小松原賢誉

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小松原 賢誉(こまつばら けんよ)、1911年(明治44年)9月20日- 1994年(平成6年)は、宗教家教育者真言宗豊山派大僧正で、学校法人小松原学園の創始者である。

人物[編集]

東京都に生まれる。大正大学予科卒業後、24歳の若さで洋裁学校の経営者となる。戦後は学校法人小松原学園を設立し、理事長に就任。浦和市(現さいたま市浦和区)に浦和商業女学校(洋裁学校を改組)を前身とした小松原女子高等学校(現浦和麗明高等学校)を開校。1950年代には小松原幼稚園(現在は閉園)、男子校の小松原高等学校(現叡明高等学校)を創立した。また真言宗豊山派の大僧正として仏教主義的教育に力を注いだ。生前は「親に心配掛けるな」と口々に説き、卒業後立派な社会人として活躍できる人材の育成にも尽力した。

その一方で修学旅行先で大半の生徒が体調不良に陥ったにもかかわらず旅行を続行したり、朝礼では長時間にわたって生徒を立たせたまま話を続けるなど、やや強引な教育方針もあったと伝わる。

略歴[編集]

  • 1911年 東京都にて誕生
  • 19XX年 大正大学仏教学部予科卒業
  • 1936年 浦和市(現さいたま市)に洋裁学校を開校
  • 19XX年 洋裁学校を浦和商業女学校に改組(小松原女子高等学校の前身)
  • 1950年 小松原幼稚園創立
  • 1959年 小松原高等学校創立
  • 19XX年 埼玉県私学連盟会長
  • 1967年 藍綬褒章受章
  • 1982年 勲四等旭日小綬章叙勲
  • 1994年 死去

著作リスト[編集]

  • 『坊さん校長の言いたい放題』(IN通信社、1981年)
  • 『毒舌大僧正日本人を一喝!』(IN通信社、1984年)