虹[16]

通学区域
五井南海岸、岩崎、岩崎西1丁目、岩崎1丁目、岩崎2丁目、玉前、玉前西1 - 3丁目、出津、出津西1丁目、飯沼、岩野見、平田、五井東1 - 2丁目、五井西1 - 7丁目、藤井、村上の一部、惣社の一部、根田の一部、五井の一部、君塚1丁目の一部、五井中央東1 - 2丁目、五井中央西1 - 3丁目、更級1 - 更級5丁目[4]

市原市立若葉中学校[編集]

市原市立若葉中学校
創立年 1978年[17]
沿革リンク 沿革 (PDF)
所在地 北緯35度31分21.3秒 東経140度5分14秒 / 北緯35.522583度 東経140.08722度 / 35.522583; 140.08722 (市原市立若葉中学校)
五井5308番地[2]
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市原市の五井地区に位置する。1978年(昭和53年)4月1日、市原市立五井中学校より分離独立し開校した[17]。当初は五井中学校内の一部を仮校舎としていた[17]市原市立若葉小学校および市原市立白金小学校の校区を学区としている[17]

開校年の8月に独立校舎第一期工事が完成、開校翌年の1979年より順次学校施設を拡張し、体育館、プール、サッカーネット、柔剣道場などを併設している[17]

2017年(平成29年)5月1日現在の在校生は男子176名、女子160名で計336名、313世帯となっている[17]

2017年7月中旬に5日間行われた2017年度千葉県中学校総合体育大会サッカー部門市原支部予選では同校サッカー部が優勝した[18]

通学区域
五井海岸、五井の一部、君塚、君塚1丁目、君塚2丁目~5丁目、白金町1丁目の一部、白金町2 - 6丁目、五井金杉1 - 4丁目、五井東3丁目の一部、五所の一部、西五所の一部、八幡海岸通の一部、西野谷の一部、郡本の一部、藤井の一部[4]

市原市立千種中学校[編集]

市原市立千種中学校
創立年 1987年[19]
沿革リンク 沿革 (PDF)
所在地 北緯35度29分45.7秒 東経140度03分35.2秒 / 北緯35.496028度 東経140.059778度 / 35.496028; 140.059778 (市原市立千種中学校)
千種6丁目1番地1[2]
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市原市の姉崎地区又は五井地区に位置する。1987年(昭和62年)4月創立[20]。2017年10月29日に開校30周年式典を行った[19]。 学校施設としてプール、コンピュータ室を併設している[20]

通学区域
柏原、白塚、今津朝山、千種海岸、青柳、青柳北1 - 4丁目、青柳1 - 3丁目、千種1 - 7丁目、松ケ島、松ケ島1 - 2丁目、松ケ島西1丁目、島野の一部[4]

市原市立国分寺台中学校[編集]

市原市立国分寺台中学校
所在地 北緯35度29分32.7秒 東経140度6分44秒 / 北緯35.492417度 東経140.11222度 / 35.492417; 140.11222 (市原市立国分寺台中学校)
南国分寺台2丁目1番地[2]
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概要

市原市の五井地区国分寺台地区)に位置する。市原市の国分寺台地区の南国分寺台にある市立中学校。校訓は『本氣、一意専心、頂点へ』[21]。学区内に市原市役所、市原市民会館がある[21]。略称は「国中(こくちゅう)」。

施設

校地面積30,012平方メートルで、体育館、野外運動場、25メートルプール、柔剣道場を併設している[22]

生徒数

2017年(平成29年)5月1日現在の生徒総数は379名、教職員数は36名[22]

部活動実績

部活動の実績として、同校吹奏楽部は第18回東日本学校吹奏楽大会において金賞を受賞、女子テニス部は2017年4月の飛燕杯争奪中学校対抗ソフトテニス大会で優勝、またサッカー部は市原市民体育大会中学生サッカーの部で優勝しており、サッカー部は福島県郡山市で行われた鏡石Jrユースサッカーフェスティバルにおいても優勝を経験し、このとき同サッカー部から最優秀選手が4名選出されている[23]

通学区域
西広1 - 5丁目、西広6丁目の一部、南国分寺台1 - 5丁目、諏訪1 - 2丁目、惣社1丁目、惣社2丁目の一部、惣社3丁目の一部、惣社4 - 5丁目、惣社の一部、西広、村上の一部、東国分寺台1 - 4丁目、国分寺台中央1丁目の一部[4]

市原市立国分寺台西中学校[編集]

