西彼杵郡

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長崎県西彼杵郡の位置(1.長与町 2.時津町 水色:後に他郡から編入した区域)

西彼杵郡(にしそのぎぐん)は、長崎県

人口72,160人、面積49.67km²、人口密度1,450人/km²。(2016年10月1日、推計人口

以下の2町を含む。

郡域

1878年明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記2町のほか、下記の区域にあたる。

  • 長崎市の大部分(戸石町、上戸石町、船石町、中里町、古賀町、松原町以東を除く)
  • 諫早市の一部(多良見町各町)
  • 西海市の全域

概要

北部の西彼杵半島は、山がちで自然豊かである。西彼町と佐世保市針尾島の間に架かる西海橋ができるまでは、陸の孤島であった。船舶以外で佐世保市に行く場合、大村湾を一周しなくてはならなかった。半島の西側に浮かぶ大島、池島などはかつて炭坑で栄え人口も多かったが、鉱業の衰退とともに過疎化が進行。歯止めがかからない。中部の長与町は長崎市のベッドタウンとして発展しており人口も多く、時津町も中小企業の町として著しく発展を続けており、高齢化が進む他自治体と比較すると、町民の平均年齢は遥かに低い。東部の多良見町は、他の西彼杵郡各町とは異なる風土であった。これは隣接する諫早市を生活圏としていたことが原因といえる。

琴海町・時津町・長与町については、3町で合併して「琴の海市」を成立させるべく協議を重ねてきたが、2004年11月29日の協議会で長与町が離脱を表明したため、合併協は解散し事実上この3町の合併話は白紙となった。前述の通り琴海町は長崎市に編入したが、時津町・長与町はこのまま単独町制を行なうものとみられている。

歴史

郡発足までの沿革

知行 村数 村名
幕府領 長崎奉行 4村 長崎村、戸町村、高浜村、野母村
藩領 肥前大村藩 24村 伊木力村、長与村、時津村、福田村、式見村、三重村、神浦村、雪浦村、松島村、瀬戸村、多以良村、七釜村、崎戸村、平島村、面高村、黒瀬村、横瀬村、川内村、大串村、下岳村、亀浦村、長浦村、村松村、江島村[1]
肥前佐賀藩 15村 矢上村、喜々津村、大草村、深堀村[2]、高島[2]、伊王島[2]、沖ノ島[2]、香焼村[2]、蚊焼村[2]、大籠村[2]、土井首村[2]、竿浦村[2]、平山村[2]、小ヶ倉村、黒崎村
幕府領・藩領 長崎奉行・大村藩 1村 浦上村[3]

