安蘇郡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
栃木県安蘇郡の範囲

安蘇郡(あそぐん)は、栃木県下野国)にあった

郡域[編集]

1878年明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、現在の行政区画では概ね以下の区域に相当する。

上記のうち、日光市に属する区域は1889年(明治22年)の町村制施行時に上都賀郡に移管されている[1]。また、令制国時代の郡域としては、旧上都賀郡粟野町(現鹿沼市)の範囲まで広がっていたと見られる。

歴史[編集]

安蘇郡は古く毛野国に属したが、これが二つに区分された上つ毛野(上野国)と下つ毛野(下野国)については、あいまいな部分がある。

例えば万葉集の次の3首は、安蘇郡で詠まれたと見られる。

  • 3404「可美都氣努 安蘇能麻素武良 可伎武太伎 奴礼杼安加奴乎 安杼加安我世牟」
  • 3425「志母都家努 安素乃河泊良欲 伊之布麻受 蘇良由登伎奴与 奈我己許呂能礼」
  • 3434「可美都家野 安蘇夜麻都豆良 野乎比呂美 波比尓思物能乎 安是加多延世武」

ここで、可美都氣努は上つ毛野、志母都家努は下つ毛野であり、両国に登場する理由として、安蘇山の裾野が渡良瀬川の河原付近まで伸びている為、川を境に安蘇が途切れることなく、上つ毛野 安蘇、下つ毛野 安蘇と詠まれている。両国に同名の地域があり現在の安蘇郡だけ後世に伝わった、単なる誤記、など諸説ある。

古代 - 中世[編集]

  • 782年延暦元年)5月3日 - 続日本紀に「下野国安蘇郡主帳外正六位下若麻続部牛養」とある。
  • 8世紀後半 - 上記の通り、万葉集の東歌に登場する。
  • 930年 - 和名類聚抄に、下野国安蘇郡の郷として、安蘇、説多、意部、麻続があげられている。
  • 江戸時代初期の公卿烏丸光広が著した『日光山紀行』には「佐野を一里ばかり行きて、盥窪と云ふ所あり。慈覚大師生湯浴みたまふ故とかや」とある[2]。※佐野から一里は山の西側~南西にあたる[要出典]

近代以降の沿革[編集]

  • 旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での支配は以下の通り。幕府領は真岡代官所が管轄。●は村内に寺社領が存在。(4町60村)
幕末の知行
知行 村数 村名
幕府領 旗本領 23村 ●鐙塚村、浅沼村、馬門村、高山村、君田村、免鳥村、畳岡村、古江村、下津原村、新吉水村、山越村、奈良淵村、●小中村、●赤見村、小見村、寺久保村、田沼村[3]、岩崎村、御神楽村、白岩村、中村、柿平村、水木村
幕府領・旗本領 1村 飯田村
藩領 近江彦根藩 4町
9村
天明町[4]、●小屋町、●犬伏町[5]、●堀米町、富士村、韮川村、大栗村、吉水村、●栃本村、出流原村、閑馬村、下彦間村、上彦間村
武蔵金沢藩 4村 ●下永野村、上永野村、中粕尾村、下粕尾村
下野佐野藩 3村 植野村、田島村、赤坂村
対馬府中藩 2村 上粕尾村、●秋山村
上野前橋藩 1村 長谷場村
下総古河藩 1村 黒桍村
三河西端藩 1村 梅園村
土佐高知新田藩 1村 石塚村
古河藩・武蔵金沢藩 1村 下多田村
彦根藩・厳原藩 1村 上多田村
幕府領・藩領 幕府領・旗本領・高知新田藩 1村 船津川村
旗本領・前橋藩 3村 富岡村、新里村、●山形村
旗本領・上野館林藩 1村 ●並木村
旗本領・厳原藩 2村 戸室村、作原村
旗本領・彦根藩 1村 越名村
旗本領・武蔵金沢藩 1村 ●戸奈良村
旗本領・高知新田藩・厳原藩 1村 船越村
その他 日光領 1村 足尾村
寺社領 1村 ●高萩村
  • 慶応4年
  • 明治2年
  • 明治3年
    • 領地替えにより館林藩領、高知新田藩領、厳原藩領および前橋藩領の一部(長谷場村)が日光県の管轄となる。
    • このころ高萩村が彦根藩の管轄となる。
  • 明治4年
  • 1876年(明治9年)(4町55村)
    • 4月 - 上仙波村、下仙波村、小曽戸村、小室村が当郡に移管。
    • 11月 - 上仙波村・下仙波村が合併して仙波村に、小曽戸村・小室村が合併して会沢村になる。
    • 天明町・小屋町が合併して佐野町となる。
    • 下多田村・上多田村が合併して多田村[6]となる。
    • 下永野村、上永野村、上粕尾村、中粕尾村、下粕尾村、畳岡村、古江村、下津原村、新里村が都賀郡に移管。
    • 都賀郡葛生町、西浦村、牧村が当郡に移管。
    • 都賀郡小屋村・田名網村・正雲寺村が合併して安蘇郡豊代村となる。
  • 1878年(明治11年)11月8日 - 郡区町村編制法の栃木県での施行により、行政区画としての安蘇郡が発足。佐野町に郡役所を設置。