市原市立国分寺台西中学校
市原市立国分寺台西中学校.jpg
国分寺台西中学校正門
(2017年3月12日撮影)
創立年 1988年[注釈 1]
沿革リンク 沿革
所在地 北緯35度30分11.4秒 東経140度07分5.1秒 / 北緯35.503167度 東経140.118083度 / 35.503167; 140.118083 (市原市立国分寺台西中学校)
国分寺台中央5丁目1番地1[2]
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概要

市原市の五井地区国分寺台地区)に位置する。1988年(昭和63年)、市原市立国分寺台中学校より2年、3年の各4学級が分離して開校した[25]。上総国分寺跡の台地に所在し、国分尼寺遺跡に隣接する校区を持ち、校区は国分寺台西小学校区と国分寺台東小学校区の一部となっている。略称は「国西(こくにし)」。

[25]

施設

プール、防球ネット、パソコン室、武道館などの施設を併設している。

[25]

部活動実績

2016年度(平成28年)市原市民体育大会において、団体戦で同校女子バスケットボール部が優勝、男子剣道部が準優勝、個人戦では女子バドミントン(部活はない)で優勝した選手が最優秀選手に選出された[26]

このほか、新人体育大会においても優勝を含む3位までの数は合計で12を数えている[26]。また、同校所属吹奏楽部は東関東マーチングコンテストにおいて3年連続で金賞を獲得している[26]

通学区域
北国分寺台1 - 5丁目、加茂1 - 2丁目、根田1 - 4丁目、西国分寺台1 - 2丁目、山田橋1丁目の一部、山田橋2丁目の一部、国分寺台中央1丁目の一部、国分寺台中央2 - 7丁目、惣社2丁目の一部、惣社3丁目の一部、根田の一部、加茂、東国分寺台5丁目、門前の一部[4]

市原市立東海中学校[編集]

市原市立東海中学校
創立年 1947年[27]
沿革リンク 沿革
所在地 北緯35度28分53.6秒 東経140度05分27.3秒 / 北緯35.481556度 東経140.090917度 / 35.481556; 140.090917 (市原市立東海中学校)
今富477番地[2]
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市原市の五井地区に位置する。校訓は「自主・挑戦・思いやり」[28]、校歌は芥川也寸志作曲[29]。体育館、体育倉庫、25メートルプール、バックネット、コンピュータ室などの施設を併設している[27]

1947年(昭和22年)5月10日、東海小学校の一部を併用して開校した[27]。同年12月、当初は廿五里に独立校舎を完成・移転、1954年(昭和29年)に五井町立東海中学校と改称する[27]。1962年(昭和37年)5月10日に現所在地に校舎完成し再移転[27]、翌1963年(昭和38年)市原市制施行に合わせ、現校名に改称[27]

通学区域
野毛、廿五里、町田、海保、今富、神代、十五沢、小折、西野、柳原、宮原、島野の一部、引田の一部[4]

市原市立姉崎中学校[編集]

市原市立姉崎中学校
創立年 1947年[30]
所在地 北緯35度28分14.8秒 東経140度2分52.6秒 / 北緯35.470778度 東経140.047944度 / 35.470778; 140.047944 (市原市立姉崎中学校)
姉崎2156番地[2]
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概要[編集]

市原市の姉崎地区に位置する。1947年の学校教育法発布と同時に姉崎小学校から分離した中学校である。略称は「姉中(あねちゅう)」。

校歌[編集]

校歌の作詞は川路柳虹。現在はほぼ歌われていないが4番まで存在している。

沿革[30][編集]

生徒数[31][編集]

1970年代から80年代にかけて爆発的に生徒数が増加した。姉崎東中学校を分離する前年の1982年には約45学級で1,700名ほどの生徒が在籍する大規模校であった。あまりに大規模すぎたため同時に学校内に教育が行き届かず,机が校舎4階からふってくるなどかなり荒れた様相であった。姉崎東中を分離すると生徒数は1,000名を切りはじめ,適正化されている。

2021年現在の全校生徒数は318名。

通学区域[編集]

姉崎のほぼ全域、姉崎海岸、椎津の一部、姉崎西1 - 3丁目、姉崎東1 - 3丁目[4]

市原市立姉崎東中学校[編集]

市原市立姉崎東中学校
姉崎東中校舎.jpg
姉崎東中学校校舎 (2020年撮影)
創立年 1983年[32]
沿革リンク 沿革
所在地 北緯35度28分11.5秒 東経140度3分1.3秒 / 北緯35.469861度 東経140.050361度 / 35.469861; 140.050361 (市原市立姉崎東中学校)
姉崎3056番地1[2]
公式サイト 公式サイト
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概要[編集]

