大阪府立金岡高等学校

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大阪府立金岡高等学校
Osaka Prefectural Kanaoka High School.jpg
2019年令和元年〉11月撮影)
過去の名称 大阪府立第93高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 大阪府の旗 大阪府
校訓 克己
設立年月日 1974年昭和49年)
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 3学期制
高校コード 27178A
所在地 591-8022
大阪府堺市北区金岡町2651番地
北緯34度33分14.1秒東経135度31分38.9秒
外部リンク 公式サイト
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大阪府立金岡高等学校(おおさかふりつ かなおか こうとうがっこう、: Osaka Prefectural Kanaoka High School)は、大阪府堺市北区にある公立高等学校。高校生急増期の昭和後期1974年に誘致運動を受け、府立93番目に新設されたマンモス校[1][1]

概要[編集]

1971年昭和46年)誕生の黒田革新府政が、高校入試で「十五の春は泣かせない」政策[2]として、大幅に新設した府立高校の一つ[3]1973年度だけで開校13校が計画され各自治体が地元誘致運動を進める中[4]、府立93番目の高校として1974年に開校した。堺市北区にある唯一の高校。

学校の名称は、学校所在地近辺にゆかりのある巨勢金岡の名に直接の由来がある。なお、地域にある神社・金岡神社や地域一帯の地名・金岡町(堺市編入前の南河内郡金岡村大字金田)も、巨勢金岡からとられたものである。通称・略称は「金高(カナコウ)」。

教育課程全日制課程で、開校時から普通科。また、2003年平成15年)から2学期制を導入していたが、2009年以降3学期制に戻している。

沿革[編集]

年表[編集]

  • 1973年昭和48年) - 3月24日、「大阪府立第93高等学校[1]」設立が大阪府議会で議決。4月1日、大阪府教育委員会事務局の設立準備室で開校準備事務を開始
  • 1974年 - 1月1日、「大阪府立金岡高等学校」設置。4月1日、開校(第1期生540名。以後、第3期生まで540名)
  • 2003年平成15年) - 4月、前期・後期の2学期制に学期を改編。10月10日、創立30周年記念式典が挙行される
  • 2004年 - 4月、新入生から週1回7時間目の授業を設定し、授業内容の充実を図る
  • 2006年 - 自習室を設置して開放
  • 2009年 - 3学期制に再び改編となる

(年表の主な出典は公式サイトの沿革のページ[5]

基礎データ[編集]

交通アクセス[編集]

鉄道

象徴[編集]

創立30周年を記念して、「金・岡」の二文字が読み込まれた与謝野晶子の歌碑が、正門横に設置された。

校歌

創立当初に製作された校歌に加えて、卒業生が作詞・作曲を担当した「いつまでも青空」を、全校生徒に歌い継がれていく愛唱歌としている。

部活動[編集]

クラブ活動では、ダンス部が2019年令和元年)夏の日本高校ダンス部選手権で全国大会に進出した[6]

不祥事[編集]

校舎の石綿露出問題[編集]

2012年平成24年)10月から11月にかけ、同校の普通教室棟において外壁の補修工事が行われたが、この間、10月24日石綿の一種である青石綿が露出した状態になっていたにもかかわらず、施行業者は気付かずに工事を続行した。その後測定業者が指摘したことで、石綿の露出が発覚したものの、密封措置が取られたのはその3週間以上後の11月26日になってからであり、この間、通常通り授業や部活動は継続して行われていた。大阪府教育委員会は、飛散量は大気汚染防止法で定められた基準を下回っていたとしているが、石綿被害者の支援団体の独自調査では、もっと多く飛散していた疑いがあり、生徒らが大量に吸引した可能性もあるとの指摘が出ている[7]

この校舎は、半世紀前の開校時の建設で、旧耐震基準既存不適格のままであり震度6強の揺れで倒壊の恐れがある。このため2011年平成18年)度から改修を行っていた[8]

高校関係者と組織[編集]

関連団体[編集]

  • 大阪府立金岡高等学校同窓会「克己会」 - 同窓会。読み方は「こっきかい」。

高校関係者一覧[編集]

芸能
スポーツ
教職員

脚注[編集]

[脚注の使い方]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]