奈良バイパス

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一般国道
国道24号標識
奈良バイパス
路線延長 14.2 km
開通年 1977年(昭和52年)
起点 京都府木津川市
主な
経由都市
奈良県奈良市
終点 奈良県大和郡山市
接続する
主な道路
記法
西名阪自動車道国道25号国道308号
テンプレート(ノート 使い方) ウィキプロジェクト 道路

奈良バイパス(ならバイパス)は、京都府木津川市市坂から奈良県大和郡山市伊豆七条町の間、14.2kmの一般国道24号バイパスである。1970年(昭和45年)3月から1971年(昭和46年)10月に木津町市坂・奈良市尼ヶ辻町(現・三条大路2丁目)間を順次供用開始した[1]。その後も工事を進めて1977年(昭和52年)5月16日に大和郡山市発志院町までのバイパス区間12.9㎞を暫定2車線で供用開始した[2][3]

パイパス部分の工事進捗状況に合わせて旧道区間が区域変更されて、1972年(昭和47年)3月22日に木津町市坂・奈良市大森町間[4]、1977年(昭和52年)11月1日に奈良市大森町・大和郡山市発志院町間が国道指定を外れた[5]。1984年(昭和59年)3月22日に発志院町の横田町北交差点以北の4車線化工事が完了した[6]。1991年(平成3年)4月に横田町交差点・郡山IC間の拡幅工事が竣工、14.2㎞全線の4車線化が完了した[7]

奈良市内の渋滞緩和を目的に1964年(昭和39年)から計画されたが、当初の計画ルート上に平城宮跡小奈辺古墳等、歴史的価値の高い史跡が存在していることから、奈良市内の一部ルートを東に迂回させたという経緯がある。 木津奈良道交差点(京都府木津川市市坂)から横田町北交差点(奈良県大和郡山市発志院町)の旧道区間は、国道369号を含む奈良県道754号木津横田線国道169号三条通りである。

概要[編集]

通過市町村[編集]

備考[編集]

全線に渡って道路幅、右折レーンなどがよく整備された道路であるが、奈良市を南北に貫く幹線道路が少なく、近年生活道路としての役割も増してきているため、朝夕のラッシュ時を中心に渋滞が発生する。主な渋滞多発地点を以下に示す。

  • 法華寺町東交差点。原因として南行きはこの交差点からの急な右カーブと信号の接続の悪さが考えられる。北行きは奈良県道44号奈良加茂線への右折レーンが飽和状態であることや、右折後にある踏切(JR大和路線 奈良駅 - 平城山駅)を先頭とした渋滞が波及していることが主な原因である。
  • 柏木町交差点付近。奈良高架橋の本線(京都方面)・側道(奈良市の東、西方面と大阪方面、なお二条大路南1丁目交差点付近は本線・側道あわせて8車線以上ある)からの合流によって大量の車が通行するにも関わらず、平面6車線しかない。また付近には商業施設が多く、住宅地の生活道路としても利用されるため、奈良バイパス最大のボトルネックとなっている。
  • 杏町交差点 - 下三橋町交差点付近。大和郡山市内を東西に貫く幹線道路が交差するため、各信号の待ち時間が長く、渋滞が発生する要因となっている。また、この区間の沿道にはイオンモール大和郡山をはじめとした大型商業施設が多数立地しており、それらへの流入・流出車両が多いことも渋滞発生に拍車をかけており、休日には前述の柏木町交差点付近と連続した渋滞も見られる。
  • 横田町交差点。南行きから国道25号へ右折する車両が多く、右折待ちによる渋滞が発生しやすくなっている。

奈良市内を挟んで京奈和自動車道(一般国道24号バイパス)が開通することによって、ますますの車の流入が見込まれるため、奈良市内の京奈和自動車道の完成は悲願であるが、歴史的価値の高い史跡の保護などの問題により計画策定は難航している。(詳細は大和北道路を参照)

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 官報第13572号 建設省告示第481号 1972年3月22日 p.11
  2. ^ 官報第15100号 建設省告示第796号 1977年5月14日 p.17
  3. ^ 奈良国道事務所 [2003: 74-75]
  4. ^ 官報第13572号 建設省告示第481号 1972年3月22日 p.11
  5. ^ 官報第15141号 建設省告示第981号 1977年11月1日
  6. ^ 奈良国道事務所 [2003: 62]
  7. ^ 奈良国道事務所 [2003: 62]

参考文献[編集]

  • 2003年 『奈良国道事務所50年史 まほろばの道づくり』 国土交通省近畿地方整備局奈良国道事務所