市原市の姉崎地区に位置する京葉工業地域開発に伴う人口増加によって設置された新設校である[32]。所在地は姉崎3056番地1で姉崎東ではない。略称は姉東(あねひが)。

校章[編集]

かつてこの地にあった鶴牧藩の藩主による「文武両道は車の両輪の如きもの」という教えから,鶴牧の「」から大きく羽ばたく3羽のを学校の限りない発展を願って描いている。また3羽の鶴は,学年の違う3つの集団が互いに手を取り合って協力する姿も表している。

沿革[31][編集]

  • 1983年
    • 4月1日 - 姉崎2156番地に姉崎中学校の生徒のうち青葉台地域在住1・2年生を対象として開校。
    • 9月1日 - 姉崎3056番地1に校舎が完成し移転。
  • 1984年4月1日 - 第3期生入学の第2回入学式が新校舎で初めて挙行。
  • 1985年 - 第1期生卒業の第1回卒業証書授与式挙行。
  • 1987年12月17日 - 千葉県東方沖地震による渡り廊下一部崩壊により職員1名負傷。
  • 1993年4月1日 - 創立10周年。創立10周年記念誌発行
  • 2001年7月 - 体育館緞帳の新調
  • 2003年4月1日 - 創立20周年。創立20周年記念誌発行
  • 2008年10月24日 - 第1回姉東祭(姉東夢プラン21の一環で文化祭名称変更。このころ合唱コンクール同時開催かつ2日間開催の旧日程に約10年ぶりに戻す。)
  • 2012年 - 冷水機を各昇降口に設置。
  • 2013年4月1日 - 創立30周年。記念制作「鶴」。
  • 2014年1月1日 - 学校の窓ガラス19枚が何者かに割られる事件が起こる[33]
  • 2017年10月27日 - 第10回姉東祭
  • 2019年
    • 地域振興プロジェクト「青葉台39プロジェクト」参加
    • 全普通教室 (1学年3〜4クラス分)と理科室を除く特別教室にエアコン設置
    • 9月9日 - 千葉県に大きな被害を及ぼした台風15号が上陸。影響のほぼなかった姉崎東中において姉崎中職員がこのあと1週間ほど一部職務実施
    • 11月20日 - 南房総教育事務所学力向上交流会開催
  • 2022年 - 創立40年目の記念としてPTAから体育館・理科室に大型扇風機等23台寄贈
  • 2023年4月1日 - 創立40周年。

生徒数[編集]

開校当初は3年生は在籍しておらず,全校生徒数433名であった。最盛期の生徒数約750名程度で,すぐ隣の敷地に市原市立姉崎中学校があるためそこまで大規模でない。生徒数が最低であった2019年4月には,1年生59名,2年生53名,3年生48名の160名となり,開校翌年の1984年の689名の約25%程度まで減少している[32]

2022年4月現在の生徒数は178名[31]。市原市で14番目に多い。

学業成績[編集]

全国学力状況調査においては市内平均を30%近く上回り,全国平均も10〜12%程度上回るような成績を残している[34]。2019年11月20日には、南房総教育事務所学力向上交流会が本校を会場として行われた[32]

部活動成績[35][編集]

  • 男子バスケ部:2021年市新人優勝・2022年市春大優勝・2022年U15県3位・2022年県総体ベスト8
  • 女子バスケ部:2018年市総体優勝
  • 女子バレー部:2020年市新人優勝・2021年市総体準優勝
  • 女子卓球部:2019年市総体総合ダブルス優勝
  • 水泳部 (常設→特設):2007年全国大会出場
  • 柔道部 (特設):2007年全国大会出場・2022年市総体準優勝
  • 吹奏楽部:県A部門金賞10回以上

通学区域[編集]

青葉台一丁目から八丁目・姉崎の一部[4]

市原市立有秋中学校[編集]

市原市立有秋中学校
所在地 北緯35度27分18.2秒 東経140度2分52.7秒 / 北緯35.455056度 東経140.047972度 / 35.455056; 140.047972 (市原市立有秋中学校)
不入斗1200番地[2]
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市原市の姉崎地区有秋地区)に位置する。学区は有秋東小学区、有秋西小学区、有秋南小学区からなっている[36]

2021年4月現在の生徒数は359名[37]