町村制以降の沿革[編集]

1.佐野町 2.植野村 3.界村 4.犬伏町 5.堀米町 6.田沼町 7.三好村 8.葛生町 9.常盤村 10.氷室村 11.野上村 12.飛駒村 13.新合村 14.赤見村 15.旗川村 (桃:佐野市 橙:群馬県桐生市)
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。飛駒村の一部を除く全域が現佐野市。足尾村は上都賀郡足尾町となり郡より離脱[1]。(5町10村)
    • 佐野町(佐野町が単独町制)
    • 植野村 ← 植野村、赤坂村、君田村、田島村、船津川村、飯田村
    • 界村 ← 越名村、馬門村、高山村、高萩村
    • 犬伏町 ← 犬伏町、富岡村、浅沼村、黒袴村、西浦村、鐙塚村、富士村、韮川村、大栗村
    • 堀米町 ← 堀米町、奈良淵村
    • 田沼町 ← 田沼村、戸奈良村、栃本村、小見村、吉水村、新吉水村、山越村および多田村の大部分
    • 三好村 ← 岩崎村、船越村、戸室村
    • 葛生町 ← 葛生町、中村、会沢村および多田村の一部
    • 常盤村 ← 牧村、仙波村、豊代村
    • 氷室村 ← 柿平村、水木村、秋山村
    • 野上村 ← 長谷場村、御神楽村、白岩村、作原村
    • 飛駒村(上彦間村が単独村制)
    • 新合村 ← 閑馬村、下彦間村、梅園村、山形村
    • 赤見村 ← 赤見村、出流原村、寺久保村、石塚村、小中村
    • 旗川村 ← 並木村、免鳥村
  • 1891年(明治24年)11月7日 - 赤見村の一部(大字小中)が旗川村に編入。
  • 1897年(明治30年)7月1日 - 郡制を施行。
  • 1923年大正12年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 1926年(大正15年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 1943年昭和18年)4月1日 - 佐野町・堀米町・犬伏町・植野村・界村・旗川村が合併して佐野市が発足し、郡より離脱。(2町7村)
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 赤見村が町制施行して赤見町となる。(3町6村)
  • 1954年(昭和29年)3月31日 - 田沼町・三好村・野上村が合併し、改めて田沼町が発足。(3町4村)
  • 1955年(昭和30年)
    • 1月8日 - 葛生町・常盤村・氷室村が合併し、改めて葛生町が発足。(3町2村)
    • 3月31日 - 赤見町が佐野市に編入。(2町2村)
  • 1956年(昭和31年)9月30日 - 飛駒村・新合村が田沼町に編入。(2町)
  • 1968年(昭和43年)4月1日 - 田沼町の一部(大字飛駒の一部)が群馬県桐生市に編入(越境合併)。
  • 2005年平成17年)2月28日 - 葛生町・田沼町が佐野市と合併し、改めて佐野市が発足。同日安蘇郡消滅。

変遷表[編集]

自治体の変遷
明治22年4月1日 明治22年 - 昭和29年 昭和30年 - 昭和64年 平成1年 - 現在 現在
佐野町 昭和18年4月1日
佐野市
佐野市 佐野市 平成17年2月28日
佐野市
佐野市
犬伏町
堀米町
界村
植野村
旗川村
赤見村 昭和23年4月1日
町制
昭和30年3月31日
佐野市に編入
葛生町 葛生町 昭和30年1月8日
葛生町
常盤村 常盤村
氷室村 氷室村
田沼町 昭和29年3月31日
田沼町
田沼町 田沼町
三好村
野上村
新合村 新合村 昭和31年9月30日
田沼町に編入
  飛駒村 飛駒村
昭和43年4月1日
群馬県桐生市に編入(入飛駒)
群馬県
桐生市
群馬県
桐生市

行政[編集]

歴代郡長
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 明治11年(1878年)11月8日
大正15年(1926年)6月30日 郡役所廃止により、廃官

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b 足尾町が安蘇郡から都賀郡に編入された時期は不詳。
  2. ^ 荻原 1963, p. 37.
  3. ^ 田沼宿とも呼ばれた。
  4. ^ 記載は天明宿
  5. ^ 記載は犬伏宿
  6. ^ 多田宿とも呼ばれた。

参考文献[編集]

  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編 『角川日本地名大辞典』 9 栃木県、角川書店、1984年11月1日。ISBN 4040010906 
  • 荻原貞興 『日光山輪王寺 第十九號』日光山輪王寺門跡執事局、1963年5月12日。 
  • 旧高旧領取調帳データベース

関連文献[編集]

関連項目[編集]