郡発足以降の沿革

  • 明治11年(1878年
    • 10月28日 - 郡区町村編制法の長崎県での施行により、下記の変更が行われる。(41村)
      • 長崎村の一部の区域(長崎町)をもって長崎区が発足し、郡より離脱。長崎村の残部が分割して上長崎村・下長崎村となる[4]
      • 彼杵郡のうち上長崎村ほか1町172村および高来郡日見村・茂木村・川原村・樺島村の区域に行政区画としての西彼杵郡が発足。郡役所が下長崎村に設置。
    • 江島村が平島村に合併。(40村)
  • 明治13年(1880年) - 本村が分割して深堀村・高島・伊王島・沖ノ島・香焼村・蚊焼村・大籠村・土井首村・竿浦村・平山村・脇御崎村・為石村・布巻村・神ノ島村となる。(53村)
  • 明治15年(1882年) - 浦上村が分割し、一部(浦上村山里)が浦上山里村、残部(浦上村淵)が浦上淵村となる。(54村)
  • 明治16年(1883年) - 平島村の一部が分立して江島村となる。(55村)
1.下長崎村 2.戸町村 3.淵村 4.上長崎村 5.浦上山里村 6.小ヶ倉村 7.土井首村 8.深堀村 9.蚊焼村 10.伊王島村 11.高島村 12.高浜村 13.野母村 14.脇岬村 15.樺島村 16.為石村 17.川原村 18.茂木村 19.日見村 20.矢上村 21.喜々津村 22.大草村 23.伊木力村 24.長与村 25.時津村 26.村松村 27.長浦村 28.亀岳村 29.大串村 30.瀬川村 31.面高村 32.黒瀬村 33.崎戸村 34.江島村 35.平島村 36.七釜村 37.多以良村 38.瀬戸村 39.松島村 40.雪浦村 41.神浦村 42.黒崎村 43.三重村 44.式見村 45.福田村 46.西浦上村(紫:長崎市 桃:諫早市 赤:西海市 橙:時津町 青:合併なし)
  • 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制の施行により、以下の各村が発足。[ ]は合併もしくは改称した村。(46村)
  • 明治30年(1897年)4月1日 - 郡制を施行。
  • 明治31年(1898年
    • 7月1日 - 深堀村の一部(香焼・蔭尾)が分立して香焼村が発足。(47村)
    • 10月1日(45村)
      • 下長崎村および戸町村の一部(大浦郷・浪平郷・下郷)・淵村の一部(竹久保・稲佐郷・船津郷・平戸小屋郷・水浦郷・瀬ノ脇郷・飽浦郷・岩瀬戸郷・立神郷・西泊郷および木鉢郷の一部)・浦上山里村の一部(馬込郷の一部)・上長崎村の一部(伊良林郷の一部)が長崎市に編入。
      • 淵村の一部(小瀬戸郷・神ノ島郷および木鉢郷の残部)が分立して小榊村が発足。
      • 淵村の残部(寺野郷)が浦上山里村に編入。
      • 戸町村の残部(上郷・蓑尾郷)が小ヶ倉村に編入。
  • 大正8年(1919年)10月1日 - 茂木村が町制施行して茂木町となる。(1町44村)
  • 大正9年(1920年)10月1日 - 上長崎村・浦上山里村が長崎市に編入。(1町42村)
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和3年(1928年6月1日 - 瀬戸村が町制施行して瀬戸町となる。(2町41村)
  • 昭和6年(1931年)10月1日 - 崎戸村が町制施行して崎戸町となる。(3町40村)
  • 昭和13年(1938年)4月1日 - 小榊村・土井首村・小ヶ倉村・西浦上村が長崎市に編入。(3町36村)
  • 昭和23年(1948年)10月1日 - 高島村が町制施行して高島町となる。(4町35村)
  • 昭和24年(1949年
    • 4月1日 - 黒瀬村が町制施行して黒瀬町となる。(5町34村)
    • 7月1日 - 黒瀬町が改称して大島町となる。
  • 昭和26年(1951年12月1日 - 時津村が町制施行して時津町となる。(6町33村)
  • 昭和30年(1955年
    • 1月1日 - 深堀村・福田村が長崎市に編入。(6町31村)
    • 2月1日 - 日見村が長崎市に編入。(6町30村)
    • 2月11日(8町20村)
    • 4月1日(9町15村)
      • 面高村・七釜村が合併して西海村が発足。
      • 高島町・高浜村の一部(大字端島名)が合併し、改めて高島町が発足。
      • 野母村・脇岬村・樺島村・高浜村の残部(黒浜名・以下宿名・本村名・南越名)が合併して野母崎町が発足。
  • 昭和31年(1956年9月1日 - 江島村・平島村が崎戸町に編入。(9町13村)
  • 昭和32年(1957年3月31日 - 西海村・瀬川村が合併し、改めて西海村が発足。(9町12村)
  • 昭和34年(1959年1月15日(9町11村)
    • 長浦村および村松村の一部(西海郷・村松郷・戸根郷)が合併して琴海村が発足。
    • 村松村の残部(大字子々川郷)が時津町に編入。
  • 昭和35年(1960年5月3日 - 外海村が町制施行して外海町となる。(10町10村)
  • 昭和36年(1961年
  • 昭和37年(1962年
    • 1月1日 - 茂木町・式見村が長崎市に編入。(10町7村)
    • 5月20日 - 伊王島村が町制施行して伊王島町となる。(11町6村)
  • 昭和38年(1963年4月20日 - 東長崎町が長崎市に編入。(10町6村)
  • 昭和40年(1965年11月23日 - 多良見村が町制施行して多良見町となる。(11町5村)
  • 昭和44年(1969年)1月1日(15町1村)
    • 西彼村が町制施行して西彼町となる。
    • 西海村が町制施行して西海町となる。
    • 琴海村が町制施行して琴海町となる。
    • 長与村が町制施行して長与町となる。
  • 昭和48年(1973年3月31日 - 三重村が長崎市に編入。(15町)
  • 平成17年(2005年
    • 1月4日 - 香焼町・伊王島町・高島町・野母崎町・三和町・外海町が長崎市に編入。(9町)
    • 3月1日 - 多良見町が諫早市・北高来郡森山町・飯盛町・高来町・小長井町と合併し、改めて諫早市が発足、郡より離脱。(8町)
    • 4月1日 - 西彼町・西海町・大島町・崎戸町・大瀬戸町が合併して西海市が発足し、郡より離脱。(3町)
  • 平成18年(2006年1月4日 - 琴海町が長崎市に編入。(2町2村)

変遷表

脚注

  1. ^ 記載なし。平島村に含まれると見られる。
  2. ^ a b c d e f g h i j 記載は本村1村。
  3. ^ 浦上村山里・浦上村淵(幕府領)・浦上村(大村藩領)に分かれて記載。大村藩領は浦上家野村・浦上木場村・滑石村・浦上北村・浦上西村の総称。
  4. ^ 長崎村の分割は明治20年とする史料もある。

参考文献

関連項目

先代:
彼杵郡
高来郡(一部)
行政区の変遷
1878年 -
次代:
(現存)