通学区域
片又木、有秋台東1 - 3丁目、有秋台西1 - 2丁目、豊成、立野、迎田、不入斗、深城、天羽田、椎津の-部、椎の木台1 - 2丁目、桜台1 - 4丁目、泉台1 - 5丁目[4]

市原市立湿津中学校[編集]

市原市立湿津中学校
創立年 1947年[38]
沿革リンク 沿革 (PDF)
所在地 北緯35度30分1.1秒 東経140度10分51.6秒 / 北緯35.500306度 東経140.181000度 / 35.500306; 140.181000 (市原市立湿津中学校)
潤井戸2297番地2[2]
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千葉市茂原市のほぼ中間に位置しており[38]、市原市東部の市津地区に所在し、かつて農村として存在していた市原市合併前の旧湿津村を学区としている[39]。校区地域の由緒は明治時代にまで遡る[38]。校歌の作詞は荻原博[40]

同校女子バレー部は市原市バレー大会などにおいて1951年(昭和26年)、翌1952年(昭和27年)、1971年(昭和46年)の3回で優勝、平成に入ってからは男子バレー部も1990年(平成2年)、2009年(平成21年)に市原市新人戦を優勝している[38]。その他、優勝経験部活動は1987年(昭和62年)に市原市総体で卓球女子が優勝している[38]

通学区域
久々津、潤井戸、下野、喜多、犬成、大作、滝口、勝間、葉木、小田部、荻作、神崎、うるいど南1 - 7丁目[4]

市原市立市東中学校[編集]

市原市立市東中学校
創立年 1947年[41]
沿革リンク 沿革
所在地 北緯35度30分35.3秒 東経140度12分48.7秒 / 北緯35.509806度 東経140.213528度 / 35.509806; 140.213528 (市原市立市東中学校)
東国吉356番地[2]
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市原市の市津地区に位置する。1947年(昭和22年)5月10日、市東村立市東中学校として開設[41]。1954年(昭和29年)市津村立市東中学校と改称、1963年(昭和38年)現校名に改称[41]

市原市内で最も生徒数が少ない[42]。校歌の作詞は川路柳虹[43]。併設施設にプール、体育館、柔剣道場、コンピュータ室、防球ネットなどを持つ[41]

2004年(平成16年)には交通安全教育モデル校として千葉県警察から感謝状を受けた[41]

通学区域
永吉、中野、高田、高倉、東国吉、金剛地、奈良、古都辺、山之郷飛地、番場、押沼、瀬又[4]

市原市立三和中学校[編集]

市原市立三和中学校
Ichihara Sanwa Junior High School.jpg
三和中学校正門
(2017年11月12日撮影)
創立年 1962年[44]
沿革リンク 沿革 (PDF)
所在地 北緯35度27分37.0秒 東経140度07分46.0秒 / 北緯35.460278度 東経140.129444度 / 35.460278; 140.129444 (市原市立三和中学校)
磯ケ谷1703番地[2]
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市原市の三和地区に位置する。校歌の作曲は山口保治[45]東日本大震災の被災地と連携した活動をしている[46]

1962年(昭和37年)4月1日、市西・養老・海上の3中学校を統合、三和中学校として開校[44]。開校当時の生徒総数は20クラス777名だった[44]。2015年(平成27年)現在の生徒総数は8クラス188名となっている[44]。体育館、給食室、プール、球技場、温室、テニスコートなどを併設している[44]

部活動の実績として、吹奏楽部は1971年(昭和46年)に千葉県中学校吹奏楽コンクールで3年連続優勝を、体操部は同年に市原市中学校総合体育大会で10年連続優勝を達成している[44]

通学区域
山倉、福増、海士有木、相川、新堀、武士、権現堂、糸久、分目、浅井小向、磯ケ谷、松崎、大桶、新巻、川在、櫃狭、土宇、二日市場、山田、安須の一部、高坂の一部、大坪、新生の一部、西広6丁目の一部[4]

市原市立双葉中学校[編集]

市原市立双葉中学校
市原市立双葉中学校.jpg
双葉中学校正門
(2017年3月12日撮影)
創立年 1983年[47]
沿革リンク 沿革 (PDF)
所在地 北緯35度26分42.5秒 東経140度06分50.9秒 / 北緯35.445139度 東経140.114139度 / 35.445139; 140.114139 (市原市立双葉中学校)
光風台1丁目425番地[2]
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市原市の三和地区に位置する。校訓は「友情・自主・敬愛」[48]。1983年(昭和58年)4月、市原市立三和中学校より光風台小学校区、市原市立南総中学校より戸田小学校区が分離し、これらを学区として創立[47]

