粟野町
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| 粟野町 | |
|---|---|
| 廃止日 | 2006年1月1日 |
| 廃止理由 |
編入合併 粟野町→鹿沼市 |
| 現在の自治体 | 鹿沼市 |
| 廃止時点のデータ | |
| 国 |
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| 地方 | 関東地方 |
| 都道府県 | 栃木県 |
| 郡 | 上都賀郡 |
| 団体コード | 09322-0 |
| 面積 | 177.32km2 |
| 総人口 |
10,124人 (推計人口、2005年12月31日) |
| 隣接自治体 |
鹿沼市・佐野市・栃木市・西方町・足尾町・ 群馬県勢多郡東村 |
| 町の木 | スギ |
| 町の花 | ヤマツツジ |
| 粟野町役場 | |
| 所在地 |
〒322-0393 栃木県上都賀郡粟野町口粟野839-2 |
| 外部リンク | 粟野町 (Internet Archive) |
| 座標 |
北緯35度36分11.6秒 東経136度49分3.1秒 |
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| ウィキプロジェクト | |
粟野町(あわのまち)は、栃木県にかつて存在した町である。鹿沼市への通勤率は19.5%(平成17年国勢調査)。2006年1月1日、隣接する鹿沼市に編入して廃止した。
地理[編集]
- 山:横根山、谷倉山、高谷山
- 河川:思川
歴史[編集]
沿革[編集]
- 1889年(明治22年)4月1日 - 粟野村、賀蘇尾村(かそおむら)、永野村(ながのむら)、清洲村(きよすむら)の4村が誕生。
- 1894年(明治27年)8月1日 - 賀蘇尾村が粕尾村(かすおむら)に改称。
- 1906年(明治39年)11月1日 - 粟野村が町制施行、粟野町となる。
- 1955年(昭和30年)1月8日 - 粟野町、粕尾村、永野村、清洲村が合併し、新しい粟野町誕生。
- 2006年(平成18年)1月1日 - 鹿沼市に編入され廃止。
行政[編集]
- 町長:湯澤隆夫(閉町時)
分町合併問題[編集]
旧粟野町は2006年1月1日に全域が鹿沼市に合併したが、かつてより永野川流域(旧永野村)は他の地区とは山地によって隔てられ、生活圏・経済圏などで永野川下流の栃木市との結びつきが強いことから、栃木市との合併を望む声も根強くあった。
このため、永野川流域の住民が栃木市との法定合併協議会設置を求める住民発議を起こしたが、栃木市が議会への付議をしなかったため発議は成立しなかった。
その後、2005年9月に永野川流域の住民による、栃木市への分町合併の是非を問う住民投票実施を求める陳情が町議会で採択された。これを受け、町では永野川流域の住民を対象に、同年11月13日に住民投票を実施したが、その結果、「栃木市への分町合併」賛成票が反対票を上回ったものの、住民投票条例で「地区の総意」とみなす有効投票の3分の2以上には達せず、分町合併は行われないこととなった。
姉妹都市[編集]
地域[編集]
教育[編集]
(以下すべて現鹿沼市立)
- 粟野町立粟野中学校
- 粟野町立粟野第一小学校
- 粟野町立粟野第二小学校
- 粟野町立清洲第一小学校
- 粟野町立清洲第二小学校
- 粟野町立永野小学校
- 粟野町立粕尾小学校
- 粟野町立上粕尾小学校
交通[編集]
道路[編集]
- 県道(主要地方道)
バス[編集]
※鹿沼市と合併する前の路線を掲載。鹿沼市と合併後は、一部運行区間改定などを経て鹿沼市民バス「リーバス」として運行中。
- 一般路線バス(運行・関東自動車)
- 粟野町代替バス(運行受託・関東自動車)
- 上粕尾山の神 - 馬置 - 中粕尾車庫 - 大越路 - 口粟野車庫 - 町営バス車庫
- 馬置 - 中粕尾車庫 - 大越路 - 口粟野車庫 - 町営バス車庫
- 入粟野上五月 - あわの山荘 - 小金沢 - 河原橋 - 町営バス車庫
- 永野与州平 - 大畑 - 星野御嶽山入口 - 大越路 - 口粟野車庫 - 町営バス車庫
- 永野与州平 - 大畑 - 星野御嶽山入口
- 東武金崎駅 - 半田街道入口 - 清洲 - 久野 - 粟野町役場
合併までは「国道も鉄道もない市町村全国連絡会議」、通称「ないないサミット」に加盟していた。
出身有名人[編集]
- ガッツ石松(元プロボクサー、タレント、清洲村・清洲第二小学校出身)ろみひー公式ページのアーカイブより
- 黒崎久志(黒崎比差支)(元プロサッカー選手・元日本代表)
- 若林学(栃木ウーヴァFC所属、現役プロサッカー選手)