柔剣道場、日本庭園、防球ネット、バスケットコート、コンピュータ教室、バックネットなどを併設している[47]

通学区域
光風台1 - 5丁目、中高根、風戸、馬立、上原、引田の一部、新生の一部、安須の一部、高坂の一部、上高根の一部[4]

市原市立南総中学校[編集]

市原市立南総中学校
創立年 1971年[49]
所在地 北緯35度23分45.9秒 東経140度9分19.2秒 / 北緯35.396083度 東経140.155333度 / 35.396083; 140.155333 (市原市立南総中学校)
安久谷140番地[2]
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市原市の南総地区に位置する。1971年牛久・戸田・鶴舞・平三の4校を統合し設立[49]。2017年(平成29年)5月1日現在の生徒総数は301名[50]。校歌の作曲は千葉大学名誉教授の寺内昭[50][51]

通学区域
南岩崎、寺谷、栢橋、宿、島田、堀越、市場、原田、石川、江子田、安久谷、米沢、真ケ谷、奥野、鶴舞、佐是、妙香、奉免、牛久、皆吉、金沢、大蔵、岩、藪、中、下矢田、水沢、矢田、池和田、田尾、山小川、平蔵、米原、小草畑、西国吉、上高根の一部[4]

加茂学園[編集]

加茂学園
KamoGakuen.jpg
加茂学園正門
(2017年11月5日撮影)
創立年 1965年[52]
所在地 北緯35度19分58.4秒 東経140度8分44.69秒 / 北緯35.332889度 東経140.1457472度 / 35.332889; 140.1457472 (加茂学園)
平野123番地[2]
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市原市の加茂地区に位置する。2013年(平成25年)4月に高滝・里見・富山・白鳥の4小学校を統合し市原市立加茂小学校を創立した上で既存の「市原市立加茂中学校」と合併し現学園として開設された、市原市初の小中一貫教育校である[52]

校歌の作曲は中田喜直[53]、平成29年4月1日現在の生徒総数は193名[53]

千葉県教育委員会の学校保健研究指定を2017年(平成29年)、2018年(平成30年)の2年連続で指定されている[54]

通学区域
新井、吉沢、古敷谷、小谷田、外部田、久保、駒込、山口、養老、本郷、高滝、大和田、不入、平野、大戸、飯給、万田野、柿木台、徳氏、田淵、田淵旧日竹、月出、戸面、朝生原、石神、折津、大久保、国本、月崎、柳川、菅野、石塚[4]

脚注[編集]

注釈
  1. ^ 公式HPトップページでは1987年(昭和62年)創立[24]、同サイト以下学校情報ページ内沿革では1988年(昭和63年)開校と記載されている[25]
脚注
  1. ^ 中学校一覧”. 市原市. 2017年11月4日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v 中学校一覧.
  3. ^ a b c d e 市原市立八幡東中学校. “学校情報”. 市原市. 2017年11月29日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u 通学区域一覧.
  5. ^ a b 八幡東.
  6. ^ ちはら台南.
  7. ^ a b c d 令和2年度 市原市立ちはら台南中学校 学校要覧”. 市原市立ちはら台南中学校. 2020年10月15日閲覧。
  8. ^ ちはら台西.
  9. ^ a b c d e 市原市立ちはら台西中学校. “学校情報”. 市原市. 2017年11月29日閲覧。
  10. ^ 辰巳台.
  11. ^ a b 平成27年度 第43回 千葉県中学校バスケットボール選手権大会 総評 (PDF)”. 千葉県バスケットボール協会 (2017年). 2017年11月26日閲覧。
  12. ^ 市原.
  13. ^ a b 市原市立市原小学校. “市原小学校”. 市原市. 2017年11月28日閲覧。
  14. ^ a b c 市原市立市原中学校. “学校情報”. 市原市. 2017年11月29日閲覧。
  15. ^ 五井.
  16. ^ a b 市原市立五井中学校 (2017年). “平成29年度学校経営方針 (PDF)”. 市原市. 2017年11月27日閲覧。
  17. ^ a b c d e f 市原市立若葉中学校 (2017年5月1日). “平成29年度学校要覧 (PDF)”. 市原市. 2017年11月27日閲覧。
  18. ^ 千葉県中学校総合体育大会サッカー競技 支部予選”. 千葉県サッカー協会 (2017年). 2017年11月26日閲覧。
  19. ^ a b 千種.
  20. ^ a b 市原市立千種中学校. “学校沿革 (PDF)”. 市原市. 2017年11月27日閲覧。
  21. ^ a b 国分寺台.
  22. ^ a b 市原市立国分寺台中学校. “学校基本情報”. 市原市. 2017年11月27日閲覧。
  23. ^ 市原市立国分寺台中学校 (2017年). “活動の様子”. 市原市. 2017年11月27日閲覧。
  24. ^ 国分寺台西.
  25. ^ a b c d 市原市立国分寺台西中学校. “学校情報”. 市原市. 2017年11月29日閲覧。
  26. ^ a b c 市原市立国分寺台西中学校 (2017年1月25日). “部活動&受賞作品”. 市原市. 2017年11月27日閲覧。
  27. ^ a b c d e f 市原市立東海中学校 (2015年9月29日). “沿革概要”. 市原市. 2017年11月27日閲覧。
  28. ^ 東海.
  29. ^ 市原市立東海中学校 (2015年9月29日). “校歌”. 市原市. 2017年11月27日閲覧。
  30. ^ a b 姉崎.
  31. ^ a b c 市原市ホームページ -姉崎東中沿革-”. 市原市ホームページ. 2020年4月30日閲覧。
  32. ^ a b c d 学校情報 ∣author=市原市立姉崎東中学校”. 市原市 (2017年). 2017年11月27日閲覧。
  33. ^ 窓ガラス19枚割られる 市原の姉崎東中” (日本語). www.chibanippo.co.jp. 2022年7月23日閲覧。
  34. ^ 姉崎東.
  35. ^ 部活動”. 市原市. 2020年10月14日閲覧。
  36. ^ 市原市立有秋中学校 (2016年1月7日). “学区について”. 市原市. 2017年11月27日閲覧。
  37. ^ 市原市立有秋中学校 (2017年6月19日). “学校基本情報”. 市原市. 2017年11月27日閲覧。
  38. ^ a b c d e 市原市立湿津中学校 (2017年). “平成二十九年度 学校要覧 (PDF)”. 市原市. 2017年11月27日閲覧。
  39. ^ 湿津.
  40. ^ 市原市立湿津中学校 (2016年5月17日). “湿津中学校 校歌”. 市原市. 2017年11月27日閲覧。
  41. ^ a b c d e 市原市立市東中学校 (2016年5月11日). “沿革史”. 市原市. 2017年11月27日閲覧。
  42. ^ 市東.
  43. ^ 市原市立三和中学校 (2015年11月5日). “市東中学校 校歌”. 市原市. 2017年11月27日閲覧。
  44. ^ a b c d e f 市原市立三和中学校. “三和中学校沿革史 (PDF)”. 市原市. 2017年11月27日閲覧。
  45. ^ 市原市立三和中学校. “三和中学校校歌 (PDF)”. 市原市. 2017年11月27日閲覧。
  46. ^ 三和.
  47. ^ a b c 市原市立双葉中学校 (2017年). “平成29年度_学校要覧 (PDF)”. 市原市. 2017年11月27日閲覧。
  48. ^ 双葉.
  49. ^ a b 南総.
  50. ^ a b 市原市立南総中学校 (2017年5月1日). “平成29年度学校要覧 (PDF)”. 市原市. 2017年11月27日閲覧。
  51. ^ “寺内昭氏死去/千葉大名誉教授”. SHIKOKU NEWS (四国新聞社). (2003年6月10日). http://www.shikoku-np.co.jp/national/okuyami/article.aspx?id=20030610000234 2017年11月27日閲覧。 
  52. ^ a b 加茂.
  53. ^ a b 加茂学園. “学校情報”. 市原市. 2017年11月27日閲覧。
  54. ^ 加茂学園 (2017年). “平成29年度学校要覧 (PDF)”. 市原市. 2017年11月27日閲覧。

参考文献[編集]

以下は全て市原市による公式の各校ホームページ。

関連文献[編集]

  • 市原市立五井中学校記念誌編集委員会 編 『創立三十年のあゆみ』市原市立五井中学校、1977年12月。 
  • 市原市立五井中学校 編 『五井中の歩み 新たな出発を期して 創立50周年記念誌』市原市立五井中学校、1996年12月。 
  • 記念誌委員会 編 『創立五十周年』市原市立東海中学校創立五十周年記念事業実行委員会、1996